妖魔祓いとは

 リュウの目から見たアスカの怯え方は異常だった。相当怖い目にあったのだろう。具体的に何があったのかは語ろうとしないが、想像することは出来る。人でない、猿に近い容姿をした妖に犯された。それが、アスカの恐怖心の根源であるのは間違いない。


 町長の言葉から察するに、他の三人の被害者も同じであると考えられる。となれば、他の被害者達もアスカと同様に被害について語る可能性は低い。思い出したくないほど辛い記憶なのだから、無理もない。人によってはその時の記憶が飛んでいる者もいるかもしれない。


 被害者達が被害について語らない今、問題が一つ。今のままでは、いつまで経っても妖魔ようまの居場所がわからない。居場所も出現場所の手がかりもないため、全ての根源である妖魔を退治することすら出来なかった。


 妖魔ようまばらいは妖魔を退治する者ではあるが、決してではない。手がかり無くして妖魔を見つけることは出来ず、妖魔との戦いで死ぬ者もいる。だからこそ、依頼を受けた際には被害を受けている町や村での聞き込みが大事になってくるのだ。


 どこで何をされたのか、今回の被害者達は語ろうとしない。わかるのは「猿の妖魔に襲われたこと」だけ。これだけでわかることは限られる。問題の妖魔がどんな妖魔なのか、を推測するのが精一杯だ。


 猿の姿をした、ということは人語を話せず人と意思疎通出来ないタイプの妖魔だ。動物に近い容姿をした妖は、本能のままに行動する傾向にある。このことから、今回の妖魔はあくまで「性欲を満たすために人間を襲っている」だけだろう。残念ながら、これらの情報だけでは、リュウも手の打ちようがない。


(このままじゃ三日後に出るらしい被害者を追うしかない。それだけはなんとかして避けないとね)


 リュウは左手で、右腕の刺青いれずみを旅衣の上からそっとなぞった。そして目を閉じる。脳裏に幼い頃の自分がぎった。できる限り被害を出さずに済ませたいのに、それが出来ない。下手すれば死人が出る可能性も――。


「……ん。……さん。リュウさん!」


 フェイの呼びかける声で、リュウは現実に引き戻された。リュウが考え事をしながらぼんやりと歩いている間に、二人はフェイの家に着いていたのだ。どうやらリュウは周りの景色や音がわからなくなるほどに考え事に没頭していたらしい。フェイに怪しまれないよう、急いでフェイの家へと入る。


 平静を装いつつも、リュウの頭は混乱していた。というのも、サザナミの依頼が特殊過ぎるからだ。礼金が金貨十枚であるのも頷ける。どこにいるかもどう襲うかもわからない妖魔の相手をするなんて、妖魔祓いでは難しいだろう。





 妖魔の被害は千差万別。本能のままに食欲や性欲を満たすために人を襲う妖もいれば、憎しみなどを理由に人を襲う妖、金銭を得るために盗みを行う妖もいる。だがその殆どの事例では、どのような町や村であっても被害について語る者がいるのだ。


 殺人であれば殺された場所や時間からある程度特定は出来る。盗みであれば、狙われそうな物をおとりに使って妖魔をおびき出す。襲われた理由や妖魔の情報が分かれば、あとはその妖魔を見つけて殺すまでだ。しかし、今回はそうはいかない。


 町民を囮にして万が一のことがあってはならない。誰一人さらわれるところを見ておらず、猿の妖魔であることと女性を襲うことしかわかっていない。襲う女性の年齢が決まっていることから、妖魔は好みのタイプの女性を選んで襲っていることがわかる。しかし、犯行が実際に行われた場所がわからない。


「さらわれる場所って決まってるかい? 狭い場所とか広い場所とかでいいんだけど……」

「わからないです。皆さんそういうことは話さないので。夜に襲われる、としか私も知らないですね」

「だよね」


 念のためにとフェイに聞くも、予想通りの答えしか返ってこない。アスカも「町のどこでさらわれたのか」まではフェイに話せなかったらしい。もしかしたら、アスカ自身もどこでさらわれたのかを把握していない可能性がある。リュウは小さくため息を吐いた。


「あの、私が、囮になったらどうですか?」


 フェイの申し出にリュウの目が見開く。フェイは被害者達と同じ年頃だ。妖魔が襲う対象ではある。フェイを囮に使い、さらわれたフェイをリュウが追いかければ、妖魔を退治することは可能だろう。だがフェイの負担が大きく、失敗した時のことを考えるとあまり得策ではない。ここまでを瞬時に思考し、リュウは首を横に振った。


あやかしってのはね、人間を上回る身体能力を持っているんだよ。だから、君の手には追えない」

「やってみなきゃわからないじゃないですか!」

「僕は真実を言ってるだけだよ。妖魔祓いでなきゃ、妖魔と対等には戦えない」


 リュウは発言してから「しまった」という顔をした。フェイへの失言に気付いたからだ。フェイもリュウの失言に気付いた。


「じゃあ、その妖魔祓いは、どうやってなるんですか?」


 妖魔祓いの中には人間も多い。彼らは普通の人間と何が違うのか、どうやって妖魔祓いになったのか。妖魔祓いに憧れるフェイが尋ねるのは当然のことだった。なぜなら、フェイは妖魔祓いになりたいがために、双剣の腕を上げたなのだから。




 そもそもリュウは先程、フェイに妖魔祓いについて話すことを約束していた。約束はしたが、フェイが約束を忘れるまで沈黙を貫き、妖魔祓いについて話さずにいようとしていた。だがこうなれば、話さないわけにはいかない。


「妖魔祓いが政府直属なのは知ってるよね」

「特殊国家公務員でしたっけ?」

「そう。複数の提携国に属する特殊国家公務員。妖魔祓いになるには」


 リュウはそこで言葉を区切ると、身にまとっていた旅衣を脱ぐ。旅衣の下には袖のない簡素な衣類を着ていた。右腕に刻まれたたかと龍の刺青。これは一度フェイが見たものである。それとは別に、右の二の腕に焼印があった。


 その焼印は直径十センチほどの円形のものだった。円の中には鷹が翼を広げており、なにやら文字が刻まれている。だがそれはフェイの知らない文字だった。


「この焼印を持つ妖魔祓い……『選定者』って言うんだけど。まず、『選定者』と一緒に妖魔祓いの本部に向かうんだ。そして本部で鷹の刺青と専用の武器を貰って、『選定者』に弟子入り。この段階だとまだ妖魔祓いじゃなくて見習い。

 弟子入りした後は『選定者』に技術を学ぶ。弟子入りした後半年後に最終試験があって。それに合格すると、晴れて妖魔祓いになって、名前に由来した刺青をもらえる。こんなところかな」


 リュウは文字の意味を明かしてはくれなかった。少なくともサザナミで使われる文字ではない。このことが、妖魔祓いの本部が異国に拠点を持つと示している。それと同時に、今のリュウの話から、リュウが幼い時に妖魔祓いになったという推測も出来た。





 リュウの言葉に思わず考え込むフェイ。だがそれは、妖魔祓いになるかを悩んでいるからではない。リュウの経歴が気になったから、それをどう問うのかで悩んでいる。


「じゃあリュウさんは、どうやって妖魔祓いになったんですか?」

「誰に聞いたの?」

「噂です。リュウさんの経歴は異例だって、有名なんですよ」

「今日はここまで。それを話すのは……フェイが最初みたいに敬語とか使わなくなった時にしよっか」


 リュウは上手くフェイの質問から逃げる。あまり人に話したい内容ではないらしい。悪戯いたずらを仕掛けた子供のように、無邪気な笑みを見せた。


 最初、リュウを助けた時。フェイはリュウに敬語を使わなかった。使い始めたのは正体を明かしてから。それが、リュウは嫌で仕方なかった。だからこそ、「敬語を使わなくなったら」という条件を提示したのだ。


「アスカさんと、何話した? 何か聞けた?」

「声は出してくれませんでした。でも、少しだけ、紙に書いて警告してくれたので、そこからわかることを。

 襲われたのはリュウさんが通ってきた山の中、みたいです。でもどんな道を通ったのかはわからないみたいで。記憶も、曖昧みたいです」


 おそらく記憶が曖昧なのは、被害がアスカにとって衝撃的な出来事だったからだろう。だが山の中となれば場所は少しだけ絞られる。


 リュウは再び旅衣をまといながら考える。明日からは山を探すべきか、他の被害者に話を聞くべきか、決めかねていた。

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