16:頭にポニーテールを飼っている女の子

三日原みかはらさんは頭にポニーテールを飼っている


「誕生日にかってもらったんだ〜」


三日原さんは最近ポニーテールがあるのが嬉しくて振り返る時もわざと頭をおおげさに振るが、ポニーテールはそれに呼応し水風船のように頭からちょっと遅れて動くのだ。たしかにそれが別個の独立した生物であっても不思議でないと納得するようないきいきした動きだった。


おしゃれしたいと思う女の子の感情は尋常なものではなくて、三日原さんのポニーテールを見た女子たちにはインフルエンザの如くまたたくまにポニーテールが広まった。そして頭にポニーテールを複数飼う人(それはツインテールと呼ばれた)も現れ、群雄割拠する様々なポニーテールの百態たるや、戦国武将の兜のようなカンブリア爆発現象を呈した。


そのころになるとかなり過激なポニーテールを見られるようになったので、学校側も、「ポニーテールは地球人の劣情を煽るので控えめにするように」と言われ、通学路には日に日に捨てポニーテールを見かけることが多くなった。ポニーテールにポニーテールを生やして足のようにして動く新生物も現れた。


「ポニテかわいいのにな〜」


「仕方ないよ、あのまま止められなければ私たち今頃どうなってたと思う」


「そうだね」


三日原さんはポニテブームが去った後でも、その火付け役としての誇りと愛情があるからか、ずっと後頭部にポニーテールを飼っていた。それはまるで髪の毛の1部のように自然に見え、まるで最初からひとつの生物であるかのように…




ある日、三日原さん家の前に四角くて大きい筑波大学の情報戦特型車両が止まっているかと思うと、たくさんの院生と学部生がLANケーブルを持って出てきて、引越しみたいにテープと白いダンボールで養生された玄関には大量のグラフィックカードラックが運び込まれていた。


「何?今日三日原家で何かあるの?」


と三日原ママに訊くと、


「ポニテの弾性体としての特性がナビエストークス方程式の一般解を解く手がかりになるそうなの」


と言われた。


三日原さんのポニテは、同じ外力を与えると同じ動きをするのでランダムではないことはわかるのだが、その挙動予測をモデリングすることが極めて難しい、つまりカオス系であることが分かったのだ。最初にこれに気づいたのは三日原ママらしい。


すごい、もしそれで万一ナビエストークス方程式が解けるようになったりしたらロケットの設計にもはや近似法を用いる必要が無いから、もっと変な形のロケットや飛行機が沢山できるだろうと私は思ってわくわくした。大量に運び込まれたグラフィックカードは、彼女のポニテの挙動を深層学習させ、再現することにあるという。家に入ると、三日原さんは未来的な設備に目を輝かせながら、即席の写真館みたいになっている椅子に座り、学習に余計なノイズを与えないためシンプルなワンピースを着ていた。



「実験はじめ」


緑の棒(それはいわゆるクロマキー合成に使う原色の緑だった)がx軸、y軸、z軸に外力を加えていく。前の外力の振動が完全に納まったと判断すると、機械制御によって完璧なタイミングで次の外力が加えられる。最初は30分ほどかかった。休憩を挟んで今度は20分ほど学習用データを採取し、大学の人は帰って行った。お礼としてジャンクPC部品を箱いっぱいにもらった。


「三日原さんすごいね、世紀の大発見に立ち会えるかもしれない」


「すごいのはこのポニテだよ、みかん(三日原さんがポニテにつけた名前)に感謝しなくちゃ」

私は三日原さんのポニテを撫でた。それは普段より少し嬉しそうに揺れた。

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