妖魔を退治するの対価

 翌日、リュウはフェイと共に身体を動かす練習をしていた。右足を固定していた包帯が外す許可が出たため、早急に感覚を取り戻す必要があったのだ。右足を使えるようにならなければ、妖魔ようまとまともに戦うことなど出来ない。


 山は広い。リュウはサザナミに来るため、三日もかけて山を歩いた。この三日という日数は寝ずに移動した結果。そんな広い山の中をくまなく探して妖魔を見つけるのは、至難の技の言えた。


 山の中を探すのには時間がかかる。妖魔は「人に害をなすあやかし」、すなわち生き物の一つ。リュウ達と同じように妖魔も生活を営み、移動を行う。何をしているかも、どこに移動するかもわからない妖魔を手がかりなしで見つけることなど不可能だ。


 迷った末に、リュウは一つの選択をした。これ以上被害者を出さないための苦渋の選択だ。すでにの承諾は得ている。そもそも、最初にその選択肢を提案したのはであった。


 決断を下したのはいいが、まだ身内の者に事情を説明していない。今晩、説明をする予定である。身内の者に許可を貰い次第、妖魔に対抗するための打ち合わせをするつもりだ。



 その晩、夕食後のこと。リュウはエミュとフェイの前で土下座をしていた。鼻が床につくほどに深く土下座をし、そのまま体勢を崩そうとしない。リュウの態度に、エミュとフェイの二人は驚きを隠せない。


「こんなことを頼むのは死んでも嫌だった。でも、今のままでは妖魔の場所を特定することなんて出来ない。どうか、話だけでも聞いてほしい」


 リュウの声音は普段より低く、微かに震えていた。前髪越しに、眉にシワを寄せているのが見える。苦しそうな声が、その決断の苦しさを物語っていた。


「確実に妖魔を止めるために、フェイの申し出を受けることにした。それで、エミュに許可が欲しい。フェイを可能な限り守ると約束する。だからどうか、フェイが囮になることを許してくれないか?

 もちろん、妖魔に抵抗する術を次の被害が出る直前まで叩き込む。今以上の被害は、僕の名に誓って、出させない。妖魔の場所さえ特定出来れば、あとは僕が退治するだけなんだ」


 リュウが選んだのはフェイをおとりにして妖魔を退治することであった。フェイを妖魔退治に連れ歩くとなれば、危険が付き物。それ故に、エミュに許可をくれるように頼む。


 今回の妖魔はサザナミの若い女性を襲う傾向がある。おそらく目的は「性欲を満たすため」。人語が話せず、意思疎通は出来ない。また、動物に近い容姿をしているため、本能に従って自由に行動する妖だ。だからこそ、その尻尾をなかなか掴めずにいるのだが。


 フェイは問題の妖魔に狙われる対象である。故に、フェイを囮として妖魔をおびき寄せることで、妖魔と対峙することが可能となる。この作戦を実行するには、フェイに被害が及ぶ前に問題の妖魔の元に辿り着く必要がある。そこは、リュウの腕の見せどころであった。





 エミュは思わず顔をしかめる。無理もない。血の繋がった妹を、女性を襲う妖魔の元へやってくれと言うのだ。それは「どうか妖魔に犯されてくれ」と言われてるのと同義。その言葉に嫌悪感を示さない方がおかしい。


 困ったエミュはフェイを見た。フェイは双剣の柄に触れると力強く頷く。その金色の瞳には有無を言わせないだけの力があった。その顔が、声には出さずとも「大丈夫」と伝えている。同時に「だから、囮にならせて」と言っているようにも思える。


 エミュの金色の瞳が閉じて、胸の前で腕が組まれた。低くうめくような声を出す。眉間にはシワが寄っている。短い赤髪をクシャクシャとき上げて、両頬をつねった。そして目を開き、リュウを見据えて口を開く。


「認める代わりに、一つだけ、条件がある」

「何でも言って」

「フェイを囮に使ってもいい。代わりに……お前の旅にフェイを連れて行ってほしい。あわよくば、妖魔祓いになるための道を、用意してほしい」

「…………わかった。妖魔祓いにするかは、置いておいて。旅には連れて行こう」

「ありがとう……ござい、ます」


 エミュはリュウの願いを聞き入れた。代わりに、フェイの夢を叶えるための条件をリュウに突きつける。リュウが頼み事をした今が好機だと考えたのだ。


 リュウから頼み事をしている以上、多少の無理難題を条件に出しても承諾するという自信があった。条件を飲むことでフェイを囮にし、妖魔を退治することが出来る。仕事を達成するためにフェイが必要不可欠なら、どんな条件でも従うに違いない。それが、エミュが話を聞いて最初に考えたことだった。


 その上で、提示する条件を考えた。最初は自分のためを考え、家事や仕事の手伝いをさせようとした。だがその時、エミュの脳裏にフェイの夢が過ぎった。フェイを妖魔祓いにする機会は今しかない。その一心で、エミュは妹のためにリュウの提案を承諾した。


 エミュの言葉によほど驚いたのだろう。フェイの視線がエミュへと向かう。二つの金色の瞳が宙で交わる。エミュは開いた口が塞がらないフェイに、優しく微笑みかけた。その顔が「妖魔祓いになれるかもしれないよ」と優しくフェイに語りかける。

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