5エピローグ
青空の下で
その日、空は雲一つない快晴だった。気温が上がってきた朝九時のこと。リュウとフェイはサザナミの、山に面した入口にいた。
そこはリュウがかつてフェイに助けられた場所。追い剥ぎに襲われ、白刃取りをすることしか出来なかった場所だ。
リュウは初めて来た日と同様に深緑色の旅衣と黒い漆笠を身に付ける。その背中には武器である
フェイは黒いマントを羽織り、両腰にある双剣を隠していた。着替えなどを詰めたリュックも背負っている。
「アスカの傍にいなくていいの?」
「……うん。もう、決めた。それに、私が今のアスカに出来ることはもうないもの」
「そっか」
二人が旅立たずに入口で待っているのは、アスカを待っているためだった。もうすぐ時間は九時になる。
「来た」
フェイの目がアスカの姿を捉えた。アスカは昨日と違い、普通の人と同じ歩幅で歩いている。この前のように過剰に怯えてはいない。
アスカはフェイのところまで一直線に駆け寄ると荒い息を整え始める。その手には鞄を持っていた。
アスカが鞄の中から巾着袋を取り出してフェイに渡す。フェイはそれを受け取り、中身を取り出した。
それは鮮やかな水色の石。滑らかな肌触りの球体の石。その表面には
その石が普通の石でないことは誰の目にも明らかであった。フェイはその石がどんな石であるか知っているようで、石とアスカを交互に見ている。
「綺麗な石だね。初めて見るよ」
「これは、サザナミ石。サザナミに伝わるお守りの石、なんだ。模様を描くのに時間かかるはずなのに……」
フェイはそのサザナミ石を巾着袋にしまい、アスカに抱きつく。アスカもまたフェイの背中に手を回す。その時だった。
「フェイが、また……サザナミ、来られる、ように。気休め、の、お守り」
か細い可愛らしい声がした。アスカから発せられた声だ。ぎこちない話し方ではあるが、確かにその声はアスカから聞こえた。
「え、アスカ? 話せるようになったの?」
「私、頑張る。前みたい、に……話す、暮らす、前向く。フェイが、安心、出来るよう、なる、よ」
アスカの声にフェイが驚きと喜びの混じった声を上げる。昨日まで声が出せなかっただけに、その衝撃は大きい。
「私も、強くなるよ。力不足を実感したから」
「それ、だけ?」
フェイの言葉にクスクスと笑いながら声を出すアスカ。その言葉にフェイの顔が真っ赤になった。
「……か、からかうことも出来るなら、もう大丈夫だね、アスカ」
「リ、リュウ、さん。フェイのこと、よろしく、お願い、します。あと……ありがとう、です」
リュウが初めて聞いたアスカの声はとても綺麗だった。声を取り戻し、感情も取り戻した。もう、アスカは大丈夫だろう。
「行くよ、フェイ」
「うん。アスカ、またね」
フェイとアスカが離れる。リュウはフェイを連れ、サザナミから山に向けて歩き始めた。その様子を見たアスカは大きく息を吸う。
「フェイー! 気をつけて、ねー!」
先程までのアスカの声とは比べ物にならないくらい大きな声。おそらくフェイを安心させるためのものだろう。リュウは足を止めた。
フェイは上を向く。そうでもしないと涙がこぼれ落ちそうだから。アスカの方は振り向かずに、大きく息を吸った。
「今までありがとう! 行ってきます!」
それだけ言うとフェイは再び前に歩き始める。リュウは苦笑しながらその後を追った。もう二人がサザナミの方に目を向けることはない。
空には雨が降った後でもないのに虹がかかる。それはまるで、新たな旅立ちをした三人を祝福しているようであった。
咎人と緋色の剣士 暁烏雫月 @ciel2121
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