第17話 武装ゴブリン戦①
《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》⑰
存在自体が消えていた十文字さんは、俺とアキラがリアル世界に戻った数分後に、転移前に座っていた席に光の文字コードとなって現れた。まるで繭を形成するように。
リアル世界へと戻って来た俺は、言葉少なく挨拶を交わして。挨拶を交わして。喫茶店で十文字さんと別れ、アキラと一緒に自宅に向けて歩いていた。
異世界で長時間過ごしたこともあり、心身ともに疲弊している。どうやら、今回はクエスト終了後の全回復がないため、やはり休まなければ精神的にも肉体的にも辛いらしい。そこで、俺もアキラも少しでも早く自宅に帰って、身体を休めようと考えていたのだ。
プルルルルルル―― プルルルルルル――
ポケットの中でケータイが悲鳴を上げたのは、紅髪の美少女と、疲れながらも何気ない世間話を交わしているときだった。
すぐさま取り出して、ディスプレイを確認――。それは、登録されていない人物からの着信だったが、その番号には見覚えがある。これは確か、夏美の電話番号だ。
「も、もしもし……」
戸惑いながらも受話口を耳に当て、俺は電話に出ることにした。
『――きょ、匡太?』幼馴染が、声を震わせる。
「ああ、いったいどうしたんだよ夏美? 今はまだ、学校だろ?」
『う、うん。それが……わっ、私は学校で匡太の……いや、匡太の姿をした祠堂さんのことを、ずっと監視してたんだけど。休み時間に、いきなり学校を抜け出して。い、いなくなっちゃって――。そ、それで後を付けたら、久城峰学園に向かっているみたいで。それで……それで……祠堂さんが久城峰学園に到着したと思ったら、いきなり校舎内に魔物が……し、信じられないかもしれないけど、深緑色の身体をした……えーと、ゲームに出てくるゴブリンみたいな魔物が、いっぱい現れて――』
「何だって、ゴブリンが?」
『そ、それで……それで……久城峰学園の生徒たちも、いっぱい襲われて。い、今私は、安全な校内の駐車場まで逃げて来ちゃったんだけど。どうすればいいのかわからなくて。ご、ごめん……この前は、あんな酷いこと言ったのに……』
どうやら、祠堂頸木が久城峰学園に侵入して、さらには異世界の魔物であるゴブリンを召喚しているらしい。生徒たちを、そのゴブリンに襲わせているらしい。
「と、とにかく、今から行くから! お前は、絶対にそこを動くなよ! いや、もし危ないようなら、すぐに逃げるんだ! ――わかったな!」
『う、うん、わかった。待ってるから』
受話口の向こうから、鬼気迫る夏美の息遣いが聞こえてくる。
一瞬で、心と身体の疲れが吹き飛んだ気がした。今はそれどころでない。
俺は電話を切ると、矢も楯も堪らずに走り出していた。
「――い、いったい、どうしたんですか?」
走りながら、ジャージの巨乳少女が問い掛ける。
「事情はよくわからないが、久城峰学園にゴブリンが出現しているらしい! 祠堂頸木が、魔物を召喚して、生徒たちを襲わせているみたいなんだ!」
「そ、そんな……そんなことが……」
「十文字さんは、駅前の駐車場に車で来てるって言ってたから! すぐに久城稲学園まで、連れて行ってもらおうと思って――」
加速。加速。加速。加速。
余裕なくアキラに説明した後で、俺たちは駅前の駐車場へと辿り着いた。
十文字さんが、ちょうど自分の車の鍵を開けて、車内に入ろうとしている。
「――十文字さん!」
「なんや二人とも? えらい、けったいな顔をして――」
「と、とにかく、久城峰学園まで大至急向かってください! 事情は、車の中で説明しますから!」
「わ、わかった! なんやようわからんけど、とにかく乗りい!」
すぐさま、猟犬のような青年が了承――。俺とアキラに、後部座席に座るよう促してくれる。俺たちは、十文字さんが所有するTOYOTAのランドクルーザーに乗り込んだ。
「それで、いったいどうしたんや?」
猛スピードで久城峰学園へと向かいながら、白髪の探偵が問い掛ける。
「じ、実は、祠堂頸木が久城峰学園に侵入したらしくて。それで、魔物を……ゴブリンを召喚して、他の生徒たちを次々と襲わせているらしいんです」
「なんやと? いったいどうして、そんなことを――」
「理由までは、よくわかりませんが。俺は、この身体にある頸木の記憶を、わずかながら引き出すことができます。それでわかったんですけど、彼女は過去にもカレーに砒素を混入して、クラスメイトたちを皆殺しにしようとしたことがあって――。だから今回の件も、その延長でやっているのかもしれません」
「狂っとるな。魔物を使って、自分にとって大切な友人たちを皆殺しにしようとするなんて……正気の沙汰やないで」
憎々しげに、十文字さんが吐き捨てた。
――そうだ。あいつは確かに、正気じゃない。
――自分の目的のためなら、何をするかなんてわからないんだ。
祠堂頸木の人物像を思い起こしながら、歯を食い縛る。食い縛る。
自分の完璧な身体を捨てて、俺に成り代わろうなどと考えている少女だ。その時点で、すでにまともではないのだろう。まるで自殺志願者のように。
「……着いたで! 急ごう!」
そんなことを考えている。と、やがて車は久城峰学園へと到着し、そのまま校内に侵入。夏美のいる駐車場に荒々しく停車した。
「――きょ、匡太! 大変なの……大変で!」
駐車場で俺のことを待ってくれていた陽性の美少女が、すぐさま駆け寄って来る。
「夏美! あとは俺たちが何とかするから、お前は安全なところに避難するんだ!」
「で、でも、相手は化物で……だから……だから……」
「大丈夫だから! 俺が何とかするから!」
その震える手を握り締めて、力強く応えた。
少女の大きな瞳が、不安そうに揺らいでいる。
「わ、わかった。でも……無茶だけはしないでね」
「ああ、心配するな。本当に大丈夫だから」
「………」
夏美が、何かに耐えるように唇を噛み締めた。彼女は本気で俺のことを上條匡太だと認識し、心配してくれているようだった。
――大丈夫だ。夏美はすぐに、異世界のことを忘れる。
――魔物を見たことだって、忘れるはずだから。
自分自身に言い聞かせる。大丈夫だ、と。
「急ぐで、匡太!」
「行きましょう、匡太さん!」
そんな少女を置き去りにして、俺たちは校舎に向かって走る。走る。
昇降口から校舎内へと進入し、下駄箱を通過して廊下へと躍り出た。
「これは……酷いな」
そこには、まさに地獄のような光景が広がっていて――。
小学生高学年ぐらいの大きさをした、醜悪な小鬼だ。深緑色の肌をしており、いかにも邪悪そうな見た目をしている。そんなゴブリンたちが、廊下にいる教師や生徒たちを次々と襲い、殺しているようだった。目に見える範囲だけで、十匹以上はいるだろうか。
「――くそ、どうなってるんだよ!」
「とにかく、祠堂頸木を見つけ出して……やめさせるしかないな。一階から虱潰しに探していくで!」
「き、気を付けてください、匡太さん! あのゴブリンたち、普通じゃありません! 全員が鎧を着て、武装までしていますし!」
被害者たちの断末魔を聞きながら、さっそく臨戦態勢に入ろうとする俺に、紅髪の美少女が注意を促した。アキラの言うとおり、頸木が召喚したゴブリンはそのすべてが立派な鎧を着ており、手には剣や槍を持って武装しているようだった。
「ギギッ、ギギギ……」
廊下で殺戮を繰り広げていた、醜悪な小鬼たちが、俺たちに気付いて視線を向ける。
「錆鉄を振り回せる程度には、廊下は広いが、それでもオークは使えそうにないな。身動きが取れなくて、ゴブリンどもの餌食になるだけだろうし」
「そ、そうですね。『傷薬D』を使うためにも、いつでも売却できるように、残しておいた方がいいかもしれません」
そんな会話の後で、俺とアキラはテイムしたすべてのゴブリンを召喚した。数は六匹。
魔物の小隊を率いて、魂装を顕在化――さっそく戦闘に入る。
「うおおおおおおおおおおおお!」
廊下には、首を刎ねられたり四肢を切断されたりした教師や生徒たちの遺体が、転がっていた。その犠牲者の数は、軽く二十以上だ。そんな血塗れの屍を通り過ぎ、通り過ぎ、俺は武装ゴブリンに斬り掛かる。
「ギッギギ! ギギギギッギ!」
武装したゴブリンは想像以上に厄介で、錆鉄が掠っただけでは仕留めることはできなかった。十文字さんやアキラも、連携して射撃攻撃を繰り出すも、鎧のせいで致命傷を与えることは不可能な状況だ。
それでも、手こずりながらも都合五匹ほど片付けるが。その頃には、俺たちが召喚したゴブリンは半分以下まで殺されてしまっていた。武装ゴブリンと丸裸のゴブリンとでは、殺し合いにすらならないらしい。
「武装したゴブリンっちゅうのは、こんなにも厄介なもんなんやな」
「――い、急ぎましょう! 早く頸木さんを見つけないと!」
とりあえず、目に見える範囲の武装ゴブリンをすべて倒し終える。息絶えたゴブリンたちは、異世界で倒されたときとは違い、黒い灰となって次々と消滅しているようだった。どうやらリアル世界では、彼らに関する証拠は一切残らないようになっているらしい。
そのことを視認しながらも、俺たちは頸木を捜しながら廊下を走った。走った。
「うわあああ! 助けて、助けてくれええええええええええ!」
一階にはそれほど生徒はいないようで、襲われているのは教師の方が多くて。俺たちは、可能な限り襲われている人たちを助けながら、一階の探索を続けた。
すでに、二十匹以上の武装ゴブリンを倒しただろうか。俺たちがもともとテイムしていたゴブリンたちは、すでにそのすべてが彼らによって殺されていて。しかし俺たちは、新しく手に入れたはずの武装ゴブリンを、召喚することはできなかった。理由はよくわからないが、新たに倒したゴブリンたちはテイムすらされていなかったからだ。
「ど、どういうことでしょうか? リアル世界で魔物を倒しても、テイムされない仕組みになっているのでしょうか?」
「あるいは、プリズナーが召喚した魔物を倒しても、テイムされないルールなのかもしれんな。チッ、今まで倒したゴブリンを召喚できれば、かなりの戦力になるんやけど」
アサルトライフルを目の前の武装ゴブリンに掃射しながら、十文字さんが舌を打った。これだけ魔物を倒しているにも関わらず、テイムできないなんて。正直、かなり苦しい。苦しい戦いだ。
「ギギッギ! ギギギギッギ!」
「――くっ!」
狙撃手のアキラや十文字さんは大丈夫だが、白兵戦を仕掛けている俺は、どうしても武装ゴブリンたちに手傷を負わされてしまう。致命傷はなんとか避けられているが、手足や身体からは鮮血が噴き出していた。血が止まらなくて、頭がくらくらする。
「きょ、匡太さん、無理しないでください! もうアイテムを使った方が――」
「そうだな。ギルを温存して戦えるほど、楽な相手じゃないらしい」
俺は紅髪の美少女からの提案を受けて、アプリを操作――。子どものオークを一匹、十五万ギルで売却した後で、アイテム一覧から『傷薬D』を選択して自分に使用した。
傷が回復した後で、すぐさま目の前にいる醜悪な小鬼たちとの戦闘を再開する。
テイムした魔物は、召喚したプリズナーがその場で操った方が断然強いし、複雑な命令を下すことができるわけだが。見たところ、武装ゴブリンたちは『目の前にいる人間を殺す』という、単純な命令しか受けていないようだ。そのお蔭もあり、相手が強敵であるにも関わらず、俺たちは何とか各個撃破することができていた。これがもしもプリズナーが率いる洗練された軍隊であったなら、きっと今頃は全滅していたことだろう。
倒して。倒して。倒して。倒して。
すでに、三十匹以上の武装ゴブリンを倒しただろうか。教師や生徒を醜悪な小鬼たちから助けながら、一階の探索を続けていた俺たちは、一周回って元の階段へと戻って来る。
「どうやら、一階には祠堂頸木はおらんかったみたいやな」
「急ぎましょう! 二階以降にも、まだまだ武装ゴブリンはいるみたいですから」
上層から降りしきる生徒たちの悲鳴を聞きながら、俺は叫ぶように言った。
すぐさま階段を駆け上がり、二階へと向かう。
地獄はどこまでもどこまでも続いていて、決して逃れられないような気がした。どれだけ走っても、走っても、絶望はいつも背中に張り付いていて――。
《副軸――新美文子[にいみ ふみこ]》
私が初めての恋をしたのは、久城峰学園に進学してすぐのことだった。
彼のことは、最初はむしろ怖いと思っていたし、男女ともに友だちの多い人気者で。地味な文学少女である私にとっては、リア充っぽくてあまり関わりたくないと思っていたのだが、その日は突然にやって来る。
「新美。これ、使えよ」
土砂降りの雨の日に、私が傘を忘れて昇降口で途方に暮れている。と、その少年は唐突に自分の傘を差し出してきたのだ。そして、自分はずぶ濡れになりながらも、走って帰ってしまったのである。
まるで、少女漫画みたいなベタな展開だが。それが私と、初恋の相手――上條匡助君との初めての邂逅だった。
――ああ、上條匡助君……
心の中で、何度も何度もその名前を音読する。
染めた髪を整髪料で整え、耳にピアスを開けた少年だ。その身体は、サッカー部で鍛えているためガッシリとしている。
匡助君は明るくて、クラスでもリーダー的な存在なため人気があり、おまけにサッカー部のエースだ。部活に参加する彼を一目見ようと、グラウンドでは毎日女性ファンが人垣を作っているほどである。だから、匡助君が私のことなんて相手にしてくれないのは、わかっていた。
それでも、私は二年生に上がってからも彼と同じクラスになれたことが嬉しくて。授業中にその横顔を見ているだけで、幸せだった。その頃には、彼が時折見せる素の表情――自分を演じていないときの、あの冷たい無表情を見る機会も増えてきて。私はそのたびに、胸が締め付けられる想いがした。
――もしかしたら、私だけなのかもしれない。
――私だけが、彼の本当の表情に気付いているのかもしれない。
そして同時に、自分だけが人気者の彼の『特別な一面』を知っているような気がした。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
その表情を見るたびに、心臓が早鐘を打ち鳴らす。
私はそんな匡助君に、恋心を募らせて。募らせて。募らせて。募らせて。
「な、何なんだ、お前は――」
いきなり教室に『奇妙な生き物』が侵入してきたのは、そんなある日のことだった。
四時間目の授業中に、深緑色の身体をした醜悪な小鬼が。西洋の鎧と武器を装備した魔物たちが、私たちの現実にいきなり割り込んでくる。
「すげー! ゲームに出てくる、ゴブリンみたいだ!」
ゲーム好きなオタクの男子生徒が、興奮した様子で叫んだ。
それは確かに、ファンタジー小説などに出てくる『ゴブリン』の容姿に、とても似ているような気がした。
「ギッギギ! ギギギギギッギ!」
教室に侵入してきた三匹のゴブリンは、数学教師の制止を無視して接近。切迫――。そして、手に持った剣を唐突に振り回したかと思うと。
「きゅああああああああああああああああああああああああ!」
教室内に、女子たちの悲鳴が木霊する。木霊する。
気が付くと、眼鏡を掛けた数学教師の首は一刀両断されており、頭部を失くした胴体からはまるで噴水のように鮮血が降り注いだ。
その惨劇を皮切りに、『子どもの特殊メイクだろ?』とか『あんなの玩具だろ?』とか馬鹿にしていた生徒たちも、固唾を呑んでゴブリンたちの様子を見守っていた生徒たちも、もうパニックで。武器を手に襲い掛かる魔物を前にして、逃げ惑うことしかできなかった。
殺される。殺される。殺される。殺される。
今朝『彼女とキスした』と燥いでいた男子生徒も、『授業ダルいよね』と嘆いていた女子生徒も、私の恋の相談に乗ってくれていた友だちも――次々と殺される。
「みんな、落ち着け!」
そんな阿鼻叫喚の底で声を上げたのは、ピアスの少年だった。
匡助君は、教室に置かれた金属バットでゴブリンの一匹を叩きのめす。叩きのめす。と、生き残った全員に指示を出して、体育館に避難するよう先導した。
「と、とにかく、体育館に逃げるんだ! 早く――」
「匡助君……」
パニックに陥っていた私たちは、それでもリーダー的な存在である匡助君からの指示に従い、走って体育館に逃げることにする。ゴブリンたちは廊下にも大勢いたが、危険を犯して彼がシンガリを務めてくれたお蔭で、何とか体育館へと辿り着くことができた。もちろん、それでも多少の犠牲者は出たわけだが。
バタン――
そして、私たちを体育館へと先導してくれた勇者は、唐突にその鉄扉を閉じてしまう。
「どうしたんだよ、匡助! どうして、入って来ないんだよ!」
「匡助君! いや……いや……」
その光景を前にして、クラスメイトたちは混乱の坩堝に叩き落された。
「――馬鹿野郎! こんな扉だけじゃ、あいつらが……ゴブリンどもが集団で襲ってきたら、壊されるだろうがッ!」
どうやら匡助君は、みんなを助けるために。ゴブリンによる鉄扉の破壊を食い止めるために、独りで扉の前で戦うつもりのようだ。
「な、何言ってるんだよ、匡助!」
「お願い、開けて……開けて、匡助!」
その言葉を受けて、彼と仲の良かったメンバーが必死に鉄扉を叩いた。泣きながら叫んだ。しかし、鉄扉は開かない。どうやら匡助君は、ホウキか何かを『かんぬき』のように使い、外側から鉄扉を閉めているようだった。
「匡助君……」
そんな絶望的な状況を前にして、そして私の涙を流す。滔々と。
こんなことなら、彼のそばを離れなければ良かった。体育館の中になど入らずに、私も残って一緒に戦えば良かった。そうすれば――一緒に死ぬことだってできたのに。
「………」
最初に聞こえてきたのは、ゴブリンの邪悪な鳴き声だった。
そしてその後に、何かが暴れるような音がして、絶望的な静寂が訪れる。
「匡助……匡助……」
「いやああああああああ! こんなの、嫌だよ!」
クラスメイトたちが、匡助君の死を察して悲鳴のような声を上げた。悔し涙を浮かべながら、自分自身の無力さを呪う。呪う。呪う。
その静寂が意味するものは、きっと死だ――。
みんなが、共通認識としてそう思ったのだ。
ギイイイイ……
そして、唐突に鉄扉が開く。耳障りな金属音を立てて。
みんなは、きっとゴブリンが入ってきたものだと確信し、絶望の表情を浮かべたまま石像のように固まったが。そこに立っていたのは、私たちの良く知る人物だった。
「「「――匡助!」」」
クラスメイトたちが、安堵の表情を浮かべて一斉に叫ぶ。駆け寄って行く。
「悪いな、心配掛けて。ゴブリンは……何とか追い払えたから」
そう言って、匡助君は笑顔を浮かべた。いつもの、人好きのする笑顔を。
「すげーよ、匡助! お前は、本当にすごいヤツだよ!」
「匡助……良かった……良かった……」
今度は、さっきまでとは違う種類の涙を流す。みんなが感動を共有する。
――きっと、たくさんのゴブリンに襲われたはずなのに。
――どうして、匡助君は助かったのだろうか? どうして……
その笑顔は韜晦で。なぜか私には、『何かを諦めた笑顔』に見えた。
まるで大切な何かを失ったような。そんな風に、見えてしまったのだった。
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