2:自然言語は体に良い

「体にやさしい自然言語を話しましょう」というチラシを見かけた。言わんとするは、人工言語には体に有害な認識成分が含まれていて、それが腸の善玉菌を殺してしまう、ということらしい。


 どうして言語が腸に影響を与えられるか疑問に思ったのでネットで調べてみると、脳と腸というのは我々が想像するよりもずっと密接に繋がっていて、悪い認識をするとそれが腸までいって悪い腸内環境に繋がるということだった。人工言語を話す人は腸内環境も悪く、便秘になる確率も高くなるらしい。しかも、最悪の場合大腸がんで命を落とすかもしれないという。こわやこわや。


 そんな訳でスーパーで自然言語を探していたのだが、これがとても難しい。商品のラベルを見ても自然か人工かが書かれていない事が多く、そういうのは大体人工言語だ。「健康効果のある自然言語使用です」と宣伝されているものでも養殖言語や栽培言語が紛れていることが多々ある。法律上自然言語と表記しても大丈夫になってるらしい。子供の頃はよく田んぼのあぜ道に自然言語の群れがいて、小学校の頃はそれを餌にザリガニをよく釣ったものだが、知らぬ間に街からは自然言語が消え、日本国内の野生の言語は一部が絶滅危惧種に指定されるまでになっているようだった。


 あちこち回った挙句、県を跨いで道の駅でようやく自然言語を見つけた。でもこれが2300円もした。あまりにも高額である。こんな値段でありながら自然言語を求めてはるばる遠方からやって来る人もいて道の駅の駐車場には浜松ナンバーの車さえあった。結局その日は買って帰らなかったのだが後で相場を調べると2300円はまだまだ安い方で都心の高級デパートでは最高級自然言語が1方言あたり6000円で売買されているそうだった。Twitterでは自然言語を入手出来なかった人たちが「人工自然言語」なるものを作ってバズっていたりした。ストレスの溜まりやすい現代人は自然言語で腸と脳を整える必要があるとの言説も見た。個人文化の違いによる言語の不和も深刻な精神病の元となるらしい。言語が不足しているのか、なんだかみんな怒りっぽくなっている感じがする。


 そんな中、イスラエルで機械学習で自然言語と同等かそれ以上の認知衛生基準を持つ人工言語が作られたとニュースになった。認知言語学の観点から、「自然言語らしさ」を判別し、既存の言語の混ぜ合わせでない、アプリオリな自然風言語を生成する。自然言語らしさの学習にあたって親情報にヒューマンテストを用いたらしい。しかも、研究チームは特許権を放棄し、再現実験も終了済みだという。


 人工言語はその形態から生産スパンが短く、市場に回るのは時間の問題だ。世間は大混乱になった。自然言語市場は大打撃を受けた。言語先物は軒並み暴落、中国では言語関連株の取引が11時間中断された。国内では珍しかった言語小売大手のラマッコロクルホールディングスは言語栽培事業の子会社株式の40%を语言树林ユーヤンシューリン、5%をスタンダードラング(语言树林ユーヤンシューリン系列)に移管して事実上の子会社化した。他の言語小売中堅も大幅な事業再編に入ると12日の経済日本新聞の1面が報じている。


 ニューギニアなど、言語産業が外貨獲得の半分以上を占める国では言語買取制度をとった独裁政権が崩壊して内戦状態に突入したらしい。テレビでは参考学者が「高度人工言語が普及した後も、言語多様性の価値は依然として高いままだ」と言っていた。


 深夜、長いこと音沙汰の無かった友人から突然連絡が入った。自然言語の在庫を持て余したらしく、安くでいいから買い取ってくれと必死だ。昨日の日付が変わる頃に格安の自然言語をオークションで見つけて大量購入してしまったそうだ。まだ日本語ニュースがなくArchiveの論文リンクが掲示板に出回っていた頃だ。気の毒だが丁重に断っておいた。しつこい友人で、それから二、三度連絡が来たがやはり断った。


 この手のことは結構あったらしく翌朝の情報番組でも取り上げられていた。自然言語ブームに湧いた直後の事だった。


 僕は「自然言語がさえずるのどかな昔に戻りたいなあ」と思った。

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