22:圧縮

数年前、ついにこの国の合計特殊出生率は1を割った。貧しさをよそ目に加速する晩婚化と高学歴化が家族プランに追い打ちをかけたのだ。今や大学院進学率は5割を超え、何らかの分野の博士号を持つのは当たり前になった。2つや3つの博士号も珍しくはない。子供の頭数は減っているのに、エンリッチドな教育プログラムの中で育った子供たちは早熟、というより熟し続け、2人力3人力を誇る。微積分を簡単な図形操作として操る幼稚園児、圏論を学ぶ小学生、イラストレーターとして名を馳せる中学生。私達旧世代は彼らに称賛と隠れた嫉妬を送り、何より彼らを「圧縮」した。

圧縮とは世帯圧縮の略で、最近の流行語である。出生率が落ちるにつれ一人っ子の世帯が多くなったので、相続は分散されなくなった。親世代が死ぬと、母方と父型から大量の本と電化製品と家具と食器とPCが相続される。子世代はそれを家に詰め込む。更にその子世代が死ぬと、孫世代には祖父母(の生家)から計4世帯分の生活用品が押し寄せる。環境政策のため物は簡単には捨てられない、特に粗大ごみは含まれる素材とその比率によって144種類の厳格な廃棄プログラムが義務付けられている。したがって非分散的な相続は、「圧縮」を引き起こした。食器は一家庭皿400枚、箸50本、コップ150個は下らない。大型ディスプレイは7個、洗濯機は5つはあって普通だろう。ゴルフクラブ、地球儀、図鑑一式、辞書類、アクアリウム、体重計、箪笥、コレクション類、これらが最低2セット以上、普通の家庭には存在するようになった。住居は洞窟のようになり、不動産は人というより物が暮らすために設計されるようになった。マンションはその各部屋の重さに耐えられなくなり、鉄筋トラスの外骨格により強化されるようになった。空前の物質的豊かさが新世代を襲ったのだ。

彼らは圧縮世代と呼ばれた。相続したのは物質的豊かさだけではない。こども新聞とかケーブルテレビ、コンテンツストリーミングサービスなどは教育欲求を持て余した祖父母の生家、つまり曾祖父母の家庭4つから別個に契約され、毎日通知欄は溢れる。タブレット端末にはひっきりなしに曾祖父母から教育プログラム類が送られてくる。エンリッチドな環境で育った異常に多感な子供たちはそれを水素吸蔵合金のように取り込み、前述の怪物が登場した。そして彼ら以外のほとんど全ての人類の能力を凌駕したとき、「圧縮」の結果は明らかとなった。

世界大戦が女性の社会進出を促し、やがて選挙権を要求するようになったように、一部を除く先進国で同時多発的に発生していた圧縮世代の子供たちは、目覚ましい社会進出の結果、その影響力に相当する政治力を要求するようになった。つまり、選挙権と被選挙権である。始めのうちは、彼らに権利は与えられず、圧縮世代向けの政策を掲げる意見型政党の台頭という形でその影響は現れた。圧縮世代の持つ発信力によって影響された他の世代の人たちが投票するものだった。やがてそのようなシンクタンク越しの間接的なものではなく、もっと直接的に力を行使するものが現れた。選挙年齢の引き下げである。彼らは増加するアルツハイマー病患者が選挙権を持っていることを理由に、判断力によってパターナリズム的に選挙権を年齢によって制限することは自由に反すると主張した、そして選挙権を0歳にまで(その意志があれば年齢に関わらず)与えるよう要求した。彼らのラディカルな意見は、投票の実際の運用に歪みをもたらした。つまり、文字を書けない年齢─動画コンテンツによって判断力を培ったが、まだペンを持ったり文字を読んだりすることができない世代─の投票をどのように行うかという議論を生んだのだ。その頃は既に立候補者の顔や年齢属性は秘匿が義務化されていたので、顔写真や本人に関連する何らかのモチーフを使うこともできなかった。最終的に、掲げるマニフェストを色と形によって表現した3次元グラフを目線トラッキングで選択するという方法に落ち着いた。最も議論が白熱したのは被選挙権の話題である。当然、彼らは被選挙権を(その意志を有するならば)0歳、厳密には人権の発生する妊娠6ヶ月以降の胎児から与えるように要求した。これは最終的に非侵襲な脳磁気デバイスが登場したことで事なきを得た。妊娠6ヶ月以降最初の選挙が来て、まだ胎児の場合、シール型の非侵襲脳磁気デバイスで彼らに立候補の有無を訪ねる。もちろんまだ言語能力はないのでわ極めて抽象化された提携表現が用いられた。その頃は供託金制度は廃止されていたので、立候補には本人の意志と別の適格者判定を受けるだけで良かった。立候補の意思がある胎児は、3例存在したが適格者判定を通過したのはそのうち一人だけだった。しかし、選挙が終わる頃には彼の立候補の意思は失われており、失格扱いになった。

より現実的な影響としては、幼稚園児〜小学生相当の年齢の政治家たちだった。彼らは高度な知能を備えつつ、うんこやちんこに対する興味を抑えられなかった。その結果として少なからずうんこやちんこをかたどったモニュメントなどが各地に実際に建設されるなどし、激しい抗議運動を巻き起こした。その度に彼らは惚れ惚れするような雄弁な演説と論理だった説得によって反対者を退けたのだ。知能と好みは独立し、また世間一般的な価値観のうち正義に属するものより単に大人の平均的な好み、タブー感に属するものが存外多かったのだ、ということに人々が気づいてから、うんこやちんこのモニュメントは受容されるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る