第16話 異世界でアルバイト

 


 《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》⑯



「え、えーと、これからどうしましょうか?」


 雪村忍が出て行った後で、喫茶店に取り残された俺たちは、とりあえず席に座って話を始めた。アキラが、何か言いたげな視線を向けてくる。


「もっ、もしよかったら……なんですけど。こうして、三人で集まる機会って、滅多になかったわけですし。こ、これから、異世界に行きませんか?」

「……異世界に?」

「はい。前の、『小鳥遊亭』でのバイトの約束もありますし。そ、それに、次のクエストに備えて、戦力になる魔物をテイムしておいた方が、い、いいと思うんです」

「……せやな。うん、アキラの言うとおりや。戦力は、少しでも多い方がええからな」


 十文字さんが、ウンウンと頷きながら同意した。

 俺は……。俺も、その意見に「別に構わないけど」と賛成する。

 異世界に行くことが決まった俺たちは、さっそく前回と同じく、アーズヘル王国領内にある『タサール草原地帯』を拠点として選択。転移を済ませた後で、歩いて王都ネオドラスへと向かった。


「これは……どえらい街やな」


 壁に覆われた、その巨大都市を見て、猟犬のような青年が感嘆の声を漏らす。

 十文字さんは、これまでにも独りで異世界転移を行っていたそうだが、王都の中に入ったのは初めてのことであるらしい。一度は入ろうと試みたが、途中で通行許可証が必要であることを知り、それで引き返してしまったそうだ。もちろん俺たちプリズナーは、そんなものがなくても、王都ネオドラスに入ることは可能なわけだが。


「あら、匡太ちゃん、アキラちゃん。さっそく来てくれたのね?」


 王都に着いた俺たちは、予定通り『小鳥遊亭』へと足を運ぶ。そして、俺たちがやって来たことに気付いたニーナさんに歓迎されたり、クロエに抱き付かれたりした。喜ぶ狼の少女の頭を撫でてやった後で、さっそくメイド服に着替えて約束のバイトを開始する。


「まあ、二人とも良く似合ってるわ!」

「はい! 匡太さんも、アキラさんも、すごく可愛いです!」


 メイド服に着替えた俺とアキラを見て、二人が目を輝かせた。

 ニーナさんが用意したメイド服は、胸が強調されたデザインで、スカートの丈も短くて。まあ俺はともかくとして、普段ジャージで自身の大き過ぎる巨乳を隠しているアキラは、そのわがままボディがすごいことになっていた。


「ほ、本当にこんな格好で……アルバイトしないといけないんですか?」


 その姿はまさに眼福だったが。破廉恥な格好で男性客の前に立つことを、紅髪の美少女は本気で嫌がったため、仕方なくニーナさんは露出の少ないクラシカルなメイド服を用意。アキラはそれに着替え直して、さっそくアルバイトを開始する運びとなった。


「ほな、俺は匡太たちが話しとった、『冒険者ギルド』ちゅうところに行ってみるわ」


 俺たちのメイド服を一通り観賞した後で、満足した様子の十文字さんが手を上げる。どうやら、個人的に情報を集めたいことがあるらしい。

 取り残された俺たちは、さっそく『小鳥遊亭』でのアルバイトを開始――。その内容は、前に有翼の美女が話していたとおり、主に『自分たちの世界に興味を持つお客に対して、その話し相手になってあげること』だった。

 色々な種族のお客さんから、日本や東京、学校生活についての話を求められる。求められる。特に俺は『祠堂頸木と身体が入れ替わる』という、珍しい境遇にあるため、お客たちはその話に興味を持っているようだった。


「あれ、定谷さん? こんなところで何してるんですか」


 アルバイトが一段落したタイミングで、俺は前回のクエストで一緒になった、眼鏡を掛けた天然パーマの青年――定谷充輝さんを、店のカウンター席で発見する。彼は料理を食べながら、異世界のお酒をもう何時間も嗜んでいるらしかった。


「い、いや……ちょっと気分転換と言うか。第二の人生を愉しんでいると言うか」

「あ、定谷さんなら、カミーユさんが目当てでこの店に来てるんですよ。何でも、一目惚れしたとかで――」

「ちょ、ちょっとクロエちゃん! そういうことは、バラしちゃ駄目だよ!」

「カミーユさん?」


 狼の少女に言われて、視線を向ける。

 どうやら定谷さんは、この店で働いている猫耳の美女――カミーユさんに好意を持ち、それで足繁く通っているらしい。


「定谷さんも、隅に置けませんね」

「た、ただの、一方的な恋心だから。僕なんて、今はもう無職だし。童貞だし」

「まあ、頑張ってください。応援してますから」

「ありがとう、匡太君……」


 そんな会話を交わした後で、アルバイトを継続――。俺とアキラは結局、四時間近く『小鳥遊亭』で、お客さんたちの話し相手をすることとなった。


「匡太ちゃん、アキラちゃん、今日は本当にありがとう。プリズナーの美少女二人が働いてるからって、途中からは新規のお客さんも大勢来てくれて。お店の宣伝にもなったわ。これ、少ないけど取っておいて」


 そう言うと、ニーナさんは俺たちに金貨を5枚ずつ手渡してくれる。忍の話では、金貨1枚で5000円の価値があるそうなので、四時間働いて25000円だ。


「こ、こんなに貰っても、いいですか?」アキラが目をしばたたかせる。

「もちろんよ。二人とも、本当によく頑張ってくれたんだから」

「ありがとうございます」


 そんなやり取りの後で、元の服へと着替え終えた俺たちは、帰って来た十文字さんと合流――。もう一つの目的である、『魔物狩り』へと向かうことにした。

 しかし、王都の近くで魔物がいるポイントを探ったが。俺たちは五時間近く狩りを続けたにも関わらず、テイムできた魔物は、俺がゴブリン二匹と、アキラがゴブリン一匹と、十文字さんがスライム二匹だけだった。ちなみに、今現在のテイム数は以下のとおりだ。


 上條匡太―― ゴブリン四匹 オーク二匹

 赤沢アキラ――ゴブリン二匹 オーク一匹 

 十文字辰彦――スライム二匹


 あとで冒険者ギルドで聞いた話によれば、この近くの森や洞窟に住む魔物は、王都の騎士団が定期的に殲滅してしまうらしい。つまりは、非常に魔物の数が少ないのである。だから、魔物を効率的に倒したいなら、ギルドの依頼を受けた方がいいそうだ。


「こんなことなら、最初のクエストでスライムと戦った森にでも、行ってみた方が良かったかもしれんなあ。ほら、あのガルシア帝国領の」

「いや、あそこはさすがに魔物が多過ぎますよ。普通に全滅しますから」

 ともあれ、アルバイトと魔物狩りを終えた俺とアキラは、リアル世界に戻ることにする。十文字さんは『まだ調べたいことがあるから』と、夜の王都へと繰り出していった。

「匡太さん。す、少しは……気分が晴れましたか?」


 二人きりになった後で、紅髪の美少女が今にも泣き出しそうな瞳を向けてくる。


「わ、私もそうですけど。悩みがあるときは、な、何かに没頭した方が楽になることも、ありますから」

「アキラ、お前……」


 どうやらこの少女は、見抜いていたらしい。俺が祠堂頸木から、自身の身体を取り戻せずに悩んでいることを、焦っていることを、見抜いていたらしい。それで、元気付けるために俺を異世界へと誘ってくれたのだ。


「ありがとな、アキラ」

「い、いえ、私は何も……」


 そんなアキラの優しさを噛み締めながら、俺はリアル世界に戻ることにした。

 いつものように、光の文字コードとなって自身の存在が消えていく。消えていく。


 ――早く、取り戻さないと。

 ――俺の身体を、取り戻さないと。


 それでも、俺は焦りばかりを募らせてしまう。

 どうしようもないほどに。どうしようもないほどに。



 《副軸――祠堂頸木[しどう くびき]》



 真田悠人がイジメられている事実を知った私は、しかし何もしなかった。

 イジメの加害者たちは、私の指示でそうしているのだと吹聴していたそうだが。それに対して、咎めたりもせず、自分から否定することさえしなかった。彼が適当な男子生徒数名をコントロールして、わざと自分を『イジメられっ子』などという立場に貶めている事実に、私はすぐに気が付いたからだ。それが、真田悠人の精神を安定させるために必要な『儀式』であるのなら、私は彼の唯一の同胞として看過するべきなのだろう。

 しかし、真田悠人は自殺してしまった。ある日、突然に。唐突に。脈絡もなく。

 私は――、やっと出会えた同胞が死んでしまったことに、かつてないほど落胆したが。せめてその理由を知りたいと思った。突き止めたいと思った。それで、彼の親友だった二人を。上條匡太と綾瀬川夏美のことを、色々と調べるようになったわけだが。

 真田悠人の葬式に参列した、二人の姿は今でもよく覚えている。

 三雲高校のセーラー服を着た綾瀬川夏美は、あまりの悲しみに、まだ心が追い付いていない様子で。呆然とした表情を浮かべながらも、目からは大粒の涙を流していた。まるで、熱に犯される蝋人形のように。

 対する、三雲高校の詰襟を着た少年――上條斗真は、決して泣かずに、歯を食い縛って耐えているようだった。耐えているようだった。

 もちろん、涙に耐えられるのは『悲しくないから』ではない。私は、彼が『泣くことで許されること』を、心の底から恐れているのだと知った。


 そして――私は手に入れた。皮肉屋のロバの身体を。ベンジャミンの身体を。



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