第4話 リアル世界への帰還
《副軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》
俺が悠人に『対抗意識』を持つようになった切っ掛けは、間違いなく夏美だった。
初めて会ったあの日から、俺はその少女に幼い恋心を抱いていたわけだが。可愛くて、活発で元気な夏美を悠人に取られるのが嫌で、馬鹿な俺は必死に食らいつくようになった。悠人に負けないように勉強を頑張ったり、運動を頑張ったり。悠人は何でもできる、まるで神様の啓示を受けたような少年だったが、俺はどれだけ差を見せつけられても決して諦めなかった。認めたくなんてなかったのである。だから、夏美を取られたくない一心で悠人に対抗した。――いや、もしかしたら悠人を認めることで、俺は家の外でまで『自分の居場所』を失うのを恐れていたのかもしれない。まあ、そのお蔭で俺は勉強も運動も、そこそこ熟せるようになったわけだが。でも、まあ、それでも愉しかったのだ。悠人に負けないように頑張って、そのうち色々なことができるようになって。そういう生活が、それでも本当に愉しかったのだ。
「匡太さ。また悠人に、無駄な対抗意識を燃やしてるの?」
俺が必死に頑張っている。と、決まって夏美が快活な、からかいの笑みを向けてきた。
小学生の高学年になった頃から、夏美は日に日に綺麗になっていくようで。中学生に上がる頃には、毎週のように男子から告白されるようになってしまい、俺は気が気ではなかった。夏美が誰かのものになってしまうのが、怖くて怖くて堪らなかったのだ。
しかし――それでも自分の気持ちを、彼女に告げることはできなかった。それをするのは、あいつに……悠人にちゃんと勝ってからで。俺は悠人に勝ったうえで、正々堂々と夏美に告白するべきだ。そう思っていたのである。夏美が悠人に惹かれていることを知りながら、それでも気付かないふりをして。
そして、中学三年生の冬――夏美が悠人に告白をした。そのとき、二人の間にどんなやり取りがあったのかは知らないが。悠人はその返事を保留にしているらしかった。
――このままでは、夏美を取られてしまう。
――夏美を失ってしまう。
その事実を知って、俺は幼稚な独占欲をさらに肥大化させる。
「好きなんだ! 俺は……夏美のことが、ずっと好きだったんだ!」
夏美が悠人に告白したことを知った俺は、自分の決意を曲げて彼女に想いを告げることにした。学校の屋上に呼び出して、一世一代の愛の告白を強行した。
「ごめんね、匡太。ごめん。でも、私は……」
告白の結果なんて、言うまでもないのだろう。夏美が悠人のことを好きなのは、最初からわかっていた。それでも俺は、想いを吐き出さずにはいられなかったのだ。
俺の告白が失敗に終わってからも、三人はいつも一緒だったが。その頃から……いや、正確には夏美が悠人に告白した頃から、俺たちの間には何だか気まずい空気が流れるようになった。何となく、酸素が不足しているような。
「ごめん、匡太。夏美。……僕はさ、久城峰学園に行こうと思ってるんだ」
「え? 久城峰学園って――」
悠人がいきなり『久城峰学園に行く』を言い出したのは、そんな中学三年生の冬だった。俺たちは、高校でも一緒で、悠人もすでに合格している三雲高校に行くものだと思っていたが。彼は両親が離婚して母子家庭になったこともあり、特待生で学費が全額免除される久城峰学園を選んだらしかった。
そして――高校に入り、俺たちの関係は劇的に変質する。
久城峰学園に行った悠人とは、接点がなくなったことで会う機会も少なくなり。同じ三雲高校の夏美も、俺に対して余所余所しいと言うか。女友だちとの付き合いを優先して、ほとんど関わりを持たなくなった。――いや、今思い出して見れば、夏美が悠人に告白した時点で。夏美が自分の恋心を確定させた時点で、俺たちの関係はすでに破綻してしまっていたのだろう。幼馴染の三人が、恋愛関係の縺れから疎遠になるなんて、まるで安い恋愛ドラマみたいな展開だ。
同じ高校の夏美とは、廊下ですれ違っても挨拶すら交わさない間柄になってしまい、悠人とは街で偶然会ったときなどに少し話す程度の間柄になってしまった。俺はそのことが、悲しくて。悲しくて。悲しくて。悲しくて。
しかし――、それでも俺たちの間には接点が生まれる。高校一年生の冬、俺たち三人は夏美の父親の七回忌法要に参列するため、久しぶりに顔を合わせなければならなかった。
「やあ、なんか……久しぶりだね」
「うん。久しぶりだね」
悠人と夏美が、ぎこちなく挨拶を交わす。
――なんだろう、これ……
そんな二人の姿を見て、俺は『何かが許されたこと』に気が付いた。悠人と夏美が、何かを許し合う間柄になっていることに気が付いた。それが何なのかはわからないが、二人は完全に、心を通わせているように見えた。
そして、その七回忌法要の帰り道で、俺は久しぶりに悠人と話す。二人だけで。
いつものように、お互いに学校での生活に関する近況報告をして。そして――不意に沈黙が訪れる。その沈黙の後で、俺は彼に笑顔を向けた。
「それにしても、さ」
「……ん? 何だよ、匡太」悠人が不思議そうに、小首を傾げる。
「お前はすごいよな、昔から何でもできて。まるで正義のヒーローみたいだ」
「正義のヒーローって――」
「憧れるよ、本当に」
「………」
その言葉を聞いて、悠人は一瞬固まった後でいつもの笑顔を浮かべた。
ずっと、言わないようにしてきた言葉だ。ずっと、言ってはいけなかった言葉だ。
十年間、対抗意識を燃やしてきた悠人に対し、ようやく俺は彼の存在を認めることができた。その瞬間、やっと心が軽くなったような気がした。浮き足立つほどに。
悠人が廃ビルの屋上から飛び降りて死んだのは、その三カ月後のことだった。
遺書は残されていなかったが、葬式で、俺と夏美は悠人が学校で酷いイジメを受けていた事実を初めて知った。悠人が苦しんでいたのだと、初めて知った。
「三人いれば、何とかなるだろ」
悠人のあの言葉が、甦る。甦る。甦る。甦る。
俺たちは、やはり一緒にいなければいけなかったのだ。一緒にいて、助け合わなければいけなかったのだ。――いや、そうじゃない。そうじゃない。そうじゃない。
ずっと一緒だったのに。十年間もずっと一緒だったのに。機会だって、いくらでもあったのに。俺は――何も気付いてやることができなかった。親友が自殺するほど追い詰められていたのに、何もしてあげることができなかった。本当に、何もわからなかったのだ。
そして、当たり前のように二週間が過ぎた。悠人のいない二週間が。
《主軸――上條匡太[かみじょう きょうた]》④
「ねえ、キミ。大丈夫?」
誰かの呼び掛け声が響いて、俺の意識は夜の海のような暗闇から急浮上した。
目を開けて、身体を起こす。
どうやら俺は、あの廃ビルの真下にある路上に、仰向けに倒れていたらしい。
「えーと、俺は……」
「何があったのかは知らないけど、こんなところに寝てちゃ駄目だよ」
そう言うと、親切そうなスーツ姿のサラリーマンは、そのまま通り過ぎて行った。他の通行人たちも路上に横たわった俺に、奇異の視線を向けていたが。病気や怪我で倒れているわけではないことを知ると、興味を失って無感動なエキストラに戻った。
どうやら俺が飛び降り自殺したことは、こちらの世界――この『リアル世界』では、何らかの理由によって『なかったこと』にされているらしい。
「………」
俺は立ち上がると、まず最初にスライムによって負わされた怪我の具合を確認。腕や背中の焼けるような痛みを消えており、手の平で触診すると、なんと溶けた制服まで元通りになっているようだった。こんなものは、治癒どころの話でない。文字どおりの再生だ。
――もしかしたら、あれは全部夢だったのか?
――俺は自殺する前に、ここで気を失っていただけ、と言う可能性も……
そう思って自分の服装を確認するも、やはり履いているのはプリーツスカートだった。白く艶めかしい太腿を、相変わらず露出させている。
一応、俺が無意識に女装した可能性も考慮して、隣のビルの熱線反射ガラスを姿見代わりに確認したが。そこに映った自分の姿を見て嘆息する。
腰まである銀桜色の髪と、鋭い狼の瞳。そのすべてが詰まらなそうな表情とは裏腹に、顔の全パーツが完璧な精緻で整った絶対的な美少女――。どれだけ目を逸らそうとしても、その姿を本能的に捉えてしまう。まるで女神の生まれ変わりのような、神々しくて、それでいて狂暴なまでの存在感を放つ『絶対的な美少女』だったのだ。
――やっぱり、そうだよな。そうだよな……
念のため頭の上に視線を向けるが、リアル世界ではネームリングは表示されていないらしかった。次いでケータイも確認するが、『グランヘイム・オンライン』は確かにダウンロードされていて。しかし、デスクトップ画面に表示された時間は、俺が自殺してから数分しか経っていなかった。確かスライム倒すのに二時間近く掛かったはずだが、この時点で色々と意味がわからない。
「まあ、わからないことは、とりあえず保留にしておくとして。問題は、これからどうするかなわけだけど……」
俺は現在、家族から離れて、都内のアパートで独り暮らしをしている。だから、そのままアパートに戻っても問題ないわけだが。どちらにせよ、こんな姿ではもう上條匡太として生活することなど不可能だ。今後どうするかを、抜本的に考える必要があるのだろう。
「あれ、お姉様! こんなところで、どうされたんですか?」
そんな懊悩を抱え込んでいる。と、いきなり後ろから声が掛けられた。鼻にかかる甘ったるい声音だ。
反射的に振り返り、視線を向ける。現れたのは一人の登場人物だった。
明るい金色の髪を二つにまとめた、目尻のやや吊り上がったエメラルドの瞳を持つ少女――。どこか小悪魔的な雰囲気を醸し出す、金髪碧眼の美少女である。
「えーと、キミは……」
その姿に圧倒されながらも、俺は必死で記憶の底に探りを入れた。
すると不思議な符合によって、少女の名前を思い出すことができる。もちろん俺の記憶ではない。どうやら俺は、必死に思い出そうと努力すれば、この美少女の記憶をわずかながら引き出すことができるらしい。
――確か、中学の頃から一緒に暮らしている……黒宮[くろみや]小春[こはる]だ。
思い出した後で、誤魔化すような笑顔を向ける。
「や、やあ、小春。俺は……いや、私は、ちょっと買い物でもしようと思って――」
「買い物って、だったら小春のことも誘ってくだされば良かったのに。小春、頸木[くびき]お姉様のためだったら、荷物持ちでも何でもいたしますわ」
そう言って、小春が甘えるように唇を尖らせた。
頸木[くびき]……と、呼ばれて、ようやく俺はこの美少女の名前を思い出す。確か、久城峰学園で生徒会長を務める、二年生の祠堂[しどう]頸木[くびき]だ。もちろん俺は、見たことも聞いたこともなかったが、この身体の……脳の中には、確かに彼女の記憶が残っていた。
「お姉様は、もうお帰りになるところですか? それとも、まだショッピングを続けられるおつもりですか?」可愛らしく、金髪碧眼の美少女が小首を傾げる。「どちらにせよ、小春はお姉様のお供をさせていただくつもりですが」
「あ……えーと、どうしようかな。わ、私は、もう帰ろうかと思っていて」
「そうですが。では、家まで御一緒いたします。今日の夕食は、お姉様の大好きな小春特製のビーフシチューですの」
俺の手を自然な所作で握ると、小悪魔的少女はそのまま腕を組んで歩き出した。
家の場所はいまいち思い出せないので、そのまま小春にエスコートされて、とりあえず連れ立って帰る運びとなる。
「それでね、頸木お姉様……」
少女は必死で、学校で起こった出来事などを俺に話してくれたが、さすがにその詳細までは思い出せなかった。しかし、その嬉しそうな様子から、彼女が俺に……いや、この祠堂頸木という美少女に、絶大な好意を寄せていることは看取できた。
同い年で、同じく久城峰学園の制服を着た小春と歩き始めて、三十分近くが経っただろうか。やがて、立派な門構えの大きな家が見えてくる。
――えーと、確か……
確か彼女の父親は、かなり有名な国会議員で。祠堂頸木とも親戚関係であったため、家族を亡くしたこの美少女を家で引き取った……と、いう成り行きだっただろうか。それで、政治家の仕事もあって、二人が高校に上がったタイミングで小春の両親は永田町の別宅に引っ越してしまった。だから、この大きな家には今現在、俺と小春の二人しか住んでいないらしい。
「どうして、いきなりそんなことを訊かれるんですか?」
俺が祠堂頸木の頭の中にある情報を、口に出して確認すると、金髪碧眼の美少女は不思議そうに小首を傾げた。
「もしかして、お姉様……小春との二人暮らしに、嫌気が差してしまわれたのですか?」小悪魔的少女が、大きな目に涙の気配を湛える。「もちろん、大きな家ですから。週に一度は、ハウスクリーニングを雇い入れていますけど……。でも、だからと言って小春は、お手伝いさんまで雇いたくはないんです。だってそんなことをしたら、頸木お姉様と二人きりになれないじゃありませんか」
「べ、別に俺は……いや、私は……二人暮らしが嫌ってわけじゃなくて」
「本当ですか、お姉様!」
その言葉を聞いて、正面に回り込んだ小春が俺の両手を包み込むように握った。まるで、神に祈りを捧げるように。
「そ、そんなことよりも……私、ちょっと出掛けたいんだけど」
その視線が眩しくて、思わず目を逸らしながら応える。
俺がこうして『祠堂頸木として生きている』と、言うことは、祠堂頸木も俺として……『上條匡太』として、生きている可能性が高い。要するに、クエストのときにも予想したとおり、俺たちは魂が入れ替わってしまっているのだ。だとするならば、少しでも早く祠堂頸木に会って、身体を元に戻す方法を一緒に考えるべきなのだろう。
「――いけませんわ、お姉様!」
そう思い立ち、とりあえず俺のアパートに行ってみようと考えたのだが。しかし、妹分の少女は必死な様子で首を振る。
「頸木お姉様も、ニュースなどで御存知かとは思いますが。この街では今、【ビューティーキラー】と呼ばれる『美しい女性ばかりを狙った殺人鬼』が、猟奇殺人事件を起こしていますから。お姉様のような百年に一人の……いえ、千年に一人の美少女が、こんな時間から外を出歩くのは危険です! もう日も暮れ掛けていますし、今日はお家でおとなしく過ごされてください!」
「ああ、そう言えば……そんな殺人鬼もいたっけ?」
「はい、すぐに夕食の準備をいたしますから!」
嬉しそうな笑顔で言うと、金髪碧眼の美少女が軽やかな足取りで家の中へと入っていく。どうやら、こんな時間からの不用心な外出など、彼女は許してくれないようだ。
仕方なく、俺は出掛けるのを明日に延期することにした。
――まあ、今日ぐらいはゆっくり休んでもいいか。
――スライムとの死闘で、さすがに疲れたしな……
自分自身に、心の中で甘言を弄する。
クエスト終了後の『体力の全回復』もあってか、肉体的には別にそれほど疲れていないが、あれだけの死体を見たのだ。精神的にはやはり参っている。今日ぐらいは、ゆっくり休ませてもらってもいいのだろう。
「………」
そう結論付けた俺は、さっそく小悪魔的少女の作る手料理を御馳走になることにした。それからトイレに行ったり、小春と一緒のお風呂に入ったり。仕方がないとは言え、祠堂頸木やその妹分の少女の裸を見ることには、やはりそれなりに罪悪を感じた。まあ、できるだけ大切なところは見ないように、最善を尽くしたわけだが。それでも本人が知ったら、いい気持ちはしないだろう。
――これは、明日会ったら謝らないとな……
そのことを激しく反省しつつも、ようやく甲斐甲斐しい小春から解放された俺は、就寝するため独り祠堂頸木の部屋へと戻った。
家の大きさに相応しい、大きな部屋だ。しかし、キングサイズのベッドはあるものの、この美少女の私物らしい私物はほとんど置かれていなかった。祠堂頸木は中学生の頃に家族を亡くしているので、その写真ぐらいは飾られているかと思ったが、それすらもない。年頃の女の子らしいアイテムは何一つ見当たらなくて、ただ本棚に難しそうな本がずらりと並んでいるだけだった。
「……ふう」
あまり他人の私物を漁るのも悪いと思い、俺は寝間着のジャージ姿でベッドに横たわる。
とりあえず、ケータイを確認。『グランヘイム・オンライン』を起動させると、フレンドである十文字さんから『怪我の具合はどうや? 本当に、回復したんか?』と言う、メールが入っていた。それに対して、適当な返信をする。
連絡すると言っていたアキラからは、メールも電話も入っていないようだった。きっと色々なことがあり過ぎて、疲れているのだろう。
特に気にせずに、アプリの中身を適当に確認する。クエストの最中にはゆっくりと見れなかったこともあり、俺は習得できる魔法について調べることにした。その結果――
《属性魔法》
・ファイヤーボール―― 習得100,000ギル 消費10,000ギル 習得LV10
[相手に炎の弾をぶつける。たまに相手を炎上させる。単体攻撃]
・アイシクルエッジ―― 習得100,000ギル 消費10,000ギル 習得LV10
[相手に氷の刃をぶつける。たまに相手を凍らせる。単体攻撃]
・サンダーボルト―― 習得100,000ギル 消費10,000ギル 習得LV10
[相手に雷の塊をぶつける。たまに相手を麻痺させる。単体攻撃]
・ファイアランス―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV30
[相手に炎の刃をぶつける。たまに相手を炎上させる。単体攻撃]
・クールスマッシュ―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV30
[相手に氷の塊をぶつける。たまに相手を凍らせる。単体攻撃]
・エレキテルミサイル―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV30
[相手に雷の弾をぶつける。たまに相手を麻痺させる。単体攻撃]
・バーンストーム―― 習得1,000,000ギル 消費100,000ギル 習得LV50
[広範囲に炎の嵐を発生させる。たまに相手を炎上させる。範囲攻撃]
・アブソリュートゼロ―― 習得1,000,000ギル 消費100,000ギル 習得LV50
[広範囲に絶対零度を発生させる。たまに相手を凍らせる。範囲攻撃]
・ライトニングレイ―― 習得1,000,000ギル 消費100,000ギル 習得LV50
[広範囲に雷の雨を発生させる。たまに相手を麻痺させる。範囲攻撃]
どうやら魔法は、習得するにも使用するにも『ギル』を必要としているらしい。《属性魔法》には、火、氷、雷以外にも、水、土、風、聖、闇など、様々な種類があるようだった。まあ、どちらにせよレベル2の俺では、習得できる魔法なんてないわけだが。
「………」
次いで、《状態異常魔法》と《補助魔法》について調べることにする。
《状態異常魔法》
・サンフラッシュ―― 習得200,000ギル 消費20,000ギル 習得LV15
[相手の目を暗ませる。範囲攻撃]
・スリープタッチ―― 習得400,000ギル 消費40,000ギル 習得LV35
[相手を眠らせる。単体攻撃]
・ポイズンブロウ―― 習得800,000ギル 消費80,000ギル 習得LV55
[相手を毒にさせる。単体攻撃]
・ストーンシェル―― 習得1,500,000ギル 消費150,000ギル 習得LV75
[相手を石化させる。単体攻撃]
《補助魔法》
・パワーフォース―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10
[一人の攻撃力を高める]
・ガードフォース―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10
[一人の防御力を高める]
・マジックフォース―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10
[一人の魔法力を高める]
・スピードフォース―― 習得500,000ギル 消費50,000ギル 習得LV10
[一人の素早さを高める]
・ブロックソーサリー―― 習得1,000,000ギル 消費100,000ギル 習得LV20
[相手からの魔法攻撃を防ぐ]
・トランスバーサーカー――習得2,000,000ギル 消費200,000ギル 習得LV30
[一人を狂戦士状態にする]
・セブンスセンス―― 習得3,000,000ギル 消費300,000ギル 習得LV40
[一人を超感覚状態にする]
魔法に関しては、まだまだわからないことも多いが。どうやら《補助魔法》は比較的、習得レベルが低いようだ。まあ、習得ギルと消費ギルはその分高い気もするが。白兵武器である魂装を中心に、戦闘を組み立てるのなら、習得しておく必要があるのだろう。
――習得しておく必要がある……か。
――まあ、自分の身体さえ取り戻せば、もうそんな必要もないわけだが。
心の中で呟いて、次いで異世界のものが、どれだけこちらの世界に影響を与えられるのかを。関われるのかを、検証する。
俺は立ち上がると、部屋の中央で右手を掲げた。
「――来い、錆鉄!」
瞬間、俺の呼び掛けに呼応するように光の文字コードが現れる。手の中に、巨大な錆の塊を顕在化する。
どうやら、こっちのリアル世界でも魂装を扱うことは可能らしい。
ブン―― ブン――
二、三度素振りして、感触を確かめた後で、俺は錆鉄を自分の中に戻した。初めて出したときは苦労したが、感覚さえ掴めれば簡単だ。
次いで俺は、アプリを操作してテイムしたスライムを召喚することにした。
「……うわ!」
召喚ボタンを押した瞬間、体長約150センチはあるスライムが、部屋の中に出現する。
こっちは『出ないだろう』と思っていたこともあり、俺はその場に尻餅をついてしまった。スライムは俺の指示がないこともあり、その場でプルンプルンと震えながら待機している。どうやらこちらの世界でも、魔物を召喚することは可能であるらしい。
コンコンコン――
そのとき、不意にノックの音が響いた。
「お姉様、何だかおかしな音が聞こえましたけど。どうかされましたか?」
どうやら、先ほどの尻餅の音を聞いて、小春が部屋にやって来たようだ。
――まずい! まずい! まずい! まずい!
――さすがにこれを見られるのは、まずいだろ!
慌てて俺は、アプリを操作――。『回収』と書かれたボタンを押して、スライムを戻す。
金髪碧眼の美少女が部屋に入って来たのは、その直後のことだった。
「いや、何でもないんだ。ちょっと筋トレをしてて……」
「筋トレ、ですか?」
「ああ、そうなんだ」
引き攣った笑みを浮かべて、適当に誤魔化す。
そんな俺を、少女は不思議そうに見つめていた。大きな瞳で。
「そ、それより、どうしたんだ? 枕なんて持って」
パジャマ姿の小春が自前の枕を持っていることに気付き、小首を傾げる。
小悪魔的少女は、その言葉を受けて頬を真っ赤に紅潮させ、恥ずかしそうな上目遣いで俺を見た。――その破壊力は抜群だ。
「い、いえ。今日も……お姉様と一緒に眠りたいと思いまして」
「いっ、一緒にって――」
「駄目……ですか?」
「いや、別に駄目ではないけど……」
さすがに狼狽えながらも、曖昧に答える。
もしも祠堂頸木と小春にとって、一緒に眠ることが日常茶飯事であるのなら、ここで断るのは不自然なのだろう。この美少女が元の身体に戻ったときのためにも、人間関係に悪影響を及ぼすべきではない。彼女には彼女の人生があるのだから。
「……い、いいよ。今日は一緒に寝ようか」
そこまで考えて、俺は不承不承ながら応える。決して、下心があったわけではない。
「やったー!」
俺が了承したのを受けて、少女は純粋に喜んでいるようだった。
そして、一緒のベッドに入って添い寝の形で就寝する。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
自分の心臓の音が、やけにうるさい。
年頃の女の子と――、しかもこんな美少女と一緒の布団で眠るなんて、もちろん生まれて初めてのことだ。だからその匂いとか、吐息の艶めかしさに、いちいち狼狽えてしまう。そもそも俺は童貞なので、そうなってしまうのも仕方がないのだろう。
「………」
結局その日は、あまりの緊張のせいでほとんど眠れなかった。
俺がようやく夢の中にログインしたのは、明け方で。そして、やはり見るのは悠人の夢だった。もう死んでしまった、もう会えなくなってしまった、親友の――。
《副軸――綾瀬川夏美[あやせがわ なつみ]》
悠人が自殺した後の匡太は、やけに明るかった。
学校でも異常なほどテンションが高くて、話し掛けてもすごく優しくて、いつも何かに燥いでいるような感じで――。お父さんが自殺する前も、そうだった。お父さんも、死ぬ前にはやけに私に優しくしてくれた。まるで身体の外側と内側で、急速に気持ちが反比例しているかのように。だから私は、匡太のことが心配で。心配で。心配で。心配で。高校に入ってからは、彼に告白されて振ったことが気まずくて、ほとんど疎遠になっていたけど。私は……私は、悠人が死んでからは、匡太に付き纏うようになっていた。
ただでさえ、ショックだったのだ。悠人が死んで、しかもそれは自殺で、学校でイジメられていたことまで発覚して。ショックでショックで堪らなかったのだ。そのうえ、大切な幼馴染である匡太までいなくなってしまったら、私はもうこの世界で生きていける自信がない。だから、彼が変なことをしないように『見張る』必要があったのだ。
――いや、でも……大丈夫。
――匡太はきっと、大丈夫だから。
自分自身に言い聞かせる。何度も。何度も。何度も。
そもそも、私が悠人のことを好きになったのは、『どこか放っておけないような気がしたから』だった。彼は自分自身を、どこか追い詰めているようなところがあって。いつも何かに思い悩んでいて。もちろん、あの容姿だから一部の女子には絶大な人気を誇っていたが。顔がいいからとか、勉強ができるからとか、運動ができるからとか、優しいからとか。そういうことじゃなくて、私は彼が時折見せる悲しげな表情を見たくなくて、悠人のことを好きになったのだ。でも――匡太は、きっと大丈夫。大丈夫なはずだ。彼は子どもの頃から頑張り屋で、家族から辛辣な扱いを受けても歯を食い縛って立ち上がる、強い少年だった。だからお父さんのようなことには、悠人のようなことには、ならないのだろう。
――それでも、私は……
悠人が死んでから、二週間が経っていた。
私はそれまで、振ったことが気まずくてずっと匡太と疎遠だったくせに、彼に積極的に付き纏うようになった。匡太は私にとっては兄であり、同時に弟のような存在でもあって。だから、やっぱり放っておくことなんてできなかったのだ。それで、今日の放課後も一緒に帰る約束をしていたのだが。
ピーンポーン! ピーンポーン!
放課後、私との待ち合わせをすっぽかした匡太は、電話やメールもずっと無視しているようだった。それで、街中を探し回って。でも、全然見つからなくて。深夜になってから、私は彼の住むアパートを直撃することにした。
「………」
ドアの前でしばらく待っている。と、ようやく幼馴染が顔を出した。
目に掛かるほど長い黒髪と、死んだ魚のような目。常に卑屈な表情を顔に張り付けた少年――。それが、私の幼馴染である『上條匡太』だ。
「やあ、夏美。こんな時間にどうしたの?」
明るい笑顔を浮かべた少年が、首を傾いで問い掛ける。
「ど、どうしたのって……今日、一緒に帰る約束してたでしょ? 私、水泳部まで休んで迎えに行ったのに、匡太……先に帰っちゃうし。電話やメールも無視するし」
「ごめんね、夏美。ちょっと色々と立て込んでて」
「た――、立て込んでてって……」
それ以上、言い募ることはできなかった。あまりの恐怖に、声が震えている。
「えーと、どうする? 上がっていく?」
少年が、問い掛けた。何でもない声音で。
私はブンブンと首を振ると、喘ぐように口を開いた。
「きょ、今日は、もう帰るね。あんまり遅くなると、お母さんも心配するから」
「……そう」
私の返答を受けて、少年が優しく応える。「じゃあ、気をつけて」と気遣いの言葉まで掛けてくれる。
ドアが閉じられてからも、私はその場から動けなかった。
全身を強烈な寒気が襲い、襲い、歯の根が合わなくなってしまう。
――ああ、今の人は……いったい誰なのだろうか?
――匡太は、どこにいってしまったのだろうか?
「私の幼馴染は、いったいどこに……」
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