氷上雹珂 +0日(3)
空君が教室から出ていってしばらくすると、婦人警官が教室に入って来た。教室の外で待機していたのだろうか、もしそうなら私が教室からひょっこり頭を突き出していたシーンも見られている事になるけれど。
恥ずかしい気持ちで一杯になるが、何事もなかったかのようにクールに振舞う。
「空君以外の関係者からも話を聞きたいの。確か兎川さん以外は、普通に授業を受けているのよね」
「ええ、事件について生徒は何も知らないので」
事件の発覚が朝だった事もあって、事件の内容は生徒には秘匿されている。なので事件現場にいた兎川さん以外の生徒に関しては、関係者であろうとも事情を知らない。最もそれは今の段階というだけで、直に話は広がっていくだろうけど。
「とりあえず早急に、兎川さんから話を聞きたいわ。ここに来てもらってもいい? それと兎川さん以外の関係者、えっと『超常現象研究部』の他の部員の人たちと、あと一年生の南沢さんは放課後に残ってもらうようにして。事情はこっちで話すから」
「了解しました」
そう言い残し、婦人警官は教室を出ていく。そういえば名前を聞いていないけど、まあいっか。
しばらく待っていると、教室の後ろから控えめなノックの音が響いた。
「失礼します。兎川雨鷺です」
「どうぞ」
外にいる彼女に声をかける。兎川さんは失礼しますともう一度だけ言って、教室の中に入って来る。
彼女と目が合ったので、私は右手で手前の椅子を示す。すると彼女も察して椅子に腰かける。
改めて、兎川さんの姿を間近で眺める。こうしてみると、本当に美人だ。おそらく地毛なのだろう、美しいその金髪は、日本人離れした顔立ちに調和しているし、体つきだって、高校二年生とは思えない。名前からは想像できないが、おそらくハーフかクォーターなのだろう。
思わず見惚れて、ぼーっとしてしまう。いけない、首を振って気を取り直し、本題を切り出す。
「えっと、兎川さんに色々と聞きたい事があるの。協力してもらえるかな」
「……私に話せる事があれば」
私の問いかけに、兎川さんは呟くように返事をする。声色からも顔色からも、生気というものを感じさせない。
友達の死がショックなのだろう。今にも泣きだしそうな、それでいて何かに対し恐怖しているような、そんな表情を浮かべていた。
だからと言って同情しても始まらない。彼女の表情を気にせずに、私は質問を続ける。
「そうね、じゃあ時系列順の方がいいかな。昨日の事をまず聞きたいんだけど、昨日の放課後、授業が終わってからのあなたの行動を教えてほしいな」
「……授業が終わったら、私はそのまま部室に向かいました。曜と一緒でした」
「曜というのは誰かしら?」
「皆月曜。同じクラスで、同じ部活のメンバーでもあります」
新しく出てきた皆月曜さん。彼女からも話を聞く必要がある。
「それで、部活に顔を出して。普段特にこれといった行動はしていないので、
「そこには誰がいたのかしら」
「私と曜、それに舞花と――玲でした」
そこで彼女は言葉を詰まらせる。
「――それで、私は途中で切り上げて、図書室に行きました。そこで空君と、あと南沢ちゃんに会いました」
「時間は、いつなの?」
「部室を出たのが、確か五時半とかです。図書室に着いたのは、すみません分かりません」
空君の証言では、兎川さんが図書室に来たのが五時半過ぎとの事なので、二人の証言は一致した。
そしてその後、図書室での行動と帰宅した時の話は、空君の証言と一致した。ただ興味深かったのは、彼女が部室に忘れ物を取りに行ったときの話だ。
「私が部室に入ると、中には玲がいました」
「……彼女はその時、何をしていたの?」
「……本を読んでいました。私は二、三言だけ言葉を交わして、部室を出ていきました」
「忘れ物っていうのは何かな?」
「傘です」
「雨は降ってなかったよね」
「ずいぶんと前に忘れたもので。ちょっと変わった傘なんです」
「なるほどね。部室を出ていくときに、鍵はかけてないよね」
「……玲が中にいるのに、かける訳ないじゃないですか」
これで鶴来玲さんの、生前の行動がかなり絞られた。七時過ぎ、その時間まで彼女は生きていたことになる。これはかなり有力な情報だ。
「ちょっと話を戻すけど、部室を出ていくとき、他の人たちはどうしていたの?」
「舞花は顔だけ出してすぐに帰りました。確かそれが、四時四十分くらいの事です。私が部屋を出ていくとき、曜はまだ中にいました」
「鶴来玲さんも、ってことね」
「……はい、そうです。私が忘れ物を取りに行ったときにはいなかったので、どこかのタイミングで帰ったんだと思います」
今までの話をまとめると、兎川さんが最後に鶴来玲さんを目撃した人間で、そして彼女にはアリバイが存在するということだろう。
その後質問の内容は今日の行動に移った。その内容も、空君の証言した内容と一致した。
彼女曰く。駅で電車を待っている時に、空君から電話を貰った。如何せん分かりにくかったけれど、何か深刻な事情のようだったので、急いで学校に向かった。そして部室に向かうと、先生と空君がいるのを見つけた。先生に静止されたけど、事件のあらましを知っている事を告げたら先生が動揺して、その隙に部室の中へと入った。
そして、遺体を発見した。
まとめてしまえば、そんな所だった。
「それじゃあ、最後の質問なんだけど。その、鶴来玲さんが殺される理由とか、そういうのに心当たりはない?」
「…………」
兎川さんは何も喋らず、下を向いてしまう。気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、兎川さんの方だった。
「……玲は、恨まれる人間じゃないです」
「ええ、それは分かってるわ」
それきり、兎川さんは何も喋らなくなってしまい、結局、兎川さんへの事情聴取はそれで終了した。
**************************************
放課後になる直前、学校から今日の事件について説明をする機会が設けられた。過馬さんが学校側と話しあった結果、早めに伝える事となったらしい。
生徒には事情を隠す事も検討されたけど、今隠したとしても新聞等で殺人事件があった事は露見してしまうし、警察としても捜査の妨げになる。ここは素直に公表する事になった。
壇上には私と過馬さんが上り、事件の説明をした。ただ、主に発言をしたのは過馬さんだった。
説明役を進んでやるのは珍しいと思ったし、その姿勢も普段からは考えられないほどに凛々しかった。
心配することは何もない、学生生活を脅かす犯人は我々が必ず捕まえる。過馬さんはそう言っていた。
その姿を見て私は感心したものだけど、過馬さんに対しての好感度が上昇したのはそこまでだった。生徒への説明が終わった後、過馬さんはまたふらりとどこかに行ってしまい、またしても私が一人で事情聴取を行うことになった。
あの人に期待した私が馬鹿だった。
そんな訳で私は、またしても一人で事情聴取を行っている。
目の前で座っている女の子は、びくびくと震えてしまっていた。友達が殺されて、しかも自分が事情聴取を受けるというは、誰だって怖いだろう。
「えっと、あなたが西園寺舞花さんでいいのよね」
「ひゃう! ……はい、そうです」
それにしたって怖がりすぎだけど。もともとの性格からして卑屈なタイプなのだろうか。
「あの、わたし、捕まるんですか……?」
「大丈夫よ、ちょっとお話聞かせてもらうだけだから」
「でもそれって、なんやかんやで捕まるパターンですよね……。油断させて失言が出たらそこを突いて、証拠を突き出して捕まえるパターンですよね……」
「いやそんな、ドラマみたいなことはしないって」
……何というか、やりにくい。ただ話を聞きたいだけなのに、これではこっちが悪者だ。
いや、それも違うか。不躾に他人のプライバシーを探ろうとしているんだ。悪者と捉えられてもしょうがないのかもしれない。
「えっとね、西園寺さん。昨日、あなたが何をしていたのか、鶴来玲さんをいつ目撃していたのか、それが知りたいの」
「玲の……事ですか……?」
西園寺さんは身体の前で構えていた両手を外して、伏し目ながらも滔々と話し始めてくれた。
「昨日、私は『超研部』に顔を出しました。授業が終わってすぐです」
「ちょうけんぶって言うのは?」
「超常現象研究部、略して『超研部』です」
「なるほど。それで、そこには誰がいたの?」
「空君以外の人は、全員いました。雨鷺ちゃんだけは、私の後に入って来たんですけど」
「部活では何を?」
「私はその日、用事があったので。顔だけ出してすぐに学校を出ました。確か四時四十分くらいの話です」
「用事っていうのは」
「習い事です。本当は今日のはずだったんですけど、別の予定が入って。昨日にズラしてもらいました」
話が続いていくと、西園寺さんの緊張もほぐれてきたのか、話し方も流暢になって来た。
西園寺さんの話を纏めれば、彼女は昨日殆ど学校に居なかった事になる。なので彼女は、この事件に関わっていないとみて間違いないだろう。あくまでも、その証言が正しいと確定すればだけど。
「その、習い事にはどうやって? 電車で?」
「いえ、送迎があったので。それで直接」
「……? 教習所みたいなって事?」
「……? いえ、家の者が用意したものですけど」
「家の者? ああ、家族の人が送ってくれたって事ね」
「そうですね、家族と言えば家族なのかもしれないです」
「あ、ごめんなさい。変な事聞いちゃったわね」
「変な事ですか……?」
話がかみ合わない。
後に、西園寺舞花さんは日本でも有数の資産家のお嬢様で、この送迎も執事の方が用意したリムジンだった事を知るのだが、この時の私はまだ知らない。
「それじゃあ、昨日は殆ど外にいたのね。習い事というのは、具体的には?」
「ピアノと水泳です。小さい頃からやっていて、水泳は軽くなんですけど」
「場所を教えてもらっていい?」
「はい」
西園寺さんから聞いた住所と名前を手帳にメモする。あとで確認をとれば、彼女が何時から何時まで習い事をしていたのかが分かるだろう。
「習い事は、何時まで?」
「七時とか、八時とか。それくらいまでです」
とすると、鶴来玲さんの死亡推定時刻には、彼女は習い事をしていた可能性が高い。移動の時間で学校に戻ってこれる可能性もあるにはあるが、教えてもらった住所から学校に戻るにはかなりの時間を要するだろう。
つまり西園寺さんは事件には全く関係ない事になる。これ以上話を聞いても、実入りは少ないかもしれない。
「ありがとう、西園寺さん。最後に一つ、鶴来玲さんについてなんだけど」
「それって、私を疑っているって事ですか……?」
「違うから。その、鶴来玲さんが殺された理由について知りたいの。心当たりはある?」
「……それだったら、恋歌ちゃんの事かもしれないです」
「え? 恋歌ちゃん? 西園寺さん、それって一体……」
「去年まで『超研部』にいた人です」
私の言葉を遮るように、西園寺さんは真っすぐ私の眼を見てそう言った。その言葉はさっきまでのオドオドとした喋り方ではなく、もっと別の強い感情を感じさせた。まるでそう、憎しみとか、そんなような――。
「恋歌ちゃんは自殺しました。その原因が玲にあるなんて無責任な噂が流れてて。その噂を真に受けた人間が、玲を殺したんです」
「えっと、ちょっと待って。その恋歌って人が、自殺をしたの?」
「そうです。……私は、許せないんですよ」
ただでさえ話題に追いつけてないのに、重ねなれたその言葉で私の脳みそは付いていけない。
そんな私を放置して、西園寺さんは続ける。
「……玲を殺した人間を、私は憎みます」
*************************************
自殺したらしい、恋歌という生徒に関しては、こちらでも調べた方がいいだろう。彼女の死が鶴来玲さんの死に関係しているのなら、犯人も自ずと見えてくるかもしれないのだから。
さて、西園寺さんが教室を出て行って、次に入って来たのは小さい女の子だった。中学生か、あるいは小学生と見間違えてしまうような、まるで小動物を思わせるような小ささだった。
「……皆月。……曜です」
「私は氷上雹珂です。今日はよろしくね」
「……よろしくおねがいします」
うーん、またもやりにくい。冷静というより、控えめと言った方がいい雰囲気だ。感情が表に出ないタイプなのか、こちらを警戒しているのか、どっちだろうか。
こちらとしても、動揺されたり混乱されたりするよりは会話をスムーズに進められるが、如何せん会話のテンポや主導権を掴みにくい。
『超研部』はどうやら、中々に変わった人間が多いようだ。そう思いながら、私は質問をぶつける。
「昨日のあなたの行動について教えてほしいの。放課後、どんな事をしていたのかとか、玲さんをいつ見かけたとか」
「……昨日は。……五時半まで部室に居ました」
「その時は、誰がいたの?」
「……私が部室に来た時には。……玲がいました。……その後雨鷺と舞花が来ました」
「その二人は、最後まで部室にいたの?」
「……いえ。……ふたりとも途中で帰りました」
その時刻を聞いてみると、西園寺さんと兎川さんが証言した時刻と一致した。
「つまり、皆月さんが帰った時には、鶴来玲さんは部室に居たって事かしら?」
「……ええ。……それは確実です」
「その後帰ったって言ってたけど、それは一人?」
「……いえ。……友達と一緒に帰りました」
その友達の名前を聞いて手帳にメモする。友達の証言と擦り合わせて、彼女の帰宅時間を証言してもらう必要がある。
でもこれで、皆月さんの昨日の行動もしっかり分かった。あとは――。
「じゃあ、皆月さん。最後に一つだけ。鶴来玲さんの死に、心当たりはない? 何か彼女がトラブルに巻き込まれていたとか、そういう話を聞いた事は?」
「……ありません」
「じゃあ、恋歌って人について心当たりはある?」
そこで初めて、皆月さんの表情が変わった。驚愕によって、眼を見開く彼女。
「……恋歌の自殺と。……玲の死に何か関係があるんですか?」
「いえ、そこまでは。ただ、彼女の自殺の理由について知っている事があれば教えてほしいな」
「……知りません」
言いよどんだように思えたけれど、結局彼女は何も喋らなかった。そしてそのまま、皆月さんとの会話は終了してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます