24: 滝
人は物やサービスの対価としてお金を払い、物やサービスの価値に応じてその代金が上下しているように見えるが、実はそうではなく、お金を払うという行動には、何かきっかけのようなものがあり、それを刺激してやれば代金の多寡や商品の実在性はあまり問題ではないということになんとなく気づき始めた時代に、先見の明のある企業はいち早くクラウドネイティブな考え方を事業に応用し始めたのだった。つまり、商品開発をするときに、人が欲しがりそうな機能や価値を人間やマーケットリサーチの統計モデルが考え、機械はもっぱらその実装の過程に対して最適化を働かせる、というような明確に分離した過程を採用するのをやめて、商品の発案から販売の調整までの最初から最後までを自動的な一連のプロセスで直結し、そこに必ずしも従来考えられてきたような価値は媒介せず、消費者が決済ボタンを押すまでの行動の連鎖として、消費者の周囲の環境に対して介入し最適化してデザインするという、非常に一般的かつ即物的な考え方を採用したのだ。サイクルは常時回り続けることが理想とされ、型番や商品名といった離散的な概念はフィードバックの反映を妨げる邪魔な存在と見做されるようになった。商品のアイデンティティは徹底的に隠蔽される。理想的には、世界にはたった一つの商品が存在し、そのパラメーターを連続的にいじることによって、消費者がUIの購入ボタンを押す確率を上げていくというのが、最も究極的な商品のイデアであり、それ以上進歩することはできない。それだから、各商品は、その周囲の広告文句や、商品の販売ページのUIと境界をなくし、世界全体へ薄く広く限りなく裾野を延ばす環境全体となる。もはや、商品というものは、消費者を決済へ誘導する巨大な定置網のような経験とフィードバックの総合的彫刻となる。その彫刻は創造されるものではなく、一意に見出されるものであり、どこにも変化の余地がない。
それだから、ある種類の時間が経過したとき、世の中にある商品の種類は、消費者の行動パターンが作り出すポテンシャルの極値の数に一対一で対応する。同種の行動パターンによって利益を得る環境装置である複数の商品があると、どちらか一方を排除するまで競争が続いてしまうからだ。実現ニッチしか生き残ることはできない。
人間がシステムを管理しているうちは、全てが機械的に意味を持たなければならない。人間が意思決定を行なっている限り、人間は他の人間に説明するための意味を求め、言葉にできる範囲の経営判断しか取ることができない。しかし、数値による一般的な評価方法のサイクルが回り始めると、やがて全ては融合し一般的で強力な自動的過程がまわりはじめ、止めることはできない。実際に売上の数値として現れてしまえば、その説得力を理屈で覆すことはできない。もはや商品には機能とか、付加価値というものがなく、なんらかの価値というものの交換という見方も失われ、全てが行動となった。その先の段階では、あらゆる社会的行動は、最適化という触媒で加速され、停留点まで限界まで加速していくしかない。停留点は静的ではなく、初期値に鋭敏で、どこに止まるかは現在が未来に対して無限の責任を負い、それだから現在での価値に基づく政治的信念的闘争はより一層切実に激しく行われるようになる。
そのように加速しカオスであり逆行できない場面では、情報がとても価値を持ち、また情報の手に入りやすさや価値は時間によって変動するから、そこに価値の高低があり、滝をかけられるから、人はまだ手に入らない情報を集積したデータベースを未来で受けることを約束し、データベースの先物を取引し始めた。計算を約束し、終わるかわからない計算結果をプロミスとして取引し始めたのだ。それは経済的合理性の作り出した、新しい信用創造であり、神託だった。
価値は自動的に掘り出され、会社は自動的に起業され、あらゆるダークパターンはもうダークパターンとは呼ばれなくなる。あらゆる価値の勾配に商品がつけられ発電が行われ、あらゆる意味の空間でエントロピーの増大が起こり、最終的に全ての行動は均一な平原に達し停留点で熱的死を迎える。
短編集「ぬるぬるモホロビチッチ不連続面」 ユーストラロピテクス @Eustralopithecus
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