氷上雹珂 +0日(4)




「それで、どうたった?」


 ……あまりにも呑気なその問いかけに、思わずぶん殴ってしまうかとも考えてたけれど、ぐっとこらえて我慢する。


 皆月さんから話を聞いた後、南沢寧々さんや東上先生、そして皆月さんと一緒に帰った生徒から話を聞いた。結果は、『超研部』の証言を裏付けるもので、これで彼女たちの証言は完璧になった。


 そして一通りの捜査も終わり、私と過馬さんは警察署に帰って来た。会議室を借りて、資料をテーブルに並べながら、二人で事件について話し合う。


 とりあえず、被害者の死亡推定時刻が出た。昨日の午後五時から七時半過ぎとの事で、兎川さんの証言と合わせると七時過ぎから七時半過ぎという事になる。

 また、部室からは、部員以外の指紋は検出されなかった。鈍器と見られる電気ポッドの指紋はふき取られていて、誰の指紋も検出されなかった。

 とりあえず、必要最低限の情報を手に入れた訳だ。


「ふむふむ、なるほどね」


 そして生徒たち、主に『超研部』の面々から聞いた事を、そのまま過馬さんに伝える。


「纏めると、兎川さんが鶴来玲さんを最後に見かけた人ってわけだね。そしてそれ以降、他の『超研部』のメンバーにはアリバイが存在すると」

「ええ、そして兎川さんは空君と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能です」

「部室の鍵は、結局誰が持っていたんだい?」

「兎川さんに聞いた話では、鍵は部員全員が持っていたらしいです」


 兎川さんに見せてもらった鍵は、鶴来玲さんの遺体から発見されたものと一致した。他の部員にも同様に見せてもらった結果、それらは同一の鍵だった。


「しかも、他の人間は誰も鍵を持っていないんですよ」

「他のって、そりゃ部員以外は持っていないでしょうが」

「それが、先生方や警備の人すら持っていないんですよ。まさしく、『超研部』の五名以外には部室には入れなくて」

「ふぅん」


 私からすれば、先生も入れない部屋が学校にあるというのは驚きだけど、しかし過馬さんはそんなことわかっていたかのように小さくうなずいた。


「ま、あそこの部室には西園寺のお嬢ちゃんがいるんだから。それくらいの我が儘は通ったんじゃないの?」

「西園寺のお嬢ちゃんって、西園寺舞花さんの事ですか」

「そうだけど……。なんだ氷上ちゃん、知らなかったの?」

「ちゃんは止めてください。え、何の話です?」

「だから、その西園寺舞花さんはあの西園寺家のお嬢様なの」

「本当ですか」


 西園寺家。この町に住んでいる人間ならば、その名前を聞いて思い浮かべる家はたった一つだろう。

 西園寺家は日本でも有数の資産家で、平たく言えばこの町の高額納税者だ。苗字が一緒だから何かしらかの関係者だと思っていたが、まさか本家本筋だとは思っていなかった。

 どうりで話が食い違うと思っていた。


「あの部室の豪華絢爛ぶりも、だからあの子がお金を出したんだろうね」

「はあ、確かに普通の学校にしてはやけに豪華な部室だとは思っていましたけど」

「ま、そこはどうでもいいや。それで、鍵は部員の五人しか持っていないんでしょ」


 そこで過馬さんは無理矢理に話を元の流れに戻した。用意した缶コーヒーをぐいっと飲みこむ。


「とは言っても、その鍵は問題じゃないんだけど」

「遺体発見時、部室は施錠されていませんからね」

「しかも兎川さんは鍵をかけずに部室を出て行ったんだから、入るのも出てくのも鍵はいらない訳だ」


 現実はミステリじゃない。密室なんてそうそう簡単には出てこない。だからこの場合、問題なのはアリバイの方なのかもしれないけど。


「ま、部員の人たちにはアリバイがあるんだから、他の誰かなんだろうけどさ」

「……そうですか?」


 アリバイがある。だからと言って直に容疑から外してしまうのは暴論ではないか。そう言えば過馬さんは今朝から、部員には犯人がいないと言っていた。この人なりの考え方がそこにはあるのかもしれないけれど、私にはどうも納得いかない。


「例えば兎川さんのアリバイは完璧ではありませんが。彼女は空君と一緒に居ましたが、部室に入ったのは一人です。その間に犯行を行う事だって――」

「いや無理だって。一、二分で人を殴って気絶させて刺し殺して。あとは証拠を隠滅してっていうのは無理がある。それに人を待たせていて、いつ入ってくるか分からないような状況じゃあ人は殺せない」

「……それは、そうかもしれませんが」

「今朝も言ったでしょ。自分たちの部室で部員が人を殺したりしないってさ」

「…………」


 確かに過馬さんの言っている事は一理ある。一理どころか十理くらいはある。

 状況を考えれば、部員が怪しまれるのは必須だ。そんな状況で部員が犯行を行うのはリスキーだし、それに部員には全員確固たるアリバイがある。これを覆すのは無理だろう。


「……じゃあ、過馬さんはどう考えているんですか」

「だから、今朝も言ったじゃないか。外部の人間だよ。学校外の不審者って可能性だってあるし、校内の誰かかもしれない。まあ学校外の人間だと目立つし、校内の誰かだろうけど」

「……それでも、納得しにくいものがあるんですけど」

「そうかい?」

「だって、外部の人間からすれば部室には鶴来玲さんしかいないなんて分からないじゃないですか」

「呼び出されていたのかもしれない。今の時点では、なんとも言えないさ」


 私はため息を一つ吐く。それに合わせるように過馬さんも缶コーヒーを飲み干した。

 少なくとも過馬さんの論理は間違っていないのだから、個人的な感情で口出しするべきじゃない。むしろここは、切り口を変えるべきだ。

 そう思い、私は西園寺さんから聞いたある生徒について切り出す。


「……じゃあ、恋歌という生徒について、過馬さんはどう思いますか」

「ああ、樹村恋歌さんの事かい?」


 ……え?

 ちょっとまて、樹村恋歌? 私は恋歌という生徒の苗字について話はしてないけど。

 なんで過馬さんが知っているんだ?


「……なんで俺が知っているんだって、そう言いたいんだろ」


 過馬さんはしたり顔で私の方を見る。綺麗な瞳で内面を見透かされているような気がして、面白くない。

 いやそれよりも、なんで過馬さんが恋歌(本名は樹村恋歌というのだろうか)という生徒について知っているのかだ。

 私が疑問符を、表情を使って過馬さんに投げかけると、過馬さんはにやりと笑った。


「簡単だよ、その事件は俺も去年小耳に挟んでてさ。今日帰ってから資料を調べていたんだよ」

「あ、そうだったんですか」

「あと、今日生徒に対して聞き込みをしてた。だから噂話がどんなんかってのも知ってる」

「何してたんですか!?」


 まさか私が『超研部』から話を聞いていた時にそんなことをしていたとは。というか、随分と勝手な真似である。無暗矢鱈とそんなことを吹聴して周って、余計な噂が流れたらどうするつもりなんだろうか。

 私の動揺なんて素知らぬ顔で、過馬さんは話を続ける。


「ま、それで大体の事は掴んでいるよ。去年自殺した生徒がいたってことも、その生徒が『超研部』所属だったってことも、その自殺の原因が『超研部』の誰かにあったかもって事も」

「……実際に、どうだったんですか。警察は、その自殺の原因を掴んでいるんですか?」

「いや? というか去年の事件、結構捜査に邪魔が入ったというか」

「それって」

「西園寺家だよ。あの家の力で、自殺って事で捜査を打ち切りにしたらしい。まあ学校側から、西園寺家を頼ったんだろう。学校としても殺人事件にはしたくないしね。そうで無くても、自殺事件の詳しい調査なんてしないさ」

「……そんなの、可笑しいですよ」

「でもしょうがないだろ。それに自殺現場の資料を見せてもらったけど、あれは間違いなく自殺だよ」

「……それで、過馬さんはどう思っているんですか」

「ん、何が?」


 とぼけた顔で過馬さんは聞き返す。缶コーヒーを振って、中身が無い事を確かめながら。そのやる気のないような手ぶりに、私は少し腹立たしくなる。

 こんなにも特殊な、物語のような事件を前に、どうしてもっとやる気が出ないのか――。


「……だから、過馬さんの意見です。過馬さんはその自殺事件と今回の殺人事件が、どの様に関係していると思うんですか」

「……うーん、難しいね」


 手を組んで、空を仰ぎ見る。考え事をするときのこの人の癖だ。


「普通に考えれば、自殺事件とこの事件の犯人は同一だと思うけど」

「それはつまり、樹村恋歌さんの自殺を唆した人間と、今回鶴来玲さんを殺害した人間は一緒という事ですか?」

「ああ。二つの事件を完全に別個にして考える事も出来るのかもしれないけど、それだと些か距離が近すぎる。何かしらの共通した思惑がそこにはあると思うな」

「じゃあ、共通要素である『超研部』の人間が怪しいという事に――」

「だから、それは無いって。まあ関係性が無い事はなさそうだし、そこらへんの調査もしてみるべきなのかもねえ」


 そういいながら、過馬さんは机の上の資料を片付け始める。話はこれでお終いと言わんばかりだ。というか、もう帰りたくてしょうがないのかもしれない。


「兎に角、このままじゃあ容疑者が多すぎる。とりあえず鶴来さんがなんで殺されたのか、それをまず探るべきだろうね」

「……そうですね」

「おいおい、落ち込まないでよ」


 いつの間にか立ち上がった過馬さんは、私の肩をバシバシと叩く。三回目も叩こうとしたその手を、逆にパシッと叩き落す。面食らった顔をしているが、私は罪悪感を感じない。


「……セクハラって、何回言えばわかるんですか」

「別に胸とか触ろうとしたわけじゃないんだし、いいじゃんそのくらい」

「肩も胸も一緒です。同じ肉の部位です」

「いや、同じってのは大分強引な気もするけど……」


 肩を竦めて、ため息を吐く過馬さん。私の顔を覗き込むようにして、調子を伺おうとする。


「……氷上ちゃん、結構気負ってない?」

「ちゃんは止めてくださいって言ってるじゃないですか」

「まあまあ、それは置いておいて。どうなの? 実際」


 過馬さんの表情は真剣で、決してふざけながら言っている事でないと分かる。その眼を直視できず、つい目を逸らしてしまう。

 気負う。過馬さんに言われるまで気づかなかった自分の内心。今の私の心境を一言で表すのならば、そうなのかもしれない。


「……違いますよ、過馬さん。気負ってないです」

「そうかい? そう見えたんだけどねえ」

「気合入っているのは事実ですけどね。だから過馬さんも、もっとキビキビ働いてく下さい」

「それがねえ、俺が真面目に働くと迷惑かかる人がいるんだよ」

「そんな人はいません」


 軽口をたたき合いながら、私たちは会議室を出ていく。

 気負っているという過馬さんの発言は、残念ながら少しも正しくない。


「……なりたいんだ」


 誰にも聞こえないように、小声でつぶやく。

 そうだ、私はなりたいんだ。密室だとかアリバイだとか、そんな小説に出てくるような難事件をかっこよく解決するような。




 私は名探偵ヒーローになりたいのだ。


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