死後の世界戦線に告ぐ

蒼機七

第1話 死後の世界への転移

 


 《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》①




 ああ、人がゴミのようだ。本当に――。


 五月の青空は気持ち悪いぐらい綺麗で、綺麗で。俺は昼休みに食べたジャムパンが、ペースト状に撹拌されて、胃の底から猛烈に迫り上がって来るのを感じた。

 廃ビルの階数は十階建てで、高さは約三十メートル。屋上の縁に立って視線を巡らせると、都内の街並みが看取できた。

 地上では、今日もスーツを着たサラリーマンやOLが、忙しなく日々のルーチンに追われている。追われている。追われている。追われている。


「お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください。……なんちゃって」


 その声は、滑稽なほど醒めていた。まるで他人事のように。

 そもそも、俺に最期の言葉など必要ないのだろう。そんな資格なんて、あるはずがないのだから。


「……はあ」


 俺は小さく溜め息一つ。その後で、一歩を踏み出した。

 自分をこの世界から抹消するための、無意味で無慈悲な一歩を踏み出した。

 瞬間、身体が重力を置いてけぼりにする。空気の壁をぶち破りながら、ぶち破りながら、どんどんと加速していく。『天地が引っくり返ったような』とは、こういうときに使う言葉なのだろう。身体の落下速度と反比例するように、頭の回転はどんどん鈍くなっていくような気がした。陸に釣り上げられた魚よろしく、過度の酸欠で息苦しい。そして――


「………」「………」「………」「………」


 記憶にあるのは、魂が潰れるほどの『痛み』だった。

 頭が割れて血がドクドクと流れていくのを、確かに俺は感じたのだ。

 身体が冷たくて。冷たくて。冷たくて。冷たくて。

 しかし俺は――夜の海のような暗闇から、意識が急速に浮上するのを自覚していた。まるで誰かに、無理やり引っ張り上げられているような。微睡みの底で頭を掴まれるような。


「………」


 気持ち悪いぐらい綺麗な青空――。

 そして爛々と輝く太陽が、酷く偉そうな顔で見下ろしていた。


 ――……えーと。どうなったんだ、俺?


 不意に暗闇から目を覚ました俺は、腹筋の要領で身体を持ち上げる。

 反射的に頭に手を当てたが、欠損は感じられなかった。なんだかいつもと感触が違うような気もするが、俺の頭頂部はきちんと丸い形を保っていて――。


「……どこだよ……ここ?」


 立ち上がりながら、視線を巡らせる。巡らせる。

 そこは、まるで焼き払われた小さな町のように見えた。そんな町の、石造りの半壊した建物の中に、俺はぼんやりと立ち尽くしていた。

 何かが焼けるような臭いが、鼻孔を刺激する。小学生の頃にお祖父ちゃんがガンで死んで、その火葬に立ち会ったが、あのとき嗅いだ臭いも確かこんなだった気がした。


 ――なんで俺、こんなところにいるんだよ?

 ――それに……


 まだ回転の鈍い頭を無理やり動かして、自身の状況を確認する。

 俺はなぜかプリーツスカートを履いていて、白く艶めかしい太腿を露出させていた。この時点で、かなり意味がわからない。


「………」


 理解不能な状況に狼狽えながらも、焼け焦げた建物の中身を看取する。すぐさま煤けた姿見を見つけ、俺は壁に備え付けられたそれの前に立った。


 ――何だ……これは?

 ――何なんだ、これは?


 心の中で、そんな疑問を反芻する。

 鏡の前に立っていたのは、俺ではない。俺ではなくて、一人の少女だった。

 腰まである銀桜色の髪と、鋭い狼の瞳。そのすべてが詰まらなそうな表情とは裏腹に、顔の全パーツが完璧な精緻で整った絶対的な美少女――。どれだけ目を逸らそうとしても、その姿を本能的に捉えてしまう。まるで女神の生まれ変わりのような、神々しくて、それでいて狂暴なまでの存在感を放つ『絶対的な美少女』だったのだ。


「い、いや……誰だよ、これ?」


 自分の顔を指の表面で確認しながら、喘ぐように問い掛ける。

 制服は、都内にある私立久城峰[くじょうみね]学園の女子のものに間違いないが、俺はこんな少女のことは知らない。いや、知っているかどうかなんて関係なくて。俺はそもそも、都立三雲[みくも]高校に通う二年生の男子生徒――上條[かみじょう]匡太[きょうた]だ。どこにでもいる平凡で、少し根暗な男子高校生なのだ。だから、こんな絶対的な美少女が『俺』なはずがないのである。


「………」


 頭が混乱していて、脳味噌に靄が掛かっているようだ。

 それでも必死に、美少女の姿を視界に捉える。少女の――いや、俺の頭上には、緑色の光を放つ謎の物体が浮き上がっていた。


 ――何だよ、これ……


 まるで天使が頭に戴く輪のような。しかしそれは、電光掲示板のように光の文字が表示され、流れている。

 表示された単語は三つ。俺の日本語名である『上條匡太』と、英語名である『KYOUTA KAMIJYOU』――そして、見たこともない異国の文字の羅列だ。おそらくは、この三つの単語は俺の名前を表しているのだろうが。そもそも、こんなものが頭に張り付いている意味がわからない。


「まるで、ネットゲームのプレイヤー表記みてえだな……」


 手をかざしても触れることのできない、透き通るそれを、掻き毟りながら呟く。

 ネットゲームに関しては別に詳しいわけではないが、まるで立体映像のようなそのネームリングは、MMORPGか何かのプレイヤー表記のように見えた。


 ――意味がわからねえよ。どうなってるんだよ、本当に……


「おい、何だよここ!」

「え、ちょっと……どこなのよ?」


 俺がさらなる混乱を募らせている。と、いきなり建物の外から声が聞こえてきた。

 恐る恐る視線を向けると、スーツを着たサラリーマン風の男女が立っている。そして、彼らの頭上にも俺のと同じネームリングが表示されていた。『豊田[とよだ]博之[ひろゆき]』と『大島[おおしま]栄子[えいこ]』――どうやらそれが、二人の名前であるらしい。年齢は三十代ぐらいだろうか。


「あれ、何だこれ? 何が起こってるんだ?」

「わ、私はいったい……」


 そして、そうこうしている間にも、廃墟と化した町には次々と新しい住人たちがやって来ているようだった。いや、『やって来ている』などと表現していいものかどうかさえ、よくわからない。頭の処理が追い付かない。

 なぜなら、彼らは皆、何もないところにいきなり出現していたからだ。

 白い光を放つ意味不明なアルファベットの羅列が、まるで繭のように人体を次々と形成していく。形成していく。形成していく。形成していく。町に現れた人々は、俺と同じように――。そして、俺の次に出現した豊田博之や大島栄子と同じように、皆一様に自分の置かれた状況を理解できずにいるらしかった。


「あの、すいません! ここがどこだか、わかる人はいませんか?」

「俺、確か車に轢かれて、それで……」

「いったい、どうなってるのよ! どこなのよ、ここは!」


 不安に煽られるように、ネームリングの住人たちが声を上げる。

 しかし――、それに答えられる者は一人もいなかった。口々に叫ばれる彼らの言葉から解釈できるのは、どうやらここに集められた者の多くが、『直前に死の記憶を持っているらしい』と言うことぐらいだろうか。事故だったり、事件だったり、病気だったり。もちろん、あの廃ビルから飛び降りて自殺した俺も、そのうちの一人に間違いないわけだが。


 ――でも……身体がおかしいのは、俺だけなのか?

 ――他のヤツらは、平気なのかよ?


 廃墟に現れた俺以外の住人の姿を見ながら、思わず眉を顰める。

 名前と姿形を確認した限りでは、俺のように『まったく知らない人間』の姿になってしまっている者は、いないようだった。いや、もちろん『ただ単に本人が気付いていないだけ』の可能性も考えられるが。少なくとも、俺のように名前と性別が一致していない者は、見受けられない気がする。


 ――どういうことだ?

 ――どうして俺だけ、俺じゃないんだ?


 その疑問を、頭の中でグルグルと洗濯物のように回したが、やっぱり意味がわからない。謎は他の謎と絡まって、大きな塊になってしまっている。

 とにかく今わかっているのは、『何らかの理由で死んだ十一人の人間が、この廃墟に強制的に集められているらしい』と、言うことだけだ。『死者』が集められたのだ。つまり状況から察するに、この場所は――


『はいはーい、プリズナー[囚人]のみなさーん。聞いてくださーい』


 その結論に達しようとしていた俺の思考に、誰かの声が割り込んできた。

 酷く眠そうな、面倒臭そうな少女の声だ。いや、しかし声と言っても耳から聞こえているわけではない。それはまるで、頭に直接呼び掛けられているようだった。


「な、何だ? 誰だよ?」

「この声、どこから聞こえてくるの?」


 他の面々も、必死に視線を巡らせて声の主を探すも、特定できない。ただ頭の中に、強制的に『言葉』を流し込まれているようだ。

『むにゃむにゃ……みなさーん、中央広場に集合してくださーい』

 そんな混乱の渦中で、欠伸を噛みながら少女がさらなる指示を出す。


「と、とにかく行ってみよう!」

「ええ。ここにいても、仕方がないわ!」


 初老の男性が言って、中年の主婦らしき女性が応えた。こんな状況であるのだから、そう判断するしかないのだろう。

 俺たち十一人は少女の言葉に引き寄せられるように、瓦礫の積まれた廃墟を歩き、歩き、やがて町の中央広場へと辿り着いた。光を目指す羽虫のように。そしてそこには、声の主と思しき一人の少女が立っていた。

 沈黙。沈黙。沈黙。沈黙。

 その姿を見て――、一同が動きを止める。

 見た目の年齢は、おそらく小学生の低学年ぐらいだろうか。黄緑色の髪と金色の瞳を持つ、先鋭的なデザインの白い服を着た、幼さと美しさが同居した不思議な雰囲気の少女だ。その異様さに、異常さに、死者たちは思わず息を呑む。


「え、えーと、あなたは……」


 そんな状況の中で声を上げたのは、十一人の中で一番年配の、初老の男性だった。名前は『下谷[しもたに]孝[たかし]』である。


「むにゃむにゃ……私の名前は、ヨンエルです」

「……ヨンエル……さん?」


 なぜかスコップを持った少女が、それに凭れ掛かりながら答える。

 その眠そうな半眼は、面倒臭そうに俺たちの様子を視認していた。


「えーと、一応……天使です」


 それは中央広場に集まる前までのものとは違い、少女の口から直接発せられた言葉だった。まるで天使の吐息のような、甘やかな声で。

 一応、その自称天使の頭上も確認してみるが、そこには俺たちと違ってネームリングは張り付いていないようだった。


「て――、天使やと?」

「と言うことは、やっ、やっぱり僕たちは死んだんですか? ここは、天国なんですか?」


 浅黒い肌をした青年の後で、大学生風の少女が怯え顔で質問する。


「むにゃむにゃ……はい、私は天使です。まあ、この世界では『墓守』などと呼ばれることもありますが」


 臆面もなく、欠伸を噛みながらヨンエルが答えた。

 確かに俺は、あの廃ビルから飛び降りて死んだはずだ。そしてここにいるメンバーも、事故や事件、病気のせいで死んでいるらしいので、今いる場所が天国である可能衛は極めて高いのだろう。そしてここが天国であるのなら、この眠そうな顔をしたのんびり少女が本物の『天使』であることも、認めなければならない。


「え、えーと、『この世界』と言うのは? 本当に、ここは天国なんですか?」


 ジャージを着た女子高生が、今にも泣き出しそうな瞳で再確認する。


「まあ、監獄世界から来たあなたたちプリズナーにとっては、ここは天国……と、言うか異世界みたいなものかな。むにゃむにゃ……この世界は、『グランヘイム』と呼ばれています。絶対神ベルフレアが支配し、管理していた世界ですね」

「プ、プリズナー……と、言うのは、俺たちのことなのか?」思考を空転させながらも、喘ぐように質問した。

「はい。むにゃむにゃ……あなたたちは、プリズナーです。他にも『亡霊』『輪っか憑き』『魔物使い』などと、この世界では呼ばれたりします。まあ、私たち天使の間では『咎人』『泥』『エゴイスト』などと、呼ばれることもありますが」

「そんなことは、どうだっていい! 俺たちは、いったいどうなるんだよ!」


 半眼の天使の言葉を遮って、サラリーマン風の豊田さんが狼狽えた声を上げる。

 他の死者たちも……いや、プリズナーたちも、これから自分がどうなるのかを一番に気にしているようだ。


「むにゃむにゃ……面倒臭いなあ。今日は全員が初心者なので、特別にちゃんと説明しますが。とにかくあなたたちプリズナーには、これから『煉獄地』でのクエストに参加してもらいます。そしてそのクエストが終われば、プリズナーは監獄世界……つまり、あなたたちにとっての『リアル世界』に戻ることができます」

「わ、私たち、帰れるの? 家に帰れるの?」


 中年の主婦らしき女性が、歓喜の声を上げる。その隣にいる中学生らしき少年も、「良かった」と胸を撫で下ろした。

『クエスト』と言うのが、いったい何なのかはわからないが。とりあえず俺たちは、それが終われば、元いた世界に帰ることができるらしい。しかし――


「――ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 安堵するプリズナーたちの中で、俺は狼狽えた声を上げた。その場にいた全員が、注目する。注目する。


「俺は……違うんだ。お、俺は男で、上條匡太なんだ。ほら、このネームリングにもそう書いてあるだろ? でも、この身体は違うんだ! 俺のものじゃない!」

「むにゃむにゃ……確かに、あなたの名前は『上條匡太』のようですね。しかし姿形はどう見ても、おんにゃの子です。女装趣味がおありで?」

「じょ、女装って――」大学生風の少女が、目を白黒させた。驚いたように。

「ち、ちげえよ! 俺はさっき死んで……それで目覚めたら、まったくの別人になってたんだよ!」

「……まさか。むにゃむにゃ……すべての魂データは、きちんとIDで管理されていますから。そんなことは、『起こりえない』はずなんですけど」訝しむように、ヨンエルが短い眉を顰めた。

「お、起こりえないって言っても……実際に俺は、俺じゃなくなっているわけだし」

「……わかりました。とりあえずあなたのことは、次回のクエストまでに調べておきます。むにゃむにゃ……とにかく今は、目の前のクエストに集中してください」


 面倒臭そうに、天使が俺の件を保留にする。

 男の名前が付いているにも関わらず、美少女の姿をした俺がよほど好奇に映ったのか、他のプリズナーたちも露骨に俗眼を向けているようだった。まるで痛々しいものを見るような、そんな視線だ。その反応を見るに、やはり身体に不調を来たしているのは俺だけであるらしい。


「それでは、気を取り直して、今回のクエストについて説明します。……むにゃむにゃ」


 のんびりとした声で、半眼の天使が話を切り替えた。

 天使の頭上に、立体映像のようなものが浮かび上がる。


「まず皆さんには、自分のケータイを見てもらいたいのですが」

「おい! 俺たちは、ケータイなんて持ってねえぞ!」

「そうだそうだ、持ってねーぞ! ゲヘヘヘヘ!」


 再び少女の言葉を遮って、今度は酔っぱらいの二人組が叫んだ。

 ヒゲ面の『藤井[ふじい]昭信[あきのぶ]』と、ハゲ頭の『中村[なかむら]誠二[せいじ]』だ。その小汚い格好から察するに、二人の中年はおそらくホームレスなのだろう。昼間から随分とお酒を飲んでいるようで、こんな状況であるにも関わらず、ゲラゲラと笑っている。二人の手には、生前の持ち物と思われる一升瓶が握られていた。


「……そうですね。むにゃむにゃ……ではこれを、お使いください」


 天使は特に窮した様子もなく、手をかざして中空から二台のケータイを顕在化する。そして相変わらずの眠そうな表情で、ゲラゲラと笑うホームレス二人組に差し出した。

 頭上に出現した立体映像もそうだが、やはりこのヨンエルと名乗る少女は、奇跡めいたことが行える本物の天使であるらしい。


「それで、具体的なクエストについてですが」再び気を取り直し、天使が説明を再開する。「あなたたちには、これから向こうに見える森で――魔物を倒していただきます」

「魔物を……ですか?」


 初老の下谷孝さんが、首を傾いで問い掛ける。

 他の死者たちも、『魔物』という言葉が引っ掛かっているようだ。中には、急速に怯えの表情を浮かべる者も散見された。


「はい。むにゃむにゃ……それで、とりあえずケータイを見てもらいたいのですが」


 何でもない風に、ヨンエルが続ける。


「あなたたちのケータイには、『グランヘイム・オンライン』というアプリがダウンロードされているはずです。むにゃむにゃ……このアプリは、クエストを熟すうえでも非常に重要なアプリですので、各自必ずチェックしておいてください」

「重要なアプリって……」


 言いながら、俺も他のメンバー同様にケータイを取り出した。スカートの中に入っていたそれは、おそらくこの美少女の持ち物なのだろう。

 ケータイの画面には、美麗な女神のイラストが描かれたアイコンとともに、確かに『グランヘイム・オンライン』というアプリがダウンロードされていた。


「まるで、ゲームみたいやな」


 浅黒い肌をした、猟犬のような顔つきの青年がポツリと零す。

 俺はそこまでゲーム好きと言うわけではないが、確かにこれはゲームみたいだ。おそらくは、そのアプリのアイコンを見た他のプリズナーたちも、青年や俺と同じ感想を抱いたことだろう。


「まあ、簡単に説明しますが」眠そうな顔で、面倒臭そうに天使が口を開く。「むにゃむにゃ……とにかくクエストで魔物を倒すと、その魔物を隷属化……『テイム』することができます。テイムした魔物は召喚して戦わせたり、売って『ギル』に変えることができます。むにゃむにゃ……この『ギル』が、『グランヘイム・オンライン』で使用される仮想通貨ですね。ギルを貯めることはとても重要で、これを使ってプリズナーの皆さんは『アイテム』を使ったり、『魔法』を習得したり……まあ、色々できます。それで……えーと。アイテムを使えば、体力を回復したりとかできます」

「え、ちょっと待てよ? 何の話をしてるんだよ?」

「皆さんには、これから煉獄地に移動して今回のターゲット……『スライム』を、一匹倒して来てもらうわけですが」


 俺の言葉を無視して、黄緑色の髪をした少女が話を続けた。


「まず、煉獄地から出ることは禁止です。むにゃむにゃ……煉獄地の範囲は光の壁で覆われていますし、アプリでも確認できますが。とにかく出ないでください。制限時間もありますので、それまでにクエストで指定された魔物を倒すこと。むにゃむにゃ……もし時間内に倒せなかったら、クエストに参加している全員が死んじゃいますから」

「し、死んじゃいますからって……」


 OL風の大島栄子さんが、いきなり首を絞められたような声を上げる。他のメンバーも、その言葉を聞いてギョッとした。

 もはや動揺に応えることさえ面倒な様子で、次々と立体映像の画面を切り替えながら、天使が完全無視の姿勢で続ける。


「次に武器についてですが。むにゃむにゃ……こちらの世界にやって来たプリズナーの皆さんは、『魂装[こんそう]』を解放することができます。魂装と言うのは、要するに魂が武器として顕在化したものです。『魂装解放』とか叫んだり、適当に気合を入れたりしたら出てきます。むにゃむにゃ……魂装は、魂の在り方によって形や性能が変化するわけですが。とにかくその魂装を使って、魔物を倒してください。ぶっちゃけ面倒臭くなってきたので、以上で説明は終了します」


 あからさまに大儀そうな様子で、ヨンエルが説明を切り上げた。

 何かとても重要な話なのだろうが、ほとんどその意味を理解することができない。それでもプリズナーの面々は、天使の言葉を真に受けて『魂装解放』と叫んでいるようだった。

 死者たちの目の前に、次々と剣や槍、斧などの武器が顕在化する。まるで魔法のようだ。俺も試しに『魂装解放』と叫んでみたが、しかし何の武器も出てこなかった。


「むにゃむにゃ……それじゃあ、これから皆さんを煉獄地に……えーと、スライムがいるあの森に送りますんで。まあ、頑張ってくださいな」

「ちょ、ちょっと待てよ、ヨンエル! 俺だけ、魂装が出ないんだけど――」

「………」


 武器が顕在化されないことに狼狽えている。と、黄緑色の髪をした少女はいきなり何か、呪文のような言葉を超高速で唱え始めた。聞いたこともない言語の羅列だ。

 詠唱。詠唱。詠唱。詠唱。

 かと思うと、いきなりプリズナーたちの足下に光の魔法陣が出現し始める。俺の足下にも。そして、天使の呪文によって、次々とメンバーはどこかにワープしているようだった。

 身体の質量が失われていくような、心細い感覚――。

 それが長い長い、煉獄の日々の本当の始まりだった。目が眩むような。



 ○●●○



※お気に掛けていただき、ありがとうございます!

 一章は十九話ぐらいで完結する予定です! 一章完結までは、毎日朝夜二回更新する予定ですので、どうか最後までお付き合いくださいm(__)m

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