第5話『敵戦力の分析』
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【名前】
ジラル
【
男爵級魔人
【レベル】
18
【スキル】
〈支配・
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ヤシロはのらりくらりと会話をしつつ、目の前の魔人――ジラルを解析していた。
(〈支配・
それは先の防衛戦で見つけた騎士級魔人も習得していたスキルである。
あのときは対象から距離がありすぎてスキルの詳細を調べることができなかったが、ここまで近づけばそれも可能になっている。
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〈支配・
下位のものを支配し統率することが可能。支配下にあるものが得た存在力の1割を徴集。支配下にあるものが死亡した場合、その存在力の半分を得ることができる。支配下にあるものは支配者のレベル1割分に相当するレベルアップ状態となる。支配対象はスキル使用者より弱い<支配>非習得者および<支配・
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
(つまり、この〈支配〉スキルのせいで戦におけるレベルアップの効率が大幅に悪くなっていたわけだ)
戦場で雑魚魔物を倒しても、倒した兵士に入るはずの存在力の内、半分が騎士級魔人に奪われており、さらにその内の1割がこの男爵級魔人に流れ込んでいたということになる。
そしてこの男爵級魔人が得た存在力の1割もまた、より上位の魔人へと流れ込んでいるのだろう。
それに関しては〈賢者の目〉で存在力の流れを見れば明らかだった。
目の前にいるジラルは何もしていないが、多くの存在力が彼のもとへと集まっており、またその内の1割ほどがさらに魔王領へ向けて流れ出しているのが見えた。
その流れが最終的に行き着くのが魔王であろう。
(なるほど。放っておけば魔王を始め魔人どものレベルはどんどん上がっていくというわけだな)
それこそが神託とともに得られた勇者の勘と、ある程度情報を精査した上で得ることのできた賢者の勘が告げる焦りの正体なのだろう。
「さきほどから何をジロジロとみている? 無礼な奴め」
「なに、魔人という存在を間近で見るのは初めてなのでね」
「ふん。まぁ俺も人間と言葉をかわすのは初めてだがな」
「そうか。で、茶の用意はできたか?」
「ふざけるな。そんなものを用意する義理はない」
「ケチくさい奴め……」
無駄話を続けながら、さらに解析をすすめる。
(さて、こいつの強さだが……)
人の場合でも
詳しく解析できたわけではないが、先の戦場にいた騎士級魔人もレベル10代半ばだったはずだ。
しかし、この男爵級魔人と比べればその能力には雲泥の差があるように思われた。
いや、魔人の場合は
それこそエルフと獣人との間に大きな能力差があるように。
(とりあえず勇者一行を金順にした場合、男爵級魔人の適正討伐レベルは…………およそ同レベルといったところか)
〈賢者の目〉による解析が絶対ではなかろうが、それでもある程度の目安くらいならわかるようで、例えば男爵級魔人を勇者一行が討伐する際、敵と同程度レベルがあればなんとか勝利できそうだった。
このジラルを相手にした場合、レベル18以上あれば勇者一行は勝利できそうだということがわかった。
あくまで目安ではあるが。
(ふむ。この調子で上位の魔人を解析していけば、どういうペースで討伐を進めればいいのかという指標ができそうだな)
少なくともこのジラルを相手にいまの勇者一行が苦戦するということはなさそうだ。
(では、勇者一行以外ならどうだ?)
〈賢者の目〉に加え、〈賢者の時間〉を使ってさらに詳細な分析を進める。
(ふむ、上級職を中心とした伍であれば……、連携次第で2割増しといったところか)
戦士が騎士に、重戦士が装甲騎士に、盗賊が間諜に
上級職メインでレベル20を超えるとなると全軍の1パーセントにも満たないだろうが、それでもいないわけではない。
(ふむ。少数精鋭の特殊部隊を創設するというのも悪くないな)
優秀な伍を募り、より効率的なレベルアップや訓練を積ませることで、特殊部隊を編成できるだけの人員を集めることは可能だろう。
「なぁ、子爵級の魔人というのはどれくらいいるんだ?」
「答えると思うか?」
「そうか。まぁ男爵級となれば爵位のうえでも下位であるし、お前程度の魔人は魔王軍にもごろごろいるんだろうな」
ヤシロのその言葉に、ジラルの眉がピクリと動く。
「馬鹿を申せ。男爵級でも俺はほどなく子爵級に手がとどこうかというレベルなのだぞ?」
「ふむ。しかし、境界線付近に数多く存在するこういった砦にはお前のような男爵級の魔人が配置されているのだろう?」
「ふん。子爵級に
(つまり、前線の砦には男爵級以下の魔人しかいないということか。にしてもこいつ、自分が重要な情報を漏洩していることに気づいているのか?)
目の前にいる魔人の低い知性に敵ながら心配しつつ、得られた情報から先ほど考えた特殊部隊の件がどうやら上手くいきそうだと内心でほくそ笑む。
「どうやや歓迎されそうにないし、私はそろそろ失礼するよ」
男爵級魔人から聞きたいことはおおよそ聞き取れただろうと判断したヤシロは、そう言って踵を返した。
「おい、逃がすと思っているのか?」
「誰も逃げるとは言っていない。帰るだけだよ」
ジラルに背を向けたままヤシロはそう告げると、そのままスタスタと出口に向かって歩き始め、クレアもそれに続いた。
その後ジラルはあらゆる手を講じてヤシロを足止めしようとしたが、〈賢者の法衣〉と〈賢者の歩み〉の前では無力だった。
**********
「では、すこし情報を整理しようか」
ジャラザーク砦を出たヤシロとクレアは、ジラルから流れ出る存在力を追ってさらに魔王料の奥複核を目指して歩いた。
順当に行けばこの先に子爵級の魔人がいるはずだ。
ジラルが手配したと思われる追手もついてきていたが、何をできるわけでもないので無視し、半日ほど歩いて〈賢者の庵〉に入った。
シャワーと簡単な食事を終えたふたりは、リビングではなくダイニングキッチンのテーブルに向かい合って座っていた。
ふたりの前にはクレアが淹れたコーヒーが、カップの表面から湯気を上げている。
「まず私は、特殊部隊を編成しようと考えている」
前線に近い位置に配属されている男爵級以下の魔人を暗殺するための特殊部隊である。
砦の様子を見たが、正面からの攻略となるとそれなりの労力が必要となりそうだったが、少人数の潜入となればそれほど困難であるとは思えなかった。
なにせどれも急ごしらえなのだ。
作りが荒くなるのは仕方がないだろうし、作ったのは人類側なので、施設の見取り図などはこちらの手にある可能性が非常に高い。
そういった考えを、ヤシロはクレアに話して聞かせる。
「でも、前線に近い位置に上級の魔人がいないとも限りませんでしょう?」
「ないとはいえんが、可能性は限りなく低いだろうな」
「なぜです?」
「<支配>スキルの特性上、前線には雑魚魔物や下位の魔人を配置したほうが効率的だからだ」
なにせ支配下にある魔物を人類に倒されることが、もっとも効率よく存在力を稼ぐ方法なのだ。
弱い魔物を大量に前線へ投入することは、数でじわじわと人類を追い詰めつつ、連合軍に雑魚魔物を倒させることで魔王以下魔人たちのレベルアップを図るという、まさに一石二鳥の策であり、この基本戦略を魔王軍があえて逸脱する必要はないだろう。
少なくとも魔王軍と人類連合軍との戦争が始まって以降、魔王軍は一貫してこの戦略を取り続けている。
「なるほど、言われてみればそうですわね……」
「特殊部隊による魔人の急襲という作戦にはメリットが多い。まずは指揮官が倒れることによる拠点防衛戦力の弱体化」
砦に配置されていた防衛用の魔物だが、それらはジラルが直接〈支配〉していた。
いくら魔人が大量にいると言っても、騎士級魔人を拠点防衛に回せるだけの数はいないようだ。
おそらくだが、何らかの理由で騎士級魔人が生まれた場合も、防衛ではなく攻撃に回すようになっているのだろう。
なにせ騎士級魔人に雑魚魔物を率いらせ、人類に倒させることで魔王や魔人たちは強くなれるのだから。
「つまり、拠点に配属された魔人を倒せば、拠点を防衛する魔物の支配は解かれ、統率が乱れるというわけですわね?」
「ああ。目の前の兵士と戦うくらいのことはするだろうが、砦への侵入を防ぐために、たとえば石積みの壁を崩したりといった計画的な行動はとれなくなるだろうな」
「防壁代わりのゴーレムも無力化される可能性が高いですわね」
クレアは納得したように何度もうなずいた。
「そしてなにより〈支配〉の流れをそこで断ち切れるのが大きい」
〈支配〉スキルは下から上に存在力が流れ、上から下に強化が流れるという仕組みなっている。
仮にジラルを倒すと、まず雑魚魔物から騎士級魔人を経て上位へと流れる存在力を断ち切ることができる。
さらに、レベル18のジラルの支配下にある騎士級魔人は1.8レベルアップ相当の強化がなされているのだが、その強化が消えるということになり、雑魚魔物からは0.18レベルアップ相当の強化が消える。
わずかではあるが、ジラル麾下にある魔王軍すべてが弱体化されるということになるのだ。
「たしかに、非常に有用な策ですわね。では、デメリットは?」
「人員の確保が困難であるということかな。軍にとっても貴重な存在である、高レベルの伍を引き抜く必要があるし、その高レベルの伍を危険にさらす、といったところか」
「ハイリスクハイリターン……でしたわね?」
この世界にはない言い回しを口にしたクレアが、少しだけ得意げな表情を浮かべる。
「その通り。だが、リスクに対してリターンのほうが大きいのは確かだろう。なんとかグァンを説得してみるさ」
しかしどちらかといえば元帥グァンの好みそうな策ではある。
となれば、反対するのは宰相イーデンか、あるいは……、
(フランセットあたりは少数を死地に追いやることに反対しそうだな)
と、優しい大神官の姿を思い浮かべながら、ヤシロはクレアが淹れてくれたコーヒーをひと口すすった。
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