約束を果たすために

 リュウの治療のためにと部屋を訪れたエミュが目にしたのは、思わず目を疑うような光景だった。幼い子供のように泣きじゃくるリュウ。それをなだめるフェイ。


「何やってんだ、お前ら」


 エミュの口からは思わずそんな声が飛び出てしまった。呆れ笑いと共にフェイを無理矢理どかすと、リュウの右足の様子を確認し始める。


 治療を終えると再びフェイとリュウの顔を見る。リュウの泣き顔を見た途端、エミュはこらえきれずに吹き出してしまう。


「サザナミの救世主が子供みたいに大泣きとか……。悪いけどすごく笑える」

「エミュ! 笑うなら出てってよ」

「そうも行かないんだな、これが。俺はこいつを町長のところまで連れて行かなきゃならなくてね。そんなわけで泣きやめ! で、とっとと着替えろ! ついでに顔を洗え! そんな格好で町長に会うつもりか?」


 エミュに言われ、リュウはようやく我に返った。両目をこすって涙を拭うとシャキッと立ち上がる。が、右足の痛みですぐに座り込んだ。痛みに悶絶もんぜつしているのが顔を見ればわかる。


「お前、強いけど馬鹿だろ」

「うるさいよ、エミュ」

「フェイ。お前、肩貸してやれ」


 エミュはリュウの様子を見て馬鹿にする。「うるさい」としか言い返せないリュウは、反論する間もなくフェイに担がれた。その光景はなんとも情けないものだ。





「今回は本当にありがとうございます。こちらが礼金となります」

「どういたしまして。って言いたいけど、この怪我じゃ言っても微妙だよね」


 町長はリュウを見つけるや否や深く礼をした。そして礼金を渡す。だが妖魔ようま退治をした張本人であるリュウは、人に助けてくれたもらって立つのがやっとであった。


 エミュとフェイが肩を貸し、リュウは左足だけで立っている。申し訳なさそうに笑うリュウに町長も思わず苦笑いをせずにいられない。


「この後はどうされるんです?」

「約束だから、人を本部に連れていくよ」

「それはその怪我を治してからにしろな、リュウ」

「わかったわかった」


 リュウは何でもないという顔をしているが、その怪我はかなりの重傷である。普通の人間であればその状態で戦うことすら出来ないはずだ。その怪我で妖魔を退治したことは賞賛に値する。


 エミュの険しい顔に、リュウは渋々了承する。本来であれば仕事が終わったら早々に旅立つ予定であったが、今回はそうもいかないようだ。


「こちらがお礼になります」


 リュウの話を聞いた町長は金貨十枚が入った巾着袋を渡す。さらに、風呂敷に包まれた何かも差し出した。リュウが戸惑いながらも風呂敷を開く。


 風呂敷の中から出てきたのは革製の鎧と足首までを覆う特注の革サンダル。それに、干し肉が三日分とベルトに通すことの出来るポーチがいくつか。


「これは?」

「是非とも渡してくれと、被害者の家族に頼まれた品です。是非受け取って下さい」


 その品々は、妖魔ようまばらいとして旅をして回るリュウにはありがたい物ばかりで。リュウは町長に深々と礼をすることで感謝の気持ちを示した。





 妖魔退治をしてから一週間が経ち。リュウの負った火傷はもうほぼ完治していた。早急に治療したからか、跡も残ってはいない。


 もう歩いても痛みがない。はがれた皮膚も再生した。それは、リュウがサザナミから旅立つ日が近いことを意味する。


 明日にもサザナミを旅立とうと支度を始めたリュウは、部屋にフェイを呼び寄せた。旅に連れていく上での約束事をするためだ。


「その一、絶対に死なないこと。その二、妖魔とは僕の許可がない限り戦わないこと。その三、僕が死んだら妖魔祓いになるのは諦めてサザナミに帰ること。その四、僕を守るのは構わないけど無理しないこと。


 約束出来る?」

「もちろんよ」

「本部に行くまでに色々教えるよ。話聞いて、妖魔祓いになるか冷静に考えるといい」

「わかったわ」


 リュウに言われた約束を素直に聞き入れるフェイ。だが少し考えてからリュウのことをジッと見つめる。


「妖魔祓いになってもならなくても、旅には同行するわ」

「え、何で?」

「リュウさん一人じゃ、いつかぞくに襲われて死んじゃうわよ。私、こう見えても人間相手なら強いのよ?」


 フェイは「どうだ」と言わんばかりにニッと笑ってみせる。リュウはそんなフェイの笑顔に、心臓をわし掴みされるような感覚に襲われた。


 フェイに言うことは正しい。リュウは妖魔を攻撃することは出来るが人間を攻撃することは出来ない。賊に襲われて死ぬ可能性は、ある。実際、サザナミに来る時は追い剥ぎに襲われた。





「替えのきく着替えとか、長旅に必要そうなものを用意しといて。次はいつこの町に帰れるかわからないから。何が必要かわからなかったら教える」


 リュウはそう答えるのがやっと。近くに置いていた薙刀なぎなたに意識を逸らすことで、フェイへと抱いた感情をかき消す。


 そんなリュウを見たフェイはつまらなそうにプクーっと頬を膨らませる。リュウが予想以上にあっさりと旅に同行することを承諾したからだ。


「私は何人目なの?」

「何が?」

「リュウさんの弟子は、私で何人目?」

「……フェイが初めてだね。僕は若いから、弟子入りする人はいなかったんだ」


 リュウが妖魔祓いになったのは九歳。選定者になったのは十四歳。若いからこそ、実力を誤認されてきたのだろう。


 フェイは目の前でリュウの戦い方を見た。不思議な術を使うのも、半妖としての力を開放するのも。リュウの危なっかしい戦い方も。


「明日、ここを発つ。向かうのは隣のパウロ国。パウロ国にある妖魔祓いの本部に向かうよ。少なくとも三日はかかる。途中で妖魔や賊に出くわすことも多い。だから、覚悟をしておいてね」


 リュウの言葉にフェイは力強く頷く。その金色の目は、覚悟を決めた強い光を宿していた。

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