6:人造日本人その3

 K氏は自宅のマンションで悪夢からやっと起きることができたが、まだ外は夜だった。 頭が鬱血うっけつしている感覚がした。信じられないくらい空気が濁っている、ベランダの窓を全開にして澱んだ空気を夜の風と交換した。電気をつけようとして停電していたことを思い出した。鏡を見る。昨日スーツのまま寝たのか。


 出しっぱなしだった望遠鏡をしまっていると、外が一瞬明るくなることが何回かあった。おそらく送電網の復旧を試みているのだろう。


 スマホの充電が65%になっていた。もちろんWi-Fiも基地局も繋がらない。こんな長い停電は初めてだ。早く起きてしまってすることがない。トイレも動かない。なんとなく気分がそうなったので私は徒歩で永田町に向かうことにした。



 Google mapがないといかに自分がどこにも行けないかを思い知る回だった。徒歩ルートなんて目黒駅までしか知らない。時々、街全体が光ったかと思うとまた真っ暗になった。復旧の試みは続けられているらしかったけど、さっきから変わり映えがしない。街は閑散としていた。家に閉じこもっているふうにしては蝋燭ろうそくの明かりが一つも見えない。冬のように寒い。熱帯夜とは何だったのか。


 誰もいない冬のような寒さの道を歩く。私はふと絶望的な仮説を立てた。私は何かの間違いで無人世界に投げ出されたのではないか?私は今も澱んだマンションの一室で寝ていて、終わりのない悪夢を見ているのではないだろうか?


 上を見ると星空が見えた。東京が全く全部消灯したから、天然の夜景が見れる。円錐宇宙船に乗ったら窓からきっとこんな風景が見えるのだろう。湾曲する地平線を挟んで二つの夜空が。


 そんな私の空想はすぐ後、轟音ごうおんでかき消された。陸軍だろうか?タンデムローターヘリが北に向かう音だった。それを見て驚愕した。あれはひょっとしたら45度くらい傾いているのではないだろうか、とにかく不安になるほどの前傾姿勢でそれは飛んでいった。


(永田町で何かあったんだ)


という考えが自然に浮かんだ。真っ暗なのに走ることにした。


 段々と夜目が効いてきた。庭園美術館はそれでも真っ黒に塗りつぶされて見えて、穴みたいだった。


 高架道路の下をかけると、ちらりちらりと明かりが見えた。火炎瓶の悲劇的なだいだいだった。既にデモではない、暴徒だった。


「非道徳的な人造日本人計画を粉砕せよ!!!」というプラカードが一瞬見えた。そうか、彼らは失業を恐れているのだ。私のように行き場所がなくて、あるいは残業明けなのか、野次馬は結構いた。スマホで写真を撮る人もいた。むしろ暴徒より野次馬の方が多かったかもしれない。


「こんな時でないと暴れられないから」隣の女性はそう言って暴徒の波に消えていった。他にも沢山の人が暴徒に参加したり、あるいは暴徒から観覧に移行したりした。フリースタイルの暴徒だ。暴徒の中で火炎瓶を使っているのは実は少数で、大半の人は周りの流れに沿うように警察車両を破壊したりしていた。観覧から暴徒に移ったばかりの人は怖いのか自信なさげに窓ガラスとかを破壊する。道路標識を破壊する人も多い。


「あれは古くなった国家に必要なごっこ遊びなんです。日本はもうだいぶ疲れてきている。なのでどこか壊さないと全体が壊れてしまう。」


 先ほどの女性は名前をリーと言った。関西弁を話す大邱てぐ出身のエンジニアらしかった。制式服を来ていたので政府側の人間なのは確かだったけど、制度疲労とか龍安寺とかの話をしたあと、国家における暴徒現象の必要性を述べて自ら参加しに行く奇妙な人だった。結局その後私も暴徒に参加した。そして朝が来るとあれだけいたはずの暴徒は一人残らず退散し、風景は終末を思わせる道路の散らかりと、高層ビルのシルエットだけになった。私を含めた彼らは一つ整理がついてごっこ遊びを終えたのかもしれない。はたして、人造の日本人とは誰か?

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