良くも悪くも思い出が詰まった場所であるほど、変わっていってしまう姿に哀愁を感じる。地元の風景を思い浮かべていました。
くぐもった情景さえも、なにか美しさが秘められている、そんな思いをさせる文章です。ひらがなの所をきょうちょうと見るか、漢字のところを強調とみるか。それだけで、少し違った感じにうけとれる、ちょっとした遊びもできます。
過去のシーンが背景としてゆっくりと動く前を、主人公が歩いている。場面が切り替わると、過去が浮き上がって、いつの間にかそこに入り込んでいる。そんなやさしいアニメーションを見ているような感覚になります。そして、文字を追う間、ゆっくりともゆったりとも表現しきれない「芙蓉の庭」タイム、とでも言うのか、この物語特有の時間が、読み手である私に流れていました。時間を感じる。もしかしたら同じような感覚を得る方がほかにもいらっしゃるかもしれません。どうぞ読んでみてください。
日々の忙しさに追い立てられるように生きていた女性が、ふらりと迷い込むように入ったお店。そこで美しい絵画を目にした時から、単調な日々は芙蓉の花の色づきのように、鮮やかな彩りを放っていきます。やがて新しい日々の中で、消えかけていた音楽への情熱が、再び彼女の胸に芽生えます。一人の作り手としての彼女の心に、そして一人の女性としての彼女の心に、共感せずにはいられません。たとえ思い出の場所を失っても、この出会いの記憶はずっと心に残り続ける。そんな美しい余韻を感じる、夏の物語でした。
夢を抱き、故郷を飛び出し、あこがれていた都市で暮らしていた。いつの間にか、つばさは羽ばたき方を忘れ、主人公は夢を忘れ、そして、庭に芙蓉の咲くそのみせに、ふわふわと引き寄せられた。ひらがなを多用したやわらかな文章が、静かに、緻密に、そのみせの思い出を語る。ひりひりとして鮮やかでやさしい思い出を。無我夢中で「創造」に打ち込んだことはあるだろうか。おさないほどにまっすぐな夢を追いかけ、走ったことは。私も「作家」の端くれ。共感した胸が、そっと痛い。
作品の光景が脳裏に浮かぶ、とても丁寧で美しい描写だと思います。短い文章の中に、作品の世界がギュッと詰め込まれていて、好きです。
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