第12話 オーク戦①

 


 《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》⑫



『プ、プリズナーの皆さん、クエストが始まります! ケ、ケケ、ケータイのアプリを使って、すぐに新たな拠点に転移してください! くっ、繰り返します! プ、プリズナーの皆さん、クエストが始まります! ケ、ケケ、ケータイのアプリを使って、すぐに新たな拠点に転移してください!』


 俺が酷い頭痛に苛まれたのは、三時間目の授業を終えたすぐ後だった。

 ガンガンと、脳を直接、鉄鎚で殴られているような痛みだ。


 ――くそ、こっちの都合なんてお構いなしだな……


 すぐさま信者の生徒たちから距離を置き、俺は『グランヘイム・オンライン』を起動。一番上に表示された新しい『拠点』を選択する。どうやら今度の拠点は、アーズヘル王国領内の『ゴルドール旧市街』という場所であるらしい。


『プ、プリズナーの皆さん、クエストが始まります! ケ、ケケ、ケータイのアプリを使って、すぐに新たな拠点に転移してください! くっ、繰り返します! プ、プリズナーの皆さん、クエストが始まります! ケ、ケケ、ケータイのアプリを使って、すぐに新たな拠点に転移してください!』

「……くっ」


 頭の中に直接響く天使の声を聞きながらも、俺は異世界への転移を開始した。


「――ッ!」


 瞬間、身体が光の文字コードとなって、煙のように宙に浮きながら消えていく。

 白い光を放つ、意味不明なアルファベットの羅列――。

 そして、しばらくすると視界が暗闇に覆われた。身体の感覚が失われていく。

 意識が途切れる。途切れる。途切れる。途切れる。


「………」「………」「………」「………」


 次の瞬間には、またあの感覚が襲い掛かってきた。夜の海のような暗闇から、意識が急速に浮上するような感覚――。まるで誰かに、無理やり引っ張り上げられているような。微睡みの底で頭を掴まれるような。


「……ここが、ゴンドール旧市街か」


 目の前に、茶色い石造りの家々が立ち並んでいる。そのどれもが崩れていて、まるで遺跡か何かのようだ。時間はリアル世界と同じく午前の昼間――。

 いつの間にが、頭を殴られるような痛みは消え去っていて。そして俺が立つ旧市街には、次々と新たなプリズナーが転移して来ているようだった。

 白い光を放つ意味不明なアルファベットの羅列が、まるで繭のように人体を形成していく。そして、そんなプリズナーたちの前に立っていたのは――一人の登場人物だった。

 見た目の年齢は、おそらく小学生の低学年ぐらいだろうか。黄緑色の髪と金色の瞳を持つ、先鋭的なデザインの白い服を着た、幼さと美しさが同居した不思議な雰囲気の少女だ。

 しかし、その恥ずかしそうな表情から、ヨンエルでもイチエルでもニーエルでもないことは、明らかだ。両手で工事現場で使うような穴掘り機を持ち、必死に自分の身をその後ろに隠そうとしている。立っているだけで恥ずかしいらしい。


「――きょ、匡太さん!」


 そんな『新登場の天使』に注目していると、先に来ていたアキラが後ろから声を掛けてきた。振り返って、相変わらずの大きなオッパイをジャージで隠した美少女を、視認する。


「今回は、十文字さんは来ていないみたいですね」


 他の転移者の姿を一通り確認した後で、紅髪の美少女がどこか安心した声音で言った。前にも話したとおり、まだ十文字さんに対して不信感を抱いているらしい。


「まあ、お互いにフレンド登録しているからと言って、100%同じクエストに参加できるわけじゃないからな。イチエルも言っていたが、確率が上がるってだけの話だし」

「そ、そうですよね。残念ですが……」


 あまり残念でもなさそうに、ジャージの巨乳少女が息を付いた。

 とりあえず、他のメンバーも確認する。まず、一番近くに転移して来たのは、眼鏡を掛けた天然パーマの青年――『定谷[ていや]充輝[みつてる]』だ。その他には、白人二人と黒人二人の、外国人観光客らしき四人組と。そして一人だけみんなから距離を置いた、登場人物――ローブのフードを目深に被った、不気味な仮面の人物が見受けられた。離れているため、ネームリングの名前までは確認できない。背がそんなに高くないので少年か、あるいは女性なのかもしれないが。とにかく今回のクエストは、俺とアキラを含めたこの八人で行うらしい。


「あ、あの……あの……私はゴーエルって言って、その天使で……」

「Oh……フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャ、スシ、ロリ!」

「イエーイ、ピース! ピース!」


 今回の担当天使であるゴーエルが、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに説明を開始しようとしているが。GAIJINの四人は、自分たちの置かれている状況すら呑み込めていないのか、黄緑色の髪をした少女と一緒に記念撮影をしている。まるで危機感がない。


「あれは、まず間違いなく初参加のメンバーだろうな」

「そ、そうみたいですね。ちょっと戦力としては、期待できないかもしれません」

「あ、あの……」


 そんな話をしていると、天パの青年が声を掛けてきた。

 俺とアキラは、戸惑い気味な登場人物――定谷充輝さんへと視線を向ける。


「ぼ、僕は末期ガンで病院に入院していて……そ、それで、確かに死んだはずなんですけど。いったい、何がどうなってるんですか? こっ、こんな殺風景な場所が、天国なんですか? 身体の痛みや怠さとかも、完全に消えてるみたいだし」

「えーと。みんな同じで、死んでこの異世界に転移してきたんです」

「……え? え? ここって、異世界なんですか? 中東かどこかにある、遺跡のようにも見えますけど」

「はい、グランヘイムと呼ばれる異世界です」簡単に説明しながら、きっぱりと頷いた。「それで俺たちは、これから魔物と戦わなければいけないんですけど。とにかく、あそこにいる少女が……天使が、色々と説明してくれるはずですから。それをちゃんと聞いて、わからないことがあったら何でも質問してください。俺たちは、こういったクエストに参加するのは今回で三回目なので、少しはその疑問に応えられると思います」

「そ、そうですか。じゃ、じゃあ、とりあえず行ってきます」

「………」


 おそらくは、この意味のわからない状況に、頭が追い付いていないのだろう。動揺しながらも、天パの青年が天使の説明を聞きに行った。

 やがてゴーエルは、外国人観光客らに無視されながらも説明を開始――。立体映像を使いながら、恥ずかしそうにクエストのルールを提示していく。


「……恥ずかしいです。そ、それで、今回のクエストでは、み、みみ、皆さんにオークを三匹……倒していただきます」


 その後で、ようやく今回のターゲットについて話し始めた。


「オーク……と、言うと。あ、あれですよね? ファンタジー映画やゲームに出てくる、豚みたいな魔物ですよね?」

「そうだな。三匹ってことは、まあ……どうなんだろうな。あの仮面の人が経験者なのかどうかは知らないが、前のゴブリン十匹よりかはマシなのかもしれないな。祠堂頸木の規格外な身体能力も、だいぶ使いこなせるようになってきたし」

「そ、それで、今回の煉獄地はこのゴルドール旧市街の一区画です。……恥ずかしいです。そ、それでは、さっそく皆様を煉獄地に送りますので、が、頑張ってください」


 そんな話をしていると、恥ずかしがり屋の天使は説明を完了。これまでと同じく、呪文のような言葉を超高速で唱え始めた。聞いたこともない言語の羅列だ。

 詠唱。詠唱。詠唱。詠唱。

 かと思うと、いきなりプリズナーたちの足下に光の魔法陣が出現し始める。そして、天使の呪文によって、次々とメンバーは煉獄地にワープしているようだった。

 やがて、俺やアキラの足下にも魔方陣が出現する。身体の質量が失われていくような、心細い感覚――。そんな感覚の後で、俺たちはゴルドール旧市街の一区画へと転移する。


「………」


 他のプリズナーと一緒にワープしてきた後で、俺は周囲の様子を確認した。

 見た目の雰囲気としては、さっきまでいた拠点と何ら変わりはない。茶色い石造りの建物が、立ち並んでいるだけだ。もう使われていないのか、ゴンドール旧市街に人が生活しているような気配は一切、残っていなかった。完全な廃墟であるようだ。


「え、えーと、あの……色々と訊きたいことがあるんだけど」


 ワープが完了した後で、戸惑いながらも定谷さんが声を掛けてくる。


「あ、私は……一応、あの人たちに状況を説明して来ますね。せ、戦力は、少しでも多い方がいいですから」

「説明って、多分あの外国人観光客たちは、日本語とか話せないと思うけど」

「だ、大丈夫です。これでも特待生ですから。英語も……少しぐらいなら話せます」


 そう言って、アキラがGAIJINたちのところに駆け寄っていった。

 俺は改めて、眼鏡の青年に知っている範囲のことを説明し、とりあえず一番重要な魂装の出し方を教授する。定谷充輝さんの魂装は、最初のクエストで下谷さんが使っていた、『足軽槍』に似た種類のものだった。


「とりあえず、今回は俺たちに付いて来るだけで大丈夫です。無理に戦おうとすれば、魔物に殺されるリスクも高まりますから。とにかく少し距離を開けて、後ろから見ていてください」

「あ、ああ。足手まといで本当に申し訳ないんだけど、お願いするよ。ま、まだちょっと、意味がわからなくて。頭が混乱していて」

「みんな、最初はそうですよ」


 その後で天パの青年は、どうして俺が美少女なのに男の名前をしているのか、疑問に思ったようだが。『何らかのバグにより、本物の身体と魂が入れ替わってしまった』とだけ、説明することにした。

 やがて、今にも泣き出しそうな、それでいて気の強い瞳をした少女が戻って来る。


「ご、ごめんなさい、匡太さん。全然駄目でした。話を聞いてくれないと言うか、本気にしてくれないと言うか」

「そうなんだ……」


 外国人観光客たちは、ケータイで廃墟をバックに記念撮影をしながら、どんどん先へと進んでいるようだった。相変わらずのマイペースだ。


「まあ、今回は煉獄地の中に三匹しか魔物もいないし、放っておいてもいいんじゃないか? 多分、適当に歩いているだけなら、オークと遭遇することはないと思うし。それに、いくら彼らでも本物のオークに遭遇すれば、ちゃんと逃げると思うから」

「だ、だといいんですけど……」


 そんな会話の後で、アプリを起動――。地図データをもとに、俺たちはさっそく一番近くのターゲットに向けて、進行を開始することにした。


「……あ、あの人、ずっと私たちに付いてきますね」


 しばらく歩いていると、アキラが不安げな声を上げる。

 俺は紅髪の美少女の視線を辿り、恐る恐る振り返った。


 ――いったい、何なんだろうな……


 一定の距離を開けて、仮面の人物が俺たちに付いて来る。付いて来る。


「えーと、すいません! 何か用ですか?」


 と、俺が声を張って近づこうとすると、謎のプリズナーは磁石のように逃げて行った。そして、また一定の距離を開けてストーキングを再開する。


「もしかしたら、あれがあの人の戦術なのかもしれないな」

「せ、戦術……ですか?」

「ああ。だって、クエストでは別に魔物を倒さなくても、生き残りさえすれば参加報酬が貰えるだろ? だからあの人は、自分以外に『魔物と戦う意思があるメンバーがいるとき』は、ロム専に徹してるんじゃないのか? 他の人が魔物を倒してくれれば、自分は安全にクエストをクリアできるわけだし」

「なるほど……そういうやり方も、ありなんだね」


 感心したように頷いて、定谷さんが言った。「でも、なんだかずるい気がします」と、アキラは難色を示す。

 しかし、生き残ることだけを優先するなら、アリと言えばアリなのだろう。もちろん、魔物を倒さなければ、いつまで経ってもレベルは上がらないわけだが。


 ビシュ――


 そんな話をしながら、目的地へと進んでいる。と、いきなり目の前を一本の矢が通り過ぎて行った。

 反射的に身体を仰け反らせて、硬直する。


「――動くな!」


 誰かが、俺たちに向けて叫んだ。凛とした綺麗な声で。

 視線を向けると、おそらく建物の影に隠れていたであろう人物が、弓矢を構えて飛び出してきた。――その姿に、俺たち三人は釘付けになる。

 笹葉のような長い耳を持つ、白銀の髪をしたスレンダーな美少女だ。普通の人間と違って、どこか浮世離れしていると言うか、神秘的な雰囲気を醸し出している


「えーと、あんたは……エルフ[森人]か?」

「いかにも。私はエルパスの森で戦士長を務めている、レスティーアよ。みんなからはレスティと呼ばれているわ。そう言うあなたたちは……匡太にアキラ、それに充輝ね? どうしてプリズナーが、こんなところをうろついているの?」


 俺たちを油断なく睨み付けたまま、レスティが問い掛けた。定谷さんなどは、命を狙われているにも関わらず「エルフだなんて。ほ、本当に……ここは異世界だったんだね」と、感動している有り様だ。


「俺たちは、クエストで魔物の倒すために来たんだけど」

「魔物ですって?」

「は、はい。私たちはここにいるオークを三匹、倒しに来たんです」

「なるほどね。それがあなたたちプリズナーの、今回の任務と言うわけね」


 俺と同い年ぐらいのエルフの少女が、何かを納得した様子で弓矢を下げた。

 どうやら、敵ではないと判断してくれたらしい。


「実は、私もこの旧市街に住み付いたオークを狩るために、今日ここに来たのよ」

「そ、そうなんですか?」紅髪の美少女が、怯えながらも小首を傾げる。

「ええ、驚かせてしまってごめんなさい。でも、あなたたちの目的がそのオークを倒すことなら、私も同行させてもらいたいの。戦闘の面では、多少は力になれると思うし」

「それは……そうしてもらえると、むしろ助かるわけだけど。そもそも、レスティはどうしてオークを狩りに来たんだ? 何か、倒さなければならない理由でもあるのか?」

「理由って……」


 俺からの質問を受けて、レスティが柳眉を寄せた。

 何かに飽きれるように首を振った後で、


「プリズナーって、本当に変な人たちが多いわよね。自分の住む森の近くに魔物が住み付いたら、普通は排除するでしょ?」

「そうなのか? 悪い……魔物のこととか、よくわからなくて」とりあえず呆れられているようなので、謝罪しておく。

「もしかしてあなたたち、こっちの世界に来るようになって日が浅いの? それなら、一応説明しておいてあげるけど。魔物にはオスとメスが存在するものと、そのどちらも存在しない両性具有がいるのだけど……私たちが危険視しているのは前者の方ね。オスとメスが存在する魔物の場合、一部の強いオスが、大量のメスを囲ってハーレムを形成することが多いのよ。そのせいで、多くのオスが炙れてしまう。そしてそんな、炙れてしまったオスたちは、人間の女性を襲うことで子孫を残そうとするのよ」

「し、子孫って……」


 その言葉を聞いて、アキラは血の気が引いているようだった。

 ポスタ村でゴブリンに、ウェアウルフの女性が犯されているのを見たが、あれには『子孫を残す』という明確な理由があったらしい。つまりは、魔物に犯されれば人間は魔物の子を妊娠してしまう――と、言うことだ。


「炙れてしまった魔物のオスは、人間の女性をレイプしたり、あるいは攫って孕み袋にしたりするの。多くの場合、魔物の出産までに必要な期間は、人間よりも短いから。もし魔物のオスに捕まったら、死ぬまでに何十……何百という数の子どもを、産ませられるわ」

「そ、そんな……そんなことって……」

「オークたちは、普段は新市街の方に集落を形成しているのだけど。今回、旧市街に住み付いた三匹のオークは、そこから炙れてしまったオスである可能性が高い。だから、エルパスの森にいるエルフの女性が襲われる前に、こうして駆逐しに来たのよ」

「………」


 その話を聞いて、ジャージの巨乳少女は言葉を失っているようだった。

 理由はわからないが、アキラは男性が苦手で、特に性的なことに関して嫌悪感のようなものを抱いているところがある。だから、そんな話を聞かされて、きっと気分が悪くなってしまったのだろう。


「アキラ、大丈夫か?」

「は、はい。……ごめんなさい。大丈夫です」


 コクコクと油の切れたロボットのように頷いて、少女が返事をした。

 ともあれ、魔物退治に異世界人であるレスティが加わってくれるのなら、心強い。


「――え? レスティさんって、もう二百歳を超えてるんですか?」

「ええ。エルフはあなたたちヒューマンよりも長生きだから、五百年ぐらい生きるわ。特に私は白銀の髪を持っていて……えーと、エルフは基本的にみんな金髪碧眼で。ダークエルフ[黒森人]以外で白銀の髪を持って生まれてくるエルフは、極めて希少なの。それで、普通のエルフが五百年ぐらいしか生きないのに対し、私は千年近く生きるのよ」

「俺……敬語とか使った方がいいのかな?」

「構わないわ。あなたたち人間の感覚では、私もまだ十六、七歳ぐらいだから」


 そんな適当な世間話をしながら、一番近くにいるオークの居所へと向かう。向かう。

 やがて、前方に一体の魔物が見えてきて、俺たちは建物の影に身を隠した。

 体長は約二メートル。豚のような醜い顔をした、灰色の太った魔物だ。

 数は地図データに表示されているとおり、一匹。今は崩れた石柱の上に座り、大量の木の実のようなものを貪っている。すぐそばに置かれた巨大な棍棒が、武器のようだ。


「――作戦どおり、行くわよ」


 事前に打ち合わせしていたとおり、俺とアキラはまず計四匹のゴブリンを召喚する。前回のクエストで俺が三匹、アキラが一匹テイムしておいたものだ。

 奇襲の準備が整った後で、白銀の美少女が弓を構えて滔々と呪文を詠唱する。何でも、風の魔法を矢に付与することで、威力を何倍にも高めることができるらしい。そして――


 ビシュ!


 呪文の詠唱が完了した後で、レスティが目の前のオーク目掛けて矢を放った。

 矢は風の力で驚異的なまでに加速し、加速し、太った野獣の腹を貫いてしまう。


「ブヒィイイ! ブヒィイイイイイイイイイイ!」


 そこでようやく『敵の存在』に気付いたオークは、腹部から紫色の血を流しながらも立ち上がり、すぐそばに置かれた棍棒を握り締めた。瞬時に野生の勘で俺たちの姿を捉え、獣の咆哮とともに猛進して来る。


「今よ、匡太! アキラ!」


 エルフの戦士長の指示を受けて、俺たちはテイムしたゴブリンとともに飛び出した。

 加速。加速。加速。加速。

 ゴブリンの爪による攻撃では、オークの脂肪を切り裂いて致命傷を与えることはできないが、陽動ぐらいには使えると判断――。ターゲットが次々と醜悪な小鬼たちを叩き潰している隙に、俺は接近してヤツの腹を斬り付けた。


「――浅い!」


 しかし、すぐさま頸木の規格外な身体能力を使って体勢を立て直し、太った野獣と対峙する。錆鉄を振り回し、何度も何度もその腹部や背中、足を連続剣で斬り付ける。


「ブヒッ、ブヒィイイイイイイイイ!」


 一合。二合。三合。四合。

 オークは悲痛な声を上げながらも、俺への打ち込みを続けていた。

 しかし、そうしている間にも後ろからアキラとレスティの援護の矢が飛び、太った野獣を確実に弱らせていく。


「ブヒッブヒッ! フビィイイイイイイイ!」

「――今よ、匡太!」


 その巨体の足が、一瞬だけよろめいた瞬間だった。


 スバッ――


 振り上げた錆鉄が、的確にオークの首を弾き飛ばす。


「………」


 首を刎ねられたターゲットは、そのまま動かなくなり、そして噴水のように鮮血を噴き出しながら乾いた地面に突っ伏した。

 どうやら、戦士長であるレスティが作戦を立ててくれたお蔭で、奇襲は成功したようだ。

 オークの死体が放つ血の臭いを嗅ぎながら、俺は――まるで酩酊するような、高揚感と気持ち悪さを感じていた。もしかしたら、血に酔ってしまっているのかもしれない。


 ――ともあれ、これで一匹だ。

 ――一匹……だ。一匹……なんだ。

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