5:人造日本人その2
L氏はそんなスーパー日本人養成委員会のしがない
内務省直属の秘密機関「スーパー日本人養成委員会」では、きたる労働力不足に備え「人造日本人」の開発が急がれていた。日本人の行動パターンをAIに学習させ、自然日本人と同等の動きを保証しながら、昼夜構わず働け、労基法にも触れない。資本家にとって夢のようなその仕様は、もはや現代の技術を以てすれば不可能ではなかった。日本の総人口は予想を大きく超えたペースで減少を続け1億の大台を既に割り、一方で移民による労働人口維持は国民の支持を得られなかった。
L氏はメールのチェックを終え、窓の外の暗闇を意味もなく見た。東京は狭い。L氏は大阪出身だが、時刻表を見なくていいし第一直ぐに着くので東京が大好きだった。L氏がこんなに早くに出勤するのには訳があった。
「明日の朝6時に議員会館の第2会議室に来い」
そう非公式に言われたのは昨日の貴族院が終わった時だ。あまり良い理由でないことは表情から察した。
自動改札の電子音が気のせいかいつもより大きく聞こえる。黒ずんだ花崗岩の階段を早足で駆け上がり、並木道のある地上に出ると丁度670年式のサクラ国民車が目の前で停まった。真っ黒で飴のような光沢の上に早朝の空とシルエットが滑る。中から人が出てきた、その顔は知人ではない、
「Lー!仇だ!」
そう言って車から出た男は日本刀を振り回して襲ってきた。私はすっかり腰を抜かして水溜りに尻餅をついたが、それ以前に命が危うかったので、直ぐに立ち上がって、愛用の鞄を放って必死で走った。こいつの仲間が近くに居るかもしれないから、塀の向こうも見遣ったが、幸いにも憲兵が居たから「襲撃だー、大変だ!」と叫んだが、息を切らしていたので小さな声しか出なかった。それでも気づいてくれたらしくて、敷地に入って門番の陰に座り込んだ後は銃声と憲兵の叫び声ばかり聞こえた。私が念を入れて今朝スーツに拳銃を忍ばせておいたことは後になって思い出した。
「L、それは災難だったな」
次官は他人事のように言うが帝都の中枢で襲撃事件があったなんて
第2会議室へ行くと副首相が居た。敬礼して入室すると他に集まっている顔触れに驚いた。
副首相と秘書官が何か示し合わせて居る、と思ったら皆立ち始めた。私も立つ。
「ええ、それでは、第1回スーパー日本人運用委員会本会議を始めさせていただきます。ええ、座って。」
皆だるそうに小礼をして座った。こんな早朝に呼び出されて不機嫌なのだろう。私は襲撃されたが。
「それでは急ですが型を破って議題の説明を始めます」
秘書官の理知的な眼鏡越しに視線が合った。彼女は原稿を覚えるのが得意だ。
「人造日本人の試験生産が先月終了し、昨日から量産体制に入っています、在来日本人の反発が当然危惧されますがそれについては既にマニュアルをお配りしていたと思います。実地運用に向けて各党の意向と対応を改めて確認したい。」
一応秘密会議だからか、会議は僅か30分で終わった。その間に人造日本人についての秘密の取り決めが面白いように決まっていった。当然だ、事前調整が済んでいる。私は教えてもらってないけど。
その後、貴族院に着いて資料を確認していた、旧式のアルミ製圧縮掃除機が古いカーペットを物凄い
群青制服の婦人書記官が一斉に真っ白の大判紙に蛇のような記号を書く。貴族院式速記である。衆議院では萌黄色の制服で速記も違うらしい。(縦割りだな)とL氏は感じた。
貴族院が始まった。そろそろ来年の予算の審議が始まるが今日はそれではない。
しかし今回はそうでなかった。当然だ、決定はさっきの会議で終わっている。人造日本人があれば太平洋条約は要らない。アメリカと妥協しなくても、人造日本人とそれに競合を起こした生身の人間で労働単価は著しく低下するだろう。
太平洋条約を批准しないことが閣議決定されると、その日のうちに予算案も始めることになった。報道機関はてっきりヒートアップする絵が撮れるものだと思っていたのか観覧席のある2階でメモを見たりこっちを見たりを繰り返していて寂しそうだった。微笑ましい。黄色いコードを携えて掃除のおばさんが入る。貴族院に妙に冷めた空気があった。
予算案は私の担当でないので内務省に戻って雑用に入った。
夕日が朝鮮地方のある西へ沈む。計画中の京城新帝都はいつ完成するだろうか。
「太陽っていうのは地平線に近い時が一番大きく見えるらしいっすよ」
「目の錯覚ですね」
低角度から入る太陽光で、新宿のビル群は東京湾まで長い影を伸ばしていた。沈みゆく太陽は、大きくて儚かった。
そして、空が瑠璃色から
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