17:海のクラゲイ

クラゲイという海の生きものを知っていますか。クラゲに似ていて、浮いたり沈んだり自分ではほとんど泳げません。ここ、播磨灘第3海中牧場では、みなさんの食卓に並ぶ食用クラゲイを育てています。海中牧場というのは牧草の代わりに海藻が、ウシの代わりにウミウシがいるような牧場のことです。もちろん、ウシとウミウシはクラゲとキクラゲくらい違いますが、語感が似ているのであまり問題ありません。海中牧場の朝はとても早いです。ここにはニワトリはおらず、代わりにハネウミヒドラがいます。ハネウミヒドラも卵を産みます。つぼみのように見える枝についたヒドラ花は、満月の夜に一斉に分離し、小さなクラゲとなって数時間の命を全うします。クラゲイはそんな生殖用の小さなプチクラゲも食べます。クラゲイをもっと近くで見てみましょう。目のように見える黒い小さなゴマ粒大の一対の点は、微黒斑といい、まだ役割がよくわかっていません。クラゲイ自体もまだあまり生態がよく分かっておらず、そのため人工繁殖を実現する過程には大変な困難がありました。今ではこのように海中の生態系をまるごと一通り再現した巨大な定置網にクラゲイを放牧する形をとっています。クラゲイはこの中を気ままに泳いで、約3年6ヶ月をかけて一人前のサイズまでゆっくり成長していくのですよ。かわいいですね。でも資本主義はそんなに長いこと待ってくれないので、成長を早めます。実は、クラゲイは電極を刺すことで成長を早められることが知られています。これは最初に誰かがクラゲイに電極を刺そうと考えたからなのですが、人間の好奇心は恐ろしいですね。電気を流すと成長が早くなるということは、モーターと同じで成長を遅くすることで発電ができるということでもあります。播磨灘第3海中牧場でもクラゲイエネルギーを活用した洋上発電を行っています。発電を担当するのは、傷がついたり奇形だったりして食品にはなれなかったクラゲイたちです。電極を刺されて電気を吸われ、成長が極端に遅くなるので、いちばん古株の個体だともう15年もずっとここにいるのもいます。猫より長生きですね。海の中まで電線は通っていないので、クラゲイたちが作った電気はガラス球に貯めて白いダンボールに入れて電気屋さんが各家庭に配達します。ガラスを吊るすと明るく光って照明になります。イカ釣り漁船のライトとしても人気があるんですよ。電球は触ると熱いですがこのガラス球は光ると冷たいんですよ。不思議ですね。専門家にはこれは電気でないと考える人もいます。でも人間は光って使えれば原理がどうであるのかはあまり気にしません。むかし、クラゲイは人間の一種であると考えられていました。メタゲノム解析にかけると、どうもクラゲイには人間と同じ23の染色体と、1本の性染色体があり、性染色体はxでもyでもなく、z形をしていたそうです。クラゲイは人間の第3の性なのでしょうか、もしそうなら、彼らはなぜ単一で殖えて、人間と交わることがないのでしょう。私はこう考えています、クラゲイは既に人間と交わっています。人間がクラゲイを知った時点で、もうクラゲイを知る以前に戻ることは出来ない。これはクラゲイが私たちの思考に何らかの影響を与えているということに他なりません。遺伝子が交わるというのは、分子的な相互作用である必要はなく、クラゲイの起こしたあらゆる偶発的な事象は、全てクラゲイの遺伝子の広義の表現形であると言えます。タンパク質が遺伝子のエンコードしたものならば、タンパク質の相互作用によって手を動かし作られた自動車やビルディングもヒトの遺伝子にエンコードされていないとどうして言えましょう。つまり、生物の体に本質的に内側と外側は存在せず、我々もクラゲイの遺伝子にエンコードされた存在であり、クラゲイもまた、ヒトや、牛や、その他あらゆる生物の遺伝子の表現形なのです。かわいいですね。

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