第18話 武装ゴブリン戦②

 


 《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》⑱



「二階以降は、生徒の教室があるみたいやな。これは、被害者の数もえらいことになっとるんやないか?」


 一年生の教室がある二階へと辿り着いた後で、苛立たしげに十文字さんが言った。

 一階は職員室や特別教室にしか被害者はいなかったが、教室がある階層となれば、そうはいかないのだろう。


「二階は……俺が引き受ける」アプリを起動しながら、猟犬のような青年が提案した。「匡太とアキラは、二人で二階以降の教室を探索してくれ!」

「で、でも……」

「これだけ大量のゴブリンが、虐殺を続けとるんや。手分けした方がええやろ? 俺にはまだスライムが二匹おるさかい、一人でも大丈夫や!」


 心配する俺に、お調子者の笑顔を浮かべて白髪の探偵が豪語する。


「い、行きましょう、匡太さん! 三階にも、ゴブリンが出てるみたいですし!」

「………」


 上層から聞こえてくる生徒たちの悲鳴を聞きながら、アキラが焦燥感を露わにした。

 仕方なく、俺は二階の探索を十文字さん独りに任せ、二年生の教室がある三階へと向かうことにする。


「十文字さん、無理しないでください! 危なくなったら、すぐにアイテムを――」

「わかっとるって! 任せときい!」


 ニッと歯を見せて笑い、猟犬のような青年は、そのまま魔物がいる死地へと赴いた。

 その背中を見送った後で、俺たちも階段を駆け上がる。駆け上がる。


「――た、助けてくれ!」

「誰か! 誰か!」

「………」


 三階の生徒たちも、予想通りゴブリンに襲われて万事休すの状況だった。

 俺とアキラはすぐさま臨戦態勢へと移行し、遭遇戦を開始。目の前の敵から倒していく。


「きょ、匡太さん、あれを見て下さい!」


 三階の武装ゴブリンたちを倒し始めて、どれぐらい経っただろうか。

 やがて、教室から『武器』を持った生徒たちが飛び出してくるのが見えた。


「ギッ……ギギギギギッギ!」

「あ、あれは……魂装か?」


 どうやら、彼らが持っている剣や槍などは、魂装であるらしい。制服姿の生徒たちは、その武器を手に、必死で目の前のゴブリンたちと戦っているようだった。


「この学校には……あんなにも大勢のプリズナーが、潜んでいたのか?」

「い、いいえ、それは違うと思います」その様子に目を見張りながらも、ジャージの巨乳少女が首を振る。「きっとあれは、『たった今プリズナーになった人たち』なのだと思います。一度死んで、異世界での初めてのクエストを終えて、戻ってきたところなのだと」

「……なるほどな。今回のゴブリンによる大虐殺のせいで、新たにプリズナーに選ばれてしまった人間……と、言うわけか」


 ともあれ、戦える生徒が一人でもいるのなら、こちらとしては有り難い。


「――頸木様! 御無事ですか!」

「そ、その剣……頸木様も、プリズナーだったんですね!」


 俺に気付いたプリズナーの生徒たちが、次々と声を掛けてくる。安堵の表情を浮かべる。どうやら、祠堂頸木の信者たちであるらしい。

 俺はそんな生徒たちに指示を出した後で、


「ちょっと訊きたいんだが。お前たちは、三雲高校の制服を着た男子生徒を、校舎内で見掛けなかったか? 身長がそこそこ高い、根暗そうな生徒なんだが」

「そ、それだったら、さっきA組の教室の方で見ましたよ!」

「もっ、もしかして、頸木様のお知り合いだったですか? あの辺にもゴブリンがいたから、ちょっと危ないかも――」

「そうか、ありがとう! 行ってみるよ!」


 プリズナーの数はどんどんと増え、どんどんと増え、三階を見渡しただけでも三十人以上はいるようだった。もちろん、初回のクエストで死んでしまい、そのままリアル世界に戻って来られなくなった者も多いのだろうが。それでも、これだけいればゴブリンが殲滅されるのは、時間の問題なのだろう。

 そんなプリズナーの生徒たちから情報を得た俺とアキラは、魔物退治を彼らに任せ、急いで二年A組の教室へと向かうことにした。そこは、俺が……祠堂頸木が、所属している進学クラスで。

 加速。加速。加速。加速。

 可能な限り、戦闘を続ける生徒たちの手助けをしながら、俺は一番奥にある二年A組の教室へと向かった。

 やがて、詰襟を着た一人の男子生徒が廊下に立っていることに気付く。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 肩で息をしながら、その男子生徒を視認――。

 目に掛かるほど長い黒髪と、死んだ魚のような目。常に卑屈な表情を顔に張り付けた少年が――。上條匡太が、そこで初めて俺の存在に気付いたかのように視線を向ける。


「祠堂頸木……」


 その手に握られているのは、身の丈ほどもある日本刀だろうか。少年のそばには、真っ二つにされた武装ゴブリンの死体が、いくつも転がっていた。


「――なんだ、それは?」


 その状況に違和を感じるが、今はそんなことはどうでもいいのだろう。


「これか? これは、家畜を屠殺するための刀……斬畜刀だ」

「そんなことを、訊いてるんじゃねえ! お前が、こんなことをしたのか? お前が、ゴブリンを召喚して生徒たちを虐殺したのか?」思わず、叫び声を上げていた。血を吐くような想いで。「どうしてだ! どうしてこんなことをした、祠堂頸木!」

「空腹と、辛苦と、失望……それが、いつも変わらない『この世界の定め』なのだろ?」


 面倒臭そうに、頸木が答える。本当に面倒臭そうに。


「豚が何匹死んだところで、どうということはないだろうが」

「――頸木、お前!」


 少年の目を睨み付けて、さらに大きな声で叫ぶ。

 やはり、このままにしておいていいはずがない。


「アキラ、手を出すな! こいつは俺が叩き潰す!」


 言うが早いか、俺は錆鉄を手に走り出していた。

 自身の持つ規格外な身体能力を生かし、地を這う風のような速さで加速する。


 ギン――


 目の前で、金属音とともに火花が散った。

 俺の力一杯の振り下ろしは、しかし頸木の殺畜刀によってあっさりと防がれてしまう。


「俺はお前だからな、何も知らないわけじゃねえぞ!」


 それでも、俺は――打ち込んだ。打ち込んだ。打ち込んだ。


「何が豚だ、ふざけるな! 人間は豚なんかじゃねえ!」

「――黙れ」


 両手に持った刀で必死に受け止めながら、少年が吐き捨てる。

 俺は構わず、精一杯の力を込めて剣を振った。彼女に届くように。


「お前は……お前はただ、寂しかっただけだ! 生まれたときから圧倒的で、何でも持っていて、望めばすべてを手に入れることができて! そのせいで、この世界から弾き出された迷子の子どもなんだよ! 誰とも心を交わすことができなくて、ギャーギャー泣き喚いている、どうしようもないクソガキなんだよ!」

「――黙れ」

「だから後悔するために、家族を殺した。友だちを殺した。お前はただ、仲間に入れて欲しかっただけだ! 哀れな自分を、誰かに見つけて欲しかっただけだ!」

「自分のことは棚に上げて……言いたい放題だな、上條匡太」

「――俺を返せ、頸木! 返しやがれ!」


 俺の渾身の一撃が、頸木の身体を弾き飛ばす。

 やはり、この祠堂頸木の身体能力は規格外だ。平凡な男子高校生である上條匡太に、どうこうできる相手ではない。すでに趨勢は決している。


「……本当に……目障りだな」


 しかし、圧倒的な力の差を見せつけられてもなお、頸木は立ち上がった。

 そして――正眼に斬畜刀を構えたかと思うと、


「パワーフォース……ガードフォース……スピードフォース……」


 三つの魔法を発現――。瞬間、三様の光が少年の身体を包み込む。


 ・パワーフォース――  習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10

 [一人の攻撃力を高める]

 ・ガードフォース――  習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10

 [一人の防御力を高める]

 ・スピードフォース―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10

 [一人の素早さを高める]


 どうやら頸木は、すでにレベル10に達しており、しかも三つもの高価な補助魔法を習得していたらしい。異世界に転移した時期は、俺とまったく同じだったはずなのに。


「やはりこの凡庸な身体では、分が悪いからな」


 詰まらなそうに吐き捨てると、不意に少年が地面を蹴った。

 そして、先ほどまでとは比べものにならないぐらい速く――俺の懐に飛び込んで来る。


 ギン――


 その攻撃を辛うじて受け止めるが、力の方も強い。

 俺は少年の一振りに剣を弾かれ、返す刀で腹部を斬り裂かれてしまった。


「――匡太さん!」その怪我を見極め、アキラが叫んだ。

「手を出すなって、言っただろ!」


 すぐに体制を立て直し、頸木の追撃を錆鉄で防ぐ。

 剣戟とともに、目の前で一際大きな火花が散った。


「お前は、勘違いしているようだが」


 一合。二合。三合。四合。


「私は、偶然お前の下敷きなったわけじゃない。下敷きになって、死んだわけじゃない」

「いったい……何を?」

「私は――お前を見ていたぞ。あの日もずっと」

「……くっ」


 その加重された振り下ろしを、精一杯歯を食い縛って受け止める。

 どうやら、頸木が俺の自殺に巻き込まれたのは、偶然ではないらしい。この少女はずっと俺のことを見ていて、見ていて、それであの自殺に巻き込まれたとでも言うのだろうか。


「どうしてお前は、そうまでして自分の身体を取り戻そうとする? 前にも言ったが、死にたいのなら勝手に死ねばいいだろうが? この世から逃避したいのなら、さっさと他人の身体だろうが死んでしまえばいい」


 容赦なく、少年は剣戟を加速させた。燃え上がるほどに。


「お前はただ、自分に罰を与えたいだけだ。私は真田悠人が死んで以降、ずっとお前を見ていたからな。この二週間、ずっとお前として生きて来たからな。わかるぞ、上條匡太。お前は、自分の存在が許せないんだ。親友が死ぬほど追い詰められていることに気付けなかった、愚かな自分の存在が。だからこの世界から、『上條匡太』を完全に消し去らなければ気が済まない。それが、お前がこの身体を取り戻したい理由だろうが」

「――違う! 俺はただ、自分の死を死にたいだけだ!」

「自分の死を死にたいだけ……か。本当にお前は、度し難いな」


 詰まらなそうに、少年が吐き捨てる。吐き捨てる。

 力を入れるたびに、腹から血が溢れ出るのを感じた。


 ――でも……


 補助魔法を使った頸木の力は、圧倒的で。俺は攻撃を防ぐのに精一杯で。


 ――でも……でも……でも……でも……


 ここで、止めなければいけなかった。祠堂頸木という怪物を、何としてもここで止めなければいけなかった。

 だから、俺はその顔を真っ直ぐに睨み付ける。その目を真っ直ぐに睨み付ける。


「――まだ終わりじゃねえぞ、祠堂頸木!」



 ○●●○



 《久城峰高校での戦闘》武装ゴブリン数十匹(参加報酬などはなし)

 ・上條匡太―― オーク(父)一匹 五万ギル レベル10

(子オークを売って『傷薬D』を使った残りが、五万ギル)

 ・赤沢アキラ―― オーク(母)一匹 十五万ギル レベル5

 ・十文字辰彦―― 五万ギル レベル6

(武装ゴブリン戦で『傷薬D』を一回使用。スライムは全滅)


 ※次回、一章の最終話です。拙い部分も多かったと思いますが、最後までお付き合いいだだき、ありがとうございました。

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