4生き残った咎人

彼は咎人

 リュウが妖魔ようまを討伐した翌日のこと。リュウは一人、深い眠りについていた。


 あの後、リュウは後処理として妖魔を解体した。その肉は食料として依頼元のサザナミに提供。心臓はよく洗ってから証拠として報告書と共に本部へと送った。


 リュウやエミュ達が眠りに着いたのは、空に日が登った頃。明け方だった。だが時刻はもう昼。リュウを起こすべく部屋を訪れる人影がある。


「起きなさい! もうお昼よ!」

「……あと五分」

「そんなに寝たら夜、眠れなくなるでしょ?」


 リュウの元を訪れたのは赤い髪をした剣士、フェイ。昨日リュウに助けられた時にタメ語を使ってから、敬語を使わなくなっていた。


 フェイは眠っていたリュウの掛布団を取り上げる。急に身体が冷え、リュウはすぐさま起き上がった。目の前には心配そうにのぞき込むフェイの顔がある。


「そんなんで私のこと、指導出来るの?」

「え? 何を言ってるの?」

「約束したでしょ? 私が囮になる代わりに旅に連れていくって」


 フェイの言葉を聞いたリュウは慌てて記憶を遡る。確かに、エミュに交換条件を言われ、その条件を飲んだ気がする。だが――。


「あれを見てもまだ、そう願うかい?」


 リュウの言う「あれ」とは昨日の戦いのことである。リュウはフェイの前で、半妖としての姿を晒してしまっていた。


「前にも言ったと思うけど。僕はフェイが思うほど良い妖魔ようまばらいじゃないんだよ」


 そう言って悲しそうに笑うリュウ。その翡翠ひすい色の瞳の奥には、深い闇が見えた。





 場の雰囲気が一気に重くなる。リュウの目はフェイの目を真正面から射抜いていた。


「僕が正式な妖魔祓いになったのは九歳の時だ。どうしてその年で、妖魔祓いになることを選んだと思う?」


 九歳と言えばまだまだ子供だ。身体能力も精神力も、大人には劣る。なのにその若さで妖魔祓いになるのは、異常である。その経歴はリュウが普通でないことを示している。


「両親が妖魔祓いだったとか?」

「ある意味正解だけど僕の求める正解じゃないな。

 ……僕は、咎人とがびとなんだよ」


 リュウの発した言葉は驚くほど綺麗に響いた。発した言葉の意味を頭では理解するも、フェイは混乱する。


 リュウは犯罪者らしくない。どちらかと言えば優しく、人すらも傷つけることを恐れる。そんな人が「咎人」だなんて信じられないのが普通だ。


「信じられないって顔してる。多分フェイの考える咎人は、僕の言ってる意味と違うかな」


 フェイの混乱した顔を見たリュウが苦笑いしながら告げた。フェイは一瞬意味がわからず首を傾げる。


「『咎人』はね、道理や約束に背いた人のことだよ。半妖の僕は、どっちの種族にも属さない、道理に反した存在。だから『咎人』」


 リュウの説明にハッと驚いた顔を見せるフェイ。フェイが想像していた「咎人」は凶悪な犯罪者であった。





「咎人であるせいで事件に巻き込まれてね。僕以外の被害者はみんな死んでしまったんだ。僕は誰も助けられなかった。

 その事件がきっかけで、妖魔が大嫌いになった。妖魔祓いになることは、幼い僕に出来る唯一の償いだった」


「でもリュウさんは悪くないじゃない」

「……僕は、咎人なんだよ、フェイ。君が思うような、良い妖魔祓いなんかじゃ、ないんだよ」


 自らの過去を簡略的に告白したリュウは、子供のように泣きじゃくる。声を上げて。全ての負の感情を涙にして流すかのように。


 フェイはそんなリュウの背中を優しく撫でてやる。それくらいしか出来ないから。


(今まで、必死に泣くのを我慢してきたんだろうな)


 背中を撫でながらそんなことを思う。九歳の時から妖魔祓いとして活動していたリュウにはたして、子供らしく過ごす余裕なんてあったのだろうか。


 半妖であっても、過去に何があったとしても。フェイには今のリュウを見捨てることなんて出来なかった。


 リュウがフェイを助けてくれた。サザナミでアスカ達を襲った妖魔を退治してくれた。それは、変えようもない事実なのだから。

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