第三章 賢者の視察編
第1話『戦場視察』
勇者一行が『岩の洞窟』でのレベリングを始めて数日が経った。
彼らは毎日のように死んでは蘇り、その度にレベルが上がっているようだ。
40を超えたころからレベルは極端に上がりづらくなるため、そろそろレベルアップのペースも落ちてくるだろうが、だからといって彼らがくじけることはあるまい。
「そういえばヤシロさまは以前、賢者の勘という言葉を口にされていたかと思うのですが……」
ヤシロとクレアは常に行動をともにしているため、彼は思いついたことをよく彼女に聞かせていた。
その際に、何度か『賢者の勘』という言葉を使った覚えはあった。
公的な場所で使うのにはあまりふさわしくない言葉だと思っているので、クレア以外にはあまり聞かせたことはないのだが。
「その賢者の勘というのは、先日アルバートさまがおっしゃっていた勇者の勘と似たようなものでしょうか?」
「……いや、おそらくは別物だな。彼らは信託を受けた直後から焦りのようなものがあったといっていたが、私がそういった感覚を覚えたのは召喚されてよりもっとあと……、そうだな、冒険者ギルド設立から少し経ったあたりだろうか」
勇者の勘というのはおそらく神託とともに与えられる超常的な直感のようなものだろう。
対して賢者の勘は、賢者が持つ膨大な知識や、情報の分析、解析を元にもたらされるものではないかとヤシロは考えていた。
いまだ確証が持てるだけの情報はないながらも、得た情報から何かしらの結論を出そうとする心の働きとでも言えばいいのだろうか。
なので、ヤシロ自身この賢者の勘と呼べる感覚を軽視するつもりはない。
「気になったのは、兵士のレベルが低すぎるということだな。効率が悪いにせよ、彼らは相当数の魔物を倒しているはずだ。にもかかわらず、
人類全体で見れば1割ほどしかいない上級職だが、魔物との戦いを生業とする軍に限定すればその割合は自然と増える。
「たしかに、再編成のあとダンジョン探索を始めた兵士たちは目覚ましい速度でレベルアップをしておりますね。しかし、それはダンジョン各エリアの情報を元に、レベルに応じたレベリングポイントを振り分けているからでは?」
「にしても、
そこまでいうと、ヤシロは手元の書類をトントンと整理し、立ち上がった。
「さて、私が処理しなくてはならないものはこれで一段落ついたな」
「そうですね。あとは各組織の長で対応できるかと思います」
「うむ。では行こうか」
「はい」
**********
竜篭に乗って王都を出発し、東部国境の最前線を訪れたヤシロとクレアは、軍の駐屯地を訪れた。
「おう、賢者殿に筆頭魔導師――いや、秘書殿、どうした?」
最前線の駐屯地では元帥のグァン自らが指揮を取っていた。
「なに、せっかく寄ったのだから顔を出しておこうと思ってな。どうだ、戦況は?」
当初は元帥や宰相に対して敬語を使っていたヤシロだったが、自然と距離は縮まり打ち解けていった。
実のところ最後まで敬語を使ってたのはクレアだったりする。
「うむ。鋼鉄の装備と新しい弓のお陰で随分と楽になったわい。なにより、兵士たちのレベルが上ったのはかなり大きいな」
グァンが満足に語る。
「いまでは兵の半数以上が上級職か副業持ちだ。1個小隊で100を超える魔物を相手にできるぞ」
「ほう、約4倍の敵を相手に……」
「すごいですね……」
レベルという概念があり、個人の能力が人の範疇を大幅に超えて高くなる世界において、どうやら『衆寡敵せず』の概念も容易に覆されるらしい。
「そろそろ魔物どもが攻めてくる頃合いだ。一戦見ていくか?」
「そうだな。見学させてもらおう」
それから1時間ほどで魔物の群れが防衛ラインに到達した。
万を超える魔物の群れに、最初に仕掛けるのは防壁の上に並ぶ弓箭兵たちである。
約300名の弓箭兵が持つ武器は、すべてコンパウンドボウであった。
これは滑車と弓を合わせたもので、ヤシロがもたらした知識とドワーフを中心とする鍛冶師や錬金術師たちの高い技術によって完成したものだ。
魔物の骨や皮などを上手く組み合わせることで、張力はクロスボウレベルにまで高められている。
「元の世界にあっても、誰も引くことはできないだろうな」
膂力に優れた獣人であっても、レベル10前後はないと引けず、ヒトであればレベル15以上、エルフの場合は上級職である狙撃手になった上でレベル10程度は必要だろうか。
ちなみにだが、上級職へ
一般職のレベル5前後程度には落ちるだろうか。
しかしそこからレベルアップごとの能力上昇幅は一般職と比べ物にならず、上級職レベル5で一般職のレベル15に相当する。
魔剣士や武闘法士といった特殊職は、一般職よりも能力上昇幅は大きいが、上級職には及ばないといったところか。
「クロスボウ並の威力で弓のように連射ができるとは、まったく恐ろしいものを考えついたものだ」
「別に私が考えたわけではない。ただ知っていたものを伝えただけだ」
「ふん。こちらからすれば似たようなものだよ」
熟練した弓士がコンパウンドボウを使えばクロスボウを1回射つ間に5~6回は射つことが可能だ。
低レベルの弓士であってもクロスボウの倍以上のペースで矢を放てるので、弓箭兵が最初に倒せる魔物の数は激増した。
魔物の群れが射程に入ったことを確認した弓箭兵が次々に矢をつがえては上空に放っていく。
放物線を描いて飛ぶ矢は、まっすぐ狙うよりも射程が大幅に伸び、高い位置から落ちることで重力による加速もついて威力も増す。
そのぶん命中精度は大幅に落ちるが、それは数で補う。
狙いを定めずだたひたすら放ち続けることで、敵陣に矢の雨を降らせるのが狙いだ。
敵の数次第では弓箭兵だけでほぼ全滅させられることもあるようだ。
「3割はいったか」
1人あたり30~40発、合計1万本ほど降り注いだ矢の雨を受けて、魔物の群れは3000程度被害を受けた。
「残る魔物は約7000。これに2個大隊を当てる」
5人から成る伍を5つあつめて小隊とする。
当初はそこに1~2名の魔術士を加えるというプランだったが、ダンジョン探索によるレベリングが上手くいったこともあり、
そこで各小隊に魔術士なら2名、魔導師なら1名が配置されることになった。
5個小隊で1個中隊とし、中隊ごとに法術士と神官が数名配置される。
さらに5個中隊で1個大隊、5個大隊で1個連隊とするが、この編成は状況に応じて増減される。
とりあえずグァンが指揮するこの砦ではこのような編成にしたようだ。
連隊を複数同時に展開する場合を旅団とし、さらに旅団を複数同時展開する場合を師団とする、というふう決めたものの、今のところ2個連隊以上を個別に展開たことはあっても、旅団として運用した例はない。
各小隊に1~2名は魔術士を
まずは魔術を使えるものが牽制し、その後重戦士や上級職である装甲騎士が敵の前進を受け止める。
わずかにできた隙を突くように戦士や騎士が敵陣になだれ込み、武闘法士と魔剣士がそのサポートを行う。
ある程度衝突の混乱が落ち着いたところで盗賊か密偵の伍長が適宜指示を出して手近生物を狩っていく。
軍全体の連携はまだ拙い部分もあるが、伍レベルでの連携は飛躍的に上達し、効率よく戦闘を行えているようだ。
なかでも武闘法士の大半がレベル15に達するか法術士を副業にして回復系の法術を使えるようになっているので、ちょっとした負傷をその場で回復できるというのも大きい。
「どうじゃ? なかなかのもんじゃろ」
「ああ……」
自慢げに告げるグァンのそばで、ヤシロは険しい表情のまま戦場を観察していた。
「ヤシロさま、なにか気になることでも?」
「ああ……」
クレアの問いかけに生返事をしたヤシロは、引き続き戦場を凝視する。
(やはり、存在力の流れがおかしい)
〈賢者の目〉を発動したヤシロは、倒した魔物の存在力がどう流れるのかを観察していた。
本来であれば倒した魔物の存在力は伍に振り分けられるはずだ。
しかしその内の半分ほどが、敵陣の後方に流れているのが確認できた。
それだけではない。
人が魔物を倒して存在力を得てレベルアップするように、魔物が人を倒した場合、魔物もまた相手の存在力を奪い、レベルアップする。
レベルアップは何も人だけの特権ではないのだ。
ただし、人が人を殺してもその存在力を奪うことはできない。
惜しくも倒された兵士の存在力は魔物の糧となるはずだが、その1割ほどがやはり敵陣の後方に流れているようだった。
ヤシロはその流れる先を追っていく。
〈賢者の目〉には、見たものの情報を解析するだけでなく、単に遠くを見るという効果もあった。
ヤシロの様子から察したのか、クレアもまた〈賢者の目〉を発動して、同じようにセイン状を凝視していた。
「あれは……人? いえ、魔人……?」
クレアが呟く。
「クレア、どこだ?」
「敵陣の左後方にちょっとした茂みがありますでしょう? その影に隠れるようなかたちで……」
「ふむ、あれか」
戦場にひしめく魔物の群れが途切れたさらに後方1キロメートルほど先に、人型の存在が確認できた。
〈賢者の目〉によってそれを解析したところ、それは『魔人』と呼ばれる種族であることがわかった。
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