19:嗚呼、浜松町よ

嗚呼、浜松町よ。汝は美しい、高田馬場も美しい。同じ音が2回続くから。同じ音が2回続く言葉はかわいいし美しいよね。」と君はいつも言っていたね。君はもう居ない。おれが殺したんだ。ついさっきまで酸素に富んだ血液を規則正しくとくとくとくと送り出していた君の心臓の洞房結節はもう永久に新しい拍動をうみ出すことはない。まだ君の体の働きは完全には停止しておらず、皮膚細胞は脂質二重膜がくびれて分裂してるし、カドヘリンは細胞と細胞を律儀に接着し、セントラルドグマではDNAから新しいタンパク質を作るため転写酵素がせっせ働いている。しかしその化学反応の全ては虚しく、大きな流れを止められた君のからだは、その美しいからだは、分裂した各器官がどんなに小さな流れを繋げようとしても、大きな流れが生まれることはなく、つぎつぎとバランスを崩して細かく分裂していくばかりだ。それは崩れつつあるドミノタワーのまだ綺麗な最上部と似ている。君はまだ生きているとも言えるが、既に死んでいるとも言える。数分後の停止が約束されている予定調和な復元反応など、死体より少しだけ生に近いだけだ。でも死は誰にでも約束されているので、みんな死体なのかもしれない。おれは浜松町が嫌いだ。五反田とか、西日暮里の方が好きだ。同じ音が続けばいい感じがするという素朴な感情は、シンメトリーを美しいと感じるほど無邪気で、そして冒涜的だ。君はマシンガンの音も美しいと思うのか。左右対称ならたとえ虫食いの本も美しいというのか。素朴ほどの罪はない。五反田とか、西日暮里の方が絶対にかわいいんだ、浜松町なんかに負けるわけがないんだ。そうなんだ、そうなんだろ?なあ、


「カツン」と静かな靴の音がした。おれのものではない。心臓に電撃のような感触が登る。振り返ると、そこには高輪ゲートウェイがいた。


「…」


彼は身長はあまり高くないが、それでもすらっとして見える。


「ボクは……」


「ボクは……こんな名前で産んで欲しいと頼んだわけじゃないのに、こんな名前で産まれたいと望んだわけじゃないのに……」


なあ、と声をかけようとする、が小さすぎて声にはならなかった


「なのに……みんなに笑いものにされるんだ」

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