第15話 経験者からの情報収集

 


 《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》⑮



 頸木に会った次の日の夜、アプリを通してアキラから連絡を受けた。

 その内容は、『プリズナーについて色々と知っている人物を見つけたから、情報を訊き出すために、匡太さんも一緒に来て欲しい』と、言うものだった。どうやらポスタ村でのクエストに参加し、新人を装ってゴブリンを四匹も狩っていたのは、黒髪の美少年風の美少女――雪村忍であるらしい。そして、その雪村忍と作業服を着た折田さんとの会話を盗み聞きしていたアキラは、彼女がクエストの経験者であることを見抜き、密かにフレンド登録していたそうだ。それで、アプリを通して交渉を続け、ようやく会って話をする約束を取り付けたらしい。


『ご、ごめんなさい。忍ちゃん……どうしても明日じゃないと、会えないって言うものですから。平日の昼間なのに、御迷惑をお掛けして』


 アキラは電話でそんな風に謝っていたが、俺としても経験者からプリズナーに関する情報が得られるのなら、学校を休むぐらいどうと言うことはない。ただし、今回は十文字さんにも一緒に来てもらうように、アキラをきちんと説得する必要があった。彼女は十文字さんに対して不信感を抱いているようだが、重要な話を聞くのなら、一人でも多い方がいいと思ったからだ。


「おはようございます、頸木お姉様」

「ああ。おはよう、小春」


 そして、朝起きた後で、俺はとりあえず仮病を使うために『元気がない様子』を装った。もしかしたら、疑われるかもしれないと思ったが。小春は俺が『今日は体調が悪いから、学校を休みたい』と言うと、本気で心配している様子で。すぐにベッドで休むように気遣い、学校への電話連絡までしてくれた。


「悪いな、小春。何から何まで」

「いえ、遠慮なさらないでくださいお姉様」ベッドの前に跪き、金髪碧眼の美少女が俺の手を両手で包み込むように握り締める。「私が中学生の頃、信号無視の車に轢かれ掛けて意識を失ったときも、お姉様は心配してくださいました。私はすごく心細くて。絶望していて。でも、頸木お姉様がそばにいてくださって。あのときの気持ちは、今でも昨日のことのように思い出すことができます」

「小春……」

「今日は、外せない用事がありますので、どうしても学校に行かなければなりませんが。どうかお姉様は、御自愛ください。お昼休みまでには学校を早退して、お粥をお作りいたしますので」

「………」


 そんな会話を交わした後で、妹分の少女が本当に名残惜しそうに部屋を出て行った。

 小春は相変わらず、頸木のことを敬愛しているらしい。そんな少女を騙すのは気が引けたが、今回ばかりは仕方がないのだろう。


 ――ごめんな、小春……


 心の中で、改めて妹分の少女に謝罪する。

 待ち合わせ場所は駅前の喫茶店で、集合時間は十時だ。

 俺は起き上がってズボンスタイルの私服に着替えると、さっそく待ち合わせ場所に向けて出発した。三十分ほど歩いた後で、駅前にある喫茶店へと到着。中に入ると、すでに俺以外のメンバーは集まっているようだった。


「おはよう。アキラ、十文字さん」

「お、おはようございます、匡太さん」

「おはような、匡太」

「………」


 いつも使っている角の席に、美少年風の少女――雪村忍が愛想悪く座っている。服装はフードの付いたジャンパー姿で、今はそのフードを目深に被っているようだった。まるで、顔を見られるのを嫌がるように。

 そんな忍の対面の席には、ジャージ姿のアキラが座り。スーツ姿の十文字さんは、椅子にも座らずに、腕を組んで壁に凭れ掛かっている。俺は紅髪の美少女に促され、その隣の席へと腰掛けることにした。


「えーと。そう言えば十文字さんはどうだったんですか、三回目のクエストは? 俺やアキラとは、被らなかったみたいですけど」

「いやー、そっちも大変やったみたいやけど、俺の方も大変やったわ。コボルトの集団と、戦ったんやけどな――」

「話があるんなら、さっさとして欲しいんだけど。僕も暇じゃないんで」

「………」


 空気が、異様にピリピリしているような気がする。それで、とりあえず十文字さんに話を振って、場を和ませようとしたのだが。逆効果だったようだ。


「じゃ、じゃあ、さっそく話を聞きたいんだけど」

「その前に、払うものを払ってもらえないかな。情報料……今回は特別に、三万でいいよ」

「さ、三万って、そんな話……聞いてません」

「嫌ならいいんだけどさ。別に、このまま帰るだけだし」


 今にも泣き出しそうな、それでいて気の強い瞳を向けるアキラに対し、中学生の少女がにべもなく言う。もちろん俺も、そんな大金は持ってきていない。


「ええやろ、俺が払ったるわ」すると猟犬のような青年が、戸惑いの空気の中で申し出てくれた。お調子者な笑顔を浮かべて。

「い、いいんですか? 十文字さん」

「そっ、そんな大金……」

「もちろんや。人生は一度きり、ソースの二度付けは禁止やからな」


 そんな意味不明なことを言って、気軽な様子で三万円を忍の前に置く。

 探偵という仕事は、そんなにも儲かるのだろうか。いや、そもそも十文字さんが本当に探偵をしているのかどうかさえ、よくわからないわけだが。


「交渉成立だな」お金をバリバリ財布の中に仕舞い、忍が満足そうに頷く。

「それで、プリズナーに関する情報だが」

「まあ僕も、自分の興味があることしか調べていないし。そもそも経験者って言っても、半年ぐらいだから。そこまで詳しくはないんだけどさ。とりあえず、適当に知っていることを教えてあげるよ」

「て、適当って……」

「まずは、異世界で……いや、『グランヘイム・オンライン』で使われている、仮想通貨についてだね」


 各々が飲み物を注文した後で、美少年風の少女が話し始めた。

 ジャージの巨乳少女などは、ボイスレコーダーまで準備している。


「あんたたちも知ってると思うけど。『グランヘイム・オンライン』では仮想通貨として『ギル』が使われている。このギルは、アプリの操作で1ギル=1円として、リアル世界のお金に換金することができるんだ。それ以外にも、ギルは異世界の通貨にも換金することができて。まあ、銅貨1枚=50円、銀貨1枚=500円、金貨1枚=5000円ぐらいの価値があって、同額のギルと換金することができる。と、思っておいてもらえればいいよ。また、現金と異世界通貨を今言った金額でトレードすることも、可能なんだ。ただし、『リアル世界や異世界の通貨で、ギルを買うこと』はできない」

「なるほどな。ギルを換金するときは、よう考えないかんっちゅうことやな」

「でも、ギルや異世界通貨を現金に替えられるなら、場合によってはグランヘイムで大儲けすることも……可能ってわけか?」

「まあ、実際に異世界で魔物を狩ったりして、生活費を稼いでいるプリズナーもいるからね。もちろんその場合は、『命懸け』になってしまうけど。効率を重視しないなら、商売で異世界通貨を稼いでそれを現金に両替するのが一番かな。ちなみに、アプリを使えばギルを他のプリズナーに振り込むことも可能だから。協力して魔物を狩るなら、最初に取り分を決めておいた方がいい。そうしないと、トドメを刺したヤツの独り占めになるからね」


 運ばれて来たクリームソーダを飲みながら、忍が説明した。

 魔物は確かに、一匹狩れば結構な金額になるが。それでも、『命の危険』は顧みるべきなのだろう。それに、アイテムを使うためにもギルはある程度持っておくべきだ。加えて、アキラや十文字さんと協力して魔物を狩るとき、俺がトドメを刺すことが多いわけだが。ギルを折半できるのなら、きちんと折半するべきなのだろう。


「次に、転移で持ち運べるものについて――だけど」中学生の少女が説明を続ける。

「とりあえず、コーヒーカップぐらいのものなら、前に異世界に持ち運べることは確認したわけだが」

「そうだね。転移するときに着ている服や、手で触れている持ち物なんかは一緒に異世界に持って行くことができる。ただし、乗り物なんかの大きなものは無理みたいだね。あくまで、『手に持てる範囲のもの』かな。過去にリアル世界のものを異世界に持ち込んで、それを売って商売しようとしているヤツがいたけど。余程向こうで価値のあるものでなければ、効率は悪いだろうね」

「な、なるほど。そういうことをしているプリズナーも、いるんですね」


 アキラが、どこか感心した顔で応えた。


「まあリアル世界の知識を生かして、異世界で商売を始めようと考えるヤツもいるけど。『異世界の文化や文明を破綻させるほどの変化』に関しては、天使たちによって規制を受けるから……難しいかな。異世界人たちも、そもそもプリズナーのことを毛嫌いしているし。商売で手軽に大成功ってわけには、なかなかいかないみたいだね」

「そうなのか……」


 ポスタ村や王都ネオドラスに行ったときのことを思い出しながら、呟くように言う。

 もちろんニーナさんの言うように、俺たちの世界に興味を持ってくれる人もいるのだろうが。それはあくまでマイノリティだ。きっと多くの異世界人たちは、プリズナーに対して畏怖や嫌悪の感情を抱いているに違いない。そんなアウェイで商売をするのは、きっと大変なことなのだろう。


「次に、リアル世界と異世界の時間の流れについてだけど」一呼吸の沈黙を挟み、美少年風の少女が話を続ける。

「え、えーと……とりあえず、向こうの世界で何時間か過ごしても、リアル世界では数分しか経っていなかったりするみたいですけど」

「まあ、そうだね。リアル世界と異世界で流れている時間は、基本的に同じなわけだけど。今、アキラが言ったみたいな事情から、少しずつズレが生じる。しかしこのズレは、いつの間にか勝手に解消されてしまうんだ。この辺は、すごく曖昧だし色々なことが矛盾してるんだけど。ちょっと説明が難しいかな。とにかくリアル世界と異世界の時間のズレは、『ある一定の期間を過ぎると、強制的に調整される』と、思っておいてもらえればいいよ」

「その矛盾を利用すれば、なんや完全犯罪とかも行えそうやな」


 白髪の探偵が、お調子者の笑顔を浮かべて言った。

 確かに、色々と矛盾している気もするが。忍の説明したように、とりあえずは『ある一定の期間を過ぎると、強制的に調整される』と、言うことだけ覚えておけばいいのだろう。


「最後に、異世界の情報についてだけど」クリームソーダのアイスを突きながら、少女が続ける。「これに関しては、あんたたちも薄々感付いているんじゃないかな?」

「感付いているって?」

「まあ、簡単に説明すると、異世界の情報はリアル世界には持ち込めない。例えば向こうで魔物の写真を撮って、リアル世界に持ち帰ると、その写真は消えてしまっていたりとか。リアル世界で魂装を顕在化したり、魔物を召喚したりした場合も、それを見た人たちは、そのときは覚えていてもすぐに忘れてしまったりとか。とにかく、僕たちが住んでいるリアル世界では、異世界のファンタジーに関わる部分が『情報統制』されてるんだ」

「わ、私が事故に遭ったことも……異世界から戻ったときには『なかったこと』にされていましたが。そういう『辻褄合わせ』が、勝手に行われているってことですか?」

「まあ、そういうことだね。要するにリアル世界の人間は、異世界に関わる事柄を上手く認識することができないんだよ。もちろん、異世界の情報を誰かに吹聴することぐらいは可能だけど。そんなことをしても、証拠はないからね。周りの人たちからは、『頭がおかしくなったに違いない』と、思われるのが落ちだよ」


 その言葉を聞いて、十文字さんが「なるほどな」と呟いた。

 何か、思い当たることがあったのかもしれない。


「以上で、アキラが異世界で聞いた情報を除いて、僕が知っていることはだいたい話したわけだけど。他に質問とかってあるのかな? 答えられる範囲で、答えてあげるけど」

「えーと、じゃあお言葉に甘えて訊きたいんだが」口を湿らせる程度に、コーヒーを啜った後で。「ちなみに、忍が知っている範囲で、レベル100を達成した人物っているのか? 天使は『レベル100に到達すれば、クエストからも解放される』と、言っていたが」

「いや、僕の知る限りでは一人もいないかな。ただし、レベル100に最も近いプリズナーになら、一度だけ会ったことがあるよ。『勇者タクミ』って呼ばれていて、異世界人たちの間でもかなり有名な人物なんだけど」

「勇者タクミか……何だか、すごそうだな」


 その名前を聞いて、想像力を働かせる。

 異世界人たちの間でも知れ渡っている『勇者』だなんて、きっと漫画やゲームの主人公のような人物なのだろう。あるいは、屈強な戦士のような男なのかもしれない。


「あとはまあ、レベルに関連した話なら、『レベルが10上がるごとに、クエストとクエストの間の異世界での滞在可能時間が、二十四時間増える』らしいけど」

「あ、あの、忍ちゃん」次いで、紅髪の美少女が口を開いた。「私たちはみんな、東京都内の、しかもかなり近い場所に住んでるんですけど。これも、同じクエストに参加させられていることと、関係あるんですか?」

「……そうだね。理由までは知らないけど、異世界転移に巻き込まれるのは『日本で死んだ人間』だけなんだ。そして同じクエストには、近くに住んでいる者同士が招集されることが多い。もちろん、人数合わせで遠くから参加して来る人もいるみたいだけど。基本的には、近くに住んでいる者同士で組まされることが多いかな。まあ、近くに住んでいてもまったく被らないヤツとかも、たまにいるんだけど。噂では、そのクエストに応じた戦力が、ランダムに集められているらしいし。まあ、『応じた戦力』と言うよりかは『ちょうど苦戦するぐらいの戦力』と、言った方が適切かな」

「なるほどな。どおりで毎回、クエストでは苦労させられるわけやで」


 猟犬のような青年が、しみじみと言った。よほど前回のクエストでは、苦労したらしい。


「まあ、あとは……プリズナーによっては、呼び出される拠点が七聖連合国側に偏っていたり、ガルシア帝国側に偏っていたりすることもあって。ガルシア帝国では、軍人としてプリズナーを雇っていたりもするらしい。七聖連合国側は軍神マルシスを信仰している関係で、あまりそういうことはしないみたいだけど。彼らにとっては、プリズナーは完全な異教徒だからね」

「色々と……けったいな話やな」


 そんな会話をしていると、メロンソーダを飲み終えた忍が立ち上がる。

 どうやら、情報提供はこれで『お終い』であるらしい。


「それじゃあ、僕はそろそろ帰るけど――」

「あ、忍……せっかくだから、フレンド登録してもいいか?」


 俺はケータイを取り出し、美少年風の少女に問い掛ける。

 しかし忍は、皮肉っぽい笑みを浮かべて首を振った。


「アキラにも電話で忠告したけど。同じメンバーでやっていきたいなら、無暗にフレンドは増やさない方がいい。フレンド登録している人間が増えれば増えるほど、本当に組みたい人間と、確率的に同じクエストに参加できなくなってしまうからね。さっきも言ったけど、クエストはその難易度に応じて人数制限があるから」

「そ、それは……確かにそうだが……」

「じゃあ、そう言うことだから。ごちそうさま」


 ジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま、少女が俺たちの横を通り過ぎていく。

 気のせいかもしれないが。何だかその姿は、すごく寂しそうに見えた。まるで世界の隅っこに、独りだけ取り残されてしまったような。忘れ去られてしまったような。



 《副軸――真田悠人[さなだ ゆうと]》



 父親の葬式で泣いている、夏美の姿を見た僕は、それまで以上に頑張るようになった。夏美のために。匡太のために。知らない誰かのために。『I will work harder』――僕のせいで、彼らは不幸になってしまったのだから、僕は誰よりも頑張らなければならなかった。贖罪と逃避のために。

 僕はひたすらに努力して。努力して。努力して。努力して。しかしそんな僕に、幼馴染で親友の匡太は、必死で喰らいついているようだった。彼は昔から夏美のことが好きで、だから僕に対しても『対抗意識』を燃やしていたのだろう。匡太は負けず嫌いで、どれだけ僕がその差を見せつけても、決して諦めなった。どんな困難な状況に陥っても、歯を食い縛って立ち上がる。


 ――ああ、まるで漫画やアニメに出てくる、正義のヒーローみたいだ。


 その姿を見て、僕は思った。彼こそが、そうなのだと。そうあってくれるのだと。

 夏美が僕に対して、好意を寄せてくれているのに気付いたのは、中学三年生に上がってからのことだった。いや、彼女は昔から、僕にそれなりに好意を寄せてくれてはいたらしいが。それが本気の恋愛感情に変質したのは、その頃からだった。


「夏美、ちょっと話があるんだけど……」


 罰が足りないと思った。そして――夏美に告白された日に、僕はすべてを打ち明けることにした。彼女の父親の自殺が、すべて僕の仕組んだことであるのだと告げたのだ。夏美はただ泣くだけで、子どもみたいに泣くだけで、僕はそれ以上何も言えなくて――。

 僕が私立の久城峰学園に特待生のとして入学したのは、表向きは『両親が離婚したため、母親に金銭的な負担を掛けるわけにはいかないから』と、言うのが理由だったが。本当はそうではない。本当は、僕は『夏美のそばにいるべきではない』と考えたからだった。

 自分の父親を殺した殺人鬼に、恋をするなんて。そんなものは悲劇だ。僕は罰を受けるべき人間で。だから、二人と距離を取って違う高校に進学することにした。このまま二人が仲良くなって、僕の知らないところで恋人同士になってくれればいいのに。そんな風に、考えたのである。


 ――幸せに、なってくれたらと……


 罰が足りないと思った。高校に入ってからも、やはり僕には贖罪と逃避が必要で。だから僕は、学校でわざとイジメられるように振る舞った。適当な生徒を言葉巧みにコントロールして、自分をイジメられる立場に追い込んだ。そんな日々の中で。そんな日々の中で。そんな日々の中で。そんな日々の中で。自身に罰を与えているときだけ、僕は心が救われるような気がした。罪から逃避できるような気がした。それなのに――。


「悠人……今週の日曜日、お父さんの七回忌なんだけど……」


 二人とはずっと距離を取っていたが、それでも、会わなければいけない日はやって来る。

 そのときの電話で、夏美はもう一度僕に告白してきた。『すべてを許す』と、言ってくれた。『悠人は何も悪くない』と、言ってくれた。そして、高校一年生の冬――。


「やあ、なんか……久しぶりだね」

「うん。久しぶりだね」


 二人と再会した僕は、ぎこちなく挨拶を交わした。

 そして、七回忌法要に参列した僕たちは、おじさんのお墓参りも済ませて――。その日、夏美は僕のために、必死で泣くのを我慢してくれているようで。『またね』と、言った。僕は『じゃあ、またね』と、応えた。


「悠人……一緒に帰るか」


 そして――忌日の終わりに、匡太が声を掛けてくる。

 僕は匡太と一緒に、歩きながら。久しぶりに、二人だけで。いつものように。お互いに、学校での生活に関する近況報告をして。そして――不意に沈黙が訪れる。その沈黙の後で、彼は僕に笑顔を向けた。


「それにしても、さ」

「……ん? 何だよ、匡太」僕は不思議そうに、小首を傾げる。

「お前はすごいよな、昔から何でもできて。まるで正義のヒーローみたいだ」

「正義のヒーローって――」

「憧れるよ、本当に」

「………」


 その言葉を聞いて、身体が凍り付いてしまう。心が凍り付いてしまう。

 僕は必死に、いつもの笑顔で応えるしかなかった。

 でも、わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。

 僕はその瞬間、そのことを理解していた。誰よりも、理解していたのだ。だから――


「ああ、僕は――本当にもう、死ぬしかなくなってしまったよ」



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