1薙刀使いのリュウ

リュウの正体

 温かい食事をご馳走になりながら、リュウは今日の出来事を振り返る。


(まさかこんなことになるなんて……)


 サザナミという町に来る途中、若い追い剥ぎに襲われた。なんとか何も盗られずに済んだが、転んだ拍子に足を痛めてしまった。そこまではいい。幸いにも追い剥ぎが逃げた、その理由はリュウの元にやってきたある女性の存在だった。


 リュウの元にやってきたのは双剣を携えた女性であった。追い剥ぎの反応を見るに、この女性がこの近辺でそれなりに名が知られていることがわかる。彼女はリュウに肩を貸すと、わざわざサザナミにある自身の家へとリュウを連れてきた。


 女性はリュウの怪我の応急処置を行った。そして、リュウに今日は家に泊まるよう告げて料理を振舞った。リュウは目の前で一緒に料理を食べている女性を観察してみる。


 肩下まで伸びた緋色ひいろの髪。綺麗な金色の瞳はどこか力強く、何故かき付けられる。双剣を携えていることから、女性ではあるが武芸者であることがわかる。追い剥ぎの反応を思い出すに、それなりに名の知れた武芸者のはずだ。


「そのマント、脱がないの? 暑いでしょ」


 食事が一段落した頃に女性が告げた。というのも、リュウは民家の中に入ったというのに旅衣も漆笠も薙刀なぎなたも、身体から遠ざけようとはしなかったからだ。これはリュウの職業が故の癖。今この状況で正体を明かすべきか、まだ決めかねていた。


 リュウの服装は一見ただの旅人のように思える。だが背負われた薙刀は旅人には相応しくない。リュウの薙刀は武芸者ならば特注品だと一目でわかる代物だ。いかに旅衣と漆笠で外見を偽ろうとも、武芸者の目は誤魔化せない。見る人が見ればリュウがただの旅人でないことは一目瞭然である。


「その薙刀、変わってるわね。普通は鞘か布袋で刃を保護するのに」


 双剣を携えたこの女性は早くもリュウの薙刀のおかしな点に気付いた。無理もない。刃を剥き出しにして放置すれば、その分刃が傷つきやすくなる。武芸者であれば、わざわざ刃を剥き出しにして武器を持ち歩かないだろう。これ以上は誤魔化せない。リュウは覚悟を決めた。


「僕はこういう者だよ」


 いさぎよく旅衣を脱ぐ。薙刀は足元に置いた。そして、旅衣のすそを少しまくって右腕を見せる。場を静寂が包み込んだ。右腕を見た女性が驚きのあまり呼吸を忘れる。





 リュウの右腕には、刺青いれずみが施されていた。前腕に彫られているのは羽を広げた横向きたか。鷹の両翼は前腕一杯に広げられている。鷹の下には龍が彫られている。龍は肘から手首に向かって登っているような形で掘られていた。鷹と龍は向きが異なる。


 両翼を広げた鷹が意味するのは「正義」と「権利」。それだけでなく、その鷹の刺青はリュウの職業をも示す。それほどまでにこの刺青は特徴的なのだ。その鷹に今にも捕まりそうな昇り龍が示すはリュウの名前。これらの独特な刺青が意味するのは――。


妖魔ようまばらい……」

「そう。僕は妖魔祓いのリュウ。『薙刀なぎなた使いのリュウ』でも知られているね」

「『薙刀使いのリュウ』……確か、最年少で妖魔祓いになった、天才妖魔祓い」

「『天才』は言い過ぎだよ。僕は、贖罪しょくざいのために戦っているだけだからね」


 妖魔祓い。それは妖魔と呼ばれる、人に害を為す人ならざる生き物――あやかしを退治する者。政府直属の特殊国家公務員である。リュウはそんな妖魔祓いの中でも、それなりに名が知られている妖魔祓いだった。


 妖魔祓いはその右腕に独特な刺青を持つとされている。それがリュウの右腕にある、両翼を広げた鷹の刺青。この刺青があることこそが、リュウが妖魔祓いであることの証明だった。鷹の下に彫られている名前に由来した刺青は、リュウが一人前の妖魔祓いであることを示している。


 リュウの身につけている薙刀は妖魔を退治するための特殊な薙刀。扱う武器は妖魔祓いによって異なるが、リュウは薙刀を用いるらしい。特殊な薙刀であるからこそ、通常の薙刀にあるような鞘や布袋を必要としない。


 妖魔祓いであるリュウがこの町、サザナミを訪れた理由。それは、妖魔の目撃情報があったからに他ならない。追い剥ぎに襲われたのは偶然であるが、サザナミを訪れたのは偶然ではない。


「……私はフェイ。サザナミで双剣の指南をしてるの」


 フェイの名乗った女性はリュウの刺青に驚きながらもそう告げた。まだ驚いているのだろう。何度も瞬きをして刺青を確認し、頬をつねってこれが現実かを確認している。フェイの言葉を最後に再び場が静寂に包まれる。





 この世界では人と人ならざる生き物――妖が共存している。妖の分類は大きく二つ。人に何らかの形で危害を与える「妖魔」。人に危害を与えない「善妖ぜんよう」。妖魔祓いは人を妖魔の被害から救うために作られた役職だった。


 ユダ国を含め、近隣諸国には様々な村や町がある。ユダ国とその近隣諸国は連携し、妖魔に対して独自の対応を行っていた。それが妖魔祓いという制度である。妖魔祓いには善妖の協力の元、妖を倒すための特殊な武器を与えられる。リュウの薙刀もその一つだ。


 村や町に妖魔が出ると、その村や町の長が国へそれを知らせる。国はその町の近くにいる妖魔祓いを村や町へと派遣させ、妖魔を退治させる。妖魔祓いは国直属の特殊国家公務員であるが、正確には国の政府に所属する特殊国家公務員である。


 妖魔祓いは基本的に一ヶ所に留まることはない。依頼を終えれば旅を始め、その道中で妖魔に遭遇すれば退治。旅費は全て村や町が属する国が払う。が、依頼の礼金は村や町が妖魔祓いに直接払う。


 妖魔祓いの選抜方法はあまり明らかにされてはいない。明らかにされているのはただ二つ。妖魔祓いの右腕にある刺青と、妖魔祓いが持つ特殊な武器についてだけ。妖魔祓いに憧れる者は、偶然出会った妖魔祓いに選抜方法を聞くしかないという。


「あなたが来たってことはつまり……」

「国がサザナミの訴えを受け入れ、僕が派遣された。そういうことだね」


 リュウの口調はやけに淡々としている。声音こそ優しいが、その表情と言葉は多くを語らない。まるで語ることを恐れているかのように。知られてはいけないことを隠しているように。


 笑ってはいるがその微笑みは明らかに作られたもの。その翡翠ひすい色の瞳の奥には、吸い込まれそうなほど恐ろしい何かがあった。作られた笑顔も、深く探ろうとすれば虚ろになる翡翠色の瞳も。フェイにはリュウの存在全てがなぜだか恐ろしく思える。


「ごめん、ぼーっとしてた。フェイ、だったかな。君は、サザナミに現れた妖魔について何か知らない?」


 フェイの怪訝けげんそうな顔に気付いたのだろう。リュウの濃い緑色の瞳が明るい光を取り戻す。そして、ごく自然に微笑んで見せる。それは笑顔で町民に接することが情報を得るのに一番有効だと知っているから。


 今朝、追い剥ぎに襲われていた。だが追い剥ぎの攻撃を見切り、最後には白刃取りをしてみせた。武器を向けることも応戦することもなかったが、確実に追い剥ぎとやりあっていた。それを遠くから見ていたからこそフェイは思う。


(この人の底が見えない。だからこそ、恐ろしい。でも頼もしい)


 リュウが追い剥ぎに応戦しなかった理由はわからない。だが、この妖魔祓いの実力は本物だと、武芸者としてのフェイの勘が告げている。だからなのだろうか。フェイはリュウに対して畏怖いふの念を抱いた。

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