過去を語れば
その夜遅く、フェイを寝かせた後で。エミュはリュウを自室へと招いた。部屋には酒瓶とつまみが容易されている。エミュはリュウを部屋に招き入れると、グラスに酒を注いで手渡した。そして自分のグラスをリュウのグラスに軽くぶつける。
「なんでまたこんなことを?」
「こうでもしなきゃ話せないことってのがあるからな」
エミュのその言い方から、フェイを旅に同行させる上での話だと、リュウはなんとなく察した。むしろ、それ以外でエミュが酒を飲んでまで語らなければならないことなど、何があるというのだろう。
「俺達の両親は
「あいつってフェイ?」
「ああ。その時の妖魔祓いが人間の女で、双剣を扱ってたんだよ。だから双剣を使って、妖魔祓いになろうとしてるわけだ。フェイは、強い。そんじょそこらの武芸者に負けない程度には強くなった。でも、妖魔が相手となりゃ話は別だ」
酒を飲んだエミュは少しだけ普段より軽快に話す。声も少しだけ高くなっている。酒に酔っているせいなのだろう。酒量も、
「妖魔祓いにするかは任せるさ。妖魔祓いと旅すれば、理想と現実の違いにも気付くだろう。それに……お前、人と戦えないんだろ。理由はあえて聞かないが。フェイなら、いざって時にお前を守れる」
「バレていたのか」
「フェイの言い方がなんか引っかかってな。聞かせてもらったよ、追い剥ぎのこと」
エミュの言うように、リュウは人と戦えない。妖になら薙刀を使って戦うことが出来るというのに、人に対しては武器を向けることは愚か、手をあげることすら出来ない。それ故に、追い剥ぎに対しても自分から攻撃をすることはなかった。
確かに、フェイは双剣を扱う武芸者としては強い。サザナミの近辺でも名が知られている。フェイならば、妖には適わなくとも、人間相手に存分にその実力を発揮できるだろう。
エミュがリュウを真っ直ぐ見た。とても珍しい
「お前、何があった? お前は何者なんだ?」
エミュの率直な質問にリュウは視線を逸らす。その目は、一筋の光も通さないほど暗く虚ろだ。どうやら過去のことはあまり語りたくないらしい。ねな
エミュの言い方はまるで、リュウが人間ではないようである。リュウはグラスに入った酒を一口で飲み干すと、エミュの目をじっと見据えた。
その様子はまるで何かの決意をしたかのようで。リュウの翡翠色の目に光が戻る。
「一つ、昔話をしようか」
リュウはつまみをいくつか食べると寂しそうに笑う。そして昔話を始めた。
「ユダ国とは山を挟んで隣合う国、パウロ国。パウロ国では、
一度目は僕が生まれる前。二度目は僅か八年前に起きた。二度目のクーデターが起きるまでは、パウロ国では善妖も人間も同じ町に住んでいた。
善妖と人間が結婚する例も多々あった。半人半妖が生まれることもあった。それでもクーデターが起きるまでは平和だったんだ。
クーデターを諌めたのは当時十四歳だった若い妖魔祓いだった。二人の妖魔祓いの命を犠牲に、犯人が逃亡する形で、クーデターは終結した」
リュウはここで言葉を区切る。そして大きく深呼吸してから話を続けた。
「平和だったパウロ国に嫌な事件が起きた。善妖と人間の夫婦の親族ばかりが狙われ、命を落としたんだ。
パウロ国はこの事件を解決するために、三人の妖魔祓いに仕事を依頼した。この三人は子供とその両親で、三人とも妖魔祓いだった。
母親はアヤメ、父親はトバリ。二人とも名の知れた、『選定者』だった。子供だってそれなりの実力があった。
主犯はトバリの弟子で、トバリの息子の師匠。名はユクハ。ユクハを仕留めるためにトバリが死に、子供を守るためにアヤメが死に。子供がユクハに重傷を負わせた。
重傷を負ったユクハは、生き残った数名の手下と共にパウロ国を離れた。今も指名手配されてる。子供は、このクーデターがきっかけで、ある決意をした。
自分は師匠と違う。それを示すために決めた。如何なる理由があっても人を攻撃しないって、ね。
結局、そのクーデターを阻止した功績がきっかけで、子供は名を広めることになる。『選定者』になったのもその頃だ。
『選定者』ってのはそれなりの実績を出した妖魔祓いにのみ与えられる役職で。弟子を取ることが出来るようになる。子供は、最年少の『選定者』になったんだ」
「その子供がお前なんだな、リュウ」
話を聞いたエミュが思わず呟く。リュウは苦笑いでそれに応じる。
リュウの苦笑いがエミュへの答えだった。昔話に出てきた子供はリュウ。幼くして妖魔祓いに、そして『選定者』となった子供だ。
エミュはリュウの話を聞いてもあえて感想を述べなかった。そういうのは望んでいないように思えたからだった。
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