第8話『慰労会』

 王宮の大広間に、所狭しと料理が並べられている。

 和食、中華、フレンチ、イタリアン、スパニッシュ、トルキッシュ等々……。

 これらは勇者一行はもちろん、国王アーマルドですら見たことのない料理ばかりである。


「これを、ヤシロが?」

「ええ。私が作らせました」


 アーマルドの問いにヤシロが答える。


「唐揚げうんめー!!」

「このステーキっての、ただ肉焼いてるだけにしか見えないのになぁ」

「このお蕎麦というものは素晴らしいですわね。ほのかな香りが鼻腔を……ずるずる……」

「生クリームさいこー!! うーん、次はチーズケーキ…………、いやチョコレートという手も……。えーい、両方いっちゃえー!!」


 勇者一行は先程から料理を食べまくっていた。

 あまり上品な食べ方ではないが、庶民出身である彼らにテーブルマナーをとやかくいうのは酷である。

 何よりこの慰労会は彼らを労うためのものだ。

 ここには口うるさい貴族などは呼ばず、国王を始め各省のトップ陣だけを招いている。


「しかし、君に料理の才能まであったとはな」

「いえ、あくまで私は知識を提供したに過ぎません。ここまでの料理に仕上げたのは料理人のみなさんの尽力があったからこそですよ」


 ヤシロは過去、様々なレストランや食堂などの飲食店をリストラした経験を持つ。

 その際に得たレシピなどの知識を〈賢者の書庫〉によってかき集め、王宮の料理人に伝えていた。

 こちらの世界には存在しない、あるいはこちらの世界にしか存在しない食材が数多くあり、大半の料理では代替品が使われている。

 それでいて高いクオリティをもって地球発の料理を再現できたのは、王宮料理人のセンスと手腕によるところが大きかった。

 本家超えの料理などいくらでもあるくらいだ。


「おかげで食糧問題の方もなんとかなりそうだな」

「はい。ヤシロさまのおかげで、次の収穫まではなんとか持ちこたえられそうです」


 アーマルドとヤシロの会話に、中年の女性が入ってくる。

 農務省のトップである農務尚書のマリーザだった。


「これまで食材として認知されていなかったものを多数発見したことで、農作物以外での食料自給ができるようになりました」


 中には一部地域でのみ食材として認知されていたものもあるが、そういったものを各地に周知させることで、食の問題はわずかながら改善したのだった。


「あとはヤシロさまがもたらしてくださった農薬と肥料があれば、今後の継続的な農産物の生産向上も期待できます」


 この世界の農業だが、土壌に合わせた作物の生産や連作障害、天然肥料などの知識はあった。

 そのあたりの知識がまだないのであれば、そこを改善してやれば大幅な農業改革ができると踏んでいたのだが、予想以上に農業技術が進んでいたため、ヤシロの持てる知識では数割の増産が限界だった。

 それでも当面の食糧難は回避できるが、終戦後の復興にともなう人口増加などを考慮し、ヤシロは農薬と化学肥料の導入に踏み切ったのだった。

 鋼の開発により農機具性能の向上も期待できるが、それだけでは足りないことが予想される。


 ヤシロは農薬と化学肥料の導入を決めるにあたり、外食チェーン店の契約農家でのことを思い出していた。


「なぁ、やしろさんよ、アンタ山歩きとかしたことあるか?」

「山歩き? 登山などですか?」

「いやいや、そういう本格的なのじゃなくて、ハイキングとかピクニックとかでもいいから、あまり人の手が入っていない自然を見たことがあるかってのを訊きたいんだがね」

「まぁ、子供の頃に昆虫採集や沢での釣りくらいであれば……」

「そうかそうか。そのときのこと思い出してほしいんだがね、山の中や森の中、あとは野原なんかで、単一の植物だけが等間隔で自生しているのを見たことあるかね?」

「……つまり、畑のようなものが自然にできあがっているか、ということですか?」

「まぁ端的に言えばな」

「いや、あるわけないでしょう、そんなもの」

「そう! あるわけがないんだよ!!」

「……すいません、話が見えてこないんですか?」

「いやだからな、見てみなよこの畑!! こんなものが自然界に存在するかい?」

「しないでしょうね」

「つまりだ、畑や田んぼなんてのは存在そのものが不自然極まりないってこたぁわかってくれたかい?」

「ええ、まぁ」

「そんな不自然なものを自然な方法で育てるって? 馬鹿じゃないのか!?」

「……つまり、本社が提唱する無農薬有機栽培には反対ということですか?」

「反対じゃねぇ、不可能なんだよ!! 小規模な高級店で少量をそれなりの価格で引き取ってくれるってんならなんとかなるだろうさ。だがよ、全国展開してるファミリー向けチェーン店でできる話じゃねぇっての」

「なるほど、ある程度の収穫を維持するのであれば、農薬も化学肥料も必要悪だと――」

「悪じゃねぇ!!」

「失礼……」

「いいか、人の生き死に直結する農業技術の進歩ってなぁ日進月歩なんだよ。そら完全に無害な農薬なんてのは存在しねぇが、昔に比べりゃ随分ましになってる。むしろ、下手に無農薬でやって変な病気になってたり作物由来の毒素が増してるようなもんなんかよりゃよっぽど安全だぜ? 俺だって必要以上の物は使ってねぇ。ウチで育ててるもんは安全だ。俺ぁ胸張ってそう言えるね」

「……わかりました。では栽培に関しては現状維持ということで本社に掛け合いましょう」


 これを機にヤシロは農薬などについてそれなり調べており、そのとき得た知識を〈賢者の書庫〉を使って参照した。

 そして比較的安全なもので、この世界の素材や技術で生成できそうなものを多数量産し、作物に合わせた用法や用量を細かく指定、厳守させることを条件にこれらを導入することとなった。

 

**********


「『岩の洞窟』第8階層で竜種の出現が確認された。次のレベリングポイントはそこだ」


 慰労会が終了し、会場の撤収も一段落ついた。

 会場となった大広間はすでに片付けられ、そこで勇者一行とヤシロが対峙していた。

 元帥府、宰相府の下部組織である各省の尚書もすでに席を外しており、ヤシロと勇者一行以外には国王アーマルド、宰相イーデン、大神官フランセット、そして正式に筆頭魔導師を退任し、賢者秘書となったクレアと、ほか十名程度の近衛兵がいるのみとなった。

 元帥グァンは連合軍の再編成や訓練にかかりきりで、この慰労会には元々参加していない。


「竜種か……。いまの俺らにゃ荷が勝ちすぎると思うけど?」

「だね。劣竜種とか亜竜種ならまだなんとかなると思うけど」

「でも……、そろそろレベルも上がりづらくなってきましたので、多少の無理は必要かもしれませんわね」

「ボクの法術で能力向上バフかけまくったら、なんとかイケる……かな?」


 ヤシロが懐から小瓶を取り出す。

 その仕草に、勇者一行の顔がひきつった。


「また、クスリかよ……」


 フランセットの《エクスキュア》を受けていなければひとりふたりは発狂しそうな場面である。


「喜べ、『英雄の薬』だ」

「おっさんマジかよぉ……」


 アルバートはがっくりと肩を落とした。

 ブレンダは頭を抱えてしゃがみ込み、カチュアとディアナは無表情のまま立ち尽くしていたが、瞳から光が消えている。


 ――英雄の薬。


 飲めば一定期間レベル50相当の力を得ることができる薬である。

 使用者のレベルに応じて効果時間は変わり、例えばレベル1の者が飲んだ場合は数分で効果が切れる。

 アルバートらの現在のレベルは33。

 半日程度は効果があるだろうか。

 薬を飲んで数分で効果が現われ、そこから徐々に効果が薄れていく。

 そして完全に効果が切れた後は、1時間ほど指一本動かせなくなり、さらに暫くの間レベル半分相当の能力になってしまう。

 能力がもとに戻るまでの期間もまたレベルに応じて変化するわけだが、レベル33であれば2日ほどかかるだろう。


「しかし君らには蘇生というものがある。《エクスキュア》でも回復できないステータスダウンだが、蘇生であればキャンセルできることが過去の資料により判明している」


 この英雄の薬だが、大昔の勇者が魔王討伐に使ったと言われている。

 しかし副作用があまりに危険なため有事の際の切り札としてのみ使用が許可されていたのだが、長い期間封印されていたことでその製法は完全に失われていた。

 レジヴェルデ王家に1回分だけが保管されており、それを〈賢者の目〉で解析して材料を特定し、図書館で得た知識をかき集めて分析を続け、国内最高峰の錬金術師である工部尚書ファーディナンドとその部下たちの協力もあってようやく再現できた代物であった。

 量産とまではいかないが、勇者パーティーが遠慮なく使える程度の生産数は確保できていつ。


「……いつから行けばいい?」

「すぐにでも……といいたいところだが、大神官からせめて3日は休ませてやってくれと言われている。私以外はその意見に賛成のようだ」


 アルバートはしばらく無言でヤシロを見たあと、彼のうしろに控える国王らに視線を向けた。

 大神官フランセットは穏やかな笑みを浮かべ、国王や宰相もアルバートと目が合えば、彼を安心させるように軽く頷いた。

 そしてアルバートは仲間を見た。

 彼の視線を受けた仲間たちは、力強く頷く。

 それを受けたアルバートは、再びヤシロへと向き直ると、彼が持っていた英雄の薬を手に取った。


「人数分、すぐに用意できるか?」

「もちろんだ。王宮を出たところに届けさせよう」

「わかった。じゃあ行ってくる」


 受け取った英雄の薬を懐に入れると、アルバートは踵を返して歩き始め、他のメンバーもそれに続いた。


「待って!!」


 そんな勇者一行の行動を見たフランセットが彼らを呼び止め、慌てて駆け寄る。


「無理は、しなくてもいいのですよ?」


 フランセットの言葉に勇者一行は足を止め、軽く振り返った。


「ご心配ありがとうございます、大神官さま。でも、俺たちは大丈夫です」

「しかし、昨日はあんなにボロボロだったのに……」


 今にも泣きそうな大神官の表情に、アルバートは力強い笑みを向けた。


「一晩寝てすっかり元気っすよ。それにおっさんが用意してくれた美味いメシのお陰でやる気に満ち溢れてますから」

「でも……」

「俺らに休んでる暇なんてないんすよ」

「え……?」

「なんつーか、早いとこケリつけないとヤバいっつーか」

「あー、わかる。あたしも肉喰いながら“こんなゆっくりしてていいのかな?”ってちょっと思ってた」

「ふふ……、そうですわね。思えば神託を受けたときから、その焦りはありましたわ」

「だねぇ。なんていうのかな……勇者の勘、的な?」

「あー、それなー!!」「わかるわかる!」「しっくりきますわね、それ」


 そんなことを言い合いながら、勇者一行はカラカラと笑いあっていた。

 苦行とも言うべき行為を目前に控えながら、決して無理をした様子もなく明るく振る舞う勇者一行の姿を見て、フランセットを始め国のトップ陣は戸惑いを隠せないようだったが、ヤシロだけはどこか嬉しそうに口元を歪めていた。


「お前たち、帰ってきたらまた美味いものを食わせてやる」

「おっ、マジかーっ!?」

「よっしゃ肉だ―!!」

「次はフルーツもたくさんお願いしますね」

「ケーキ! ケーキ!!」

「では行ってこい」

「おうっ!!」「あいよー!!」「かしこまりました」「はーい!!」


 力強い足取りで大広間を出て行く勇者一行の背中を見ながら、フランセットはどこか諦めたような笑みを浮かべ、肩を落とした。

 ほどなく彼女は胸の前で手を組み穏やかな表情で目をとじる。


 ――彼らに神のご加護があらんことを……。

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