鶴来空 +7日(4)




「…………行っちゃった」


 過馬さんを見送ると、僕はまた一人きりになる。さっきまで座っていた椅子に座り直して、僕はさっきの会話を想い出す。


「…………自分の物語、か」


 僕はきっと今まで、自分から行動する事が怖かったんだろう。自分の所為で何かが変わってしまう事を恐れていたんだ。

 だから傍観者であろうとした。傍観者でいたかった。そうすれば、傷つかないから。

 でも姉さんが、もしかしたら人を殺したんじゃないかって知って。それで深入りして、余計な事をして。

 結果として、色んな人を無くしてしまった。

 傍観者でも何でもない、傷つく事が嫌いな、ただの人間だった。そしてただの人間は罪人になった。

 それでも僕は、自分が主人公と言えるのだろうか。


「…………いや、それを受け入れなきゃいけないのか」


 自分のやった事を、罪を受け入れて。

 そこから物語は始まる。僕という、どうしようも無い人間の物語が。

 

「ああ、そうだ」


 過馬さんの話ですっかり忘れていたけれど、そもそも僕がこの部室に来たのは、過馬さんとの話だけでは無かったんだ。

 僕にはもう一つの用事があった。この『超研部』の部室の掃除だ。

 『超研部』の廃部が決まった以上、その片付けは早急に行わなくてはいけない。


「さて、と」


 まずは私物でも片付けようかな。

 そう思いながら、部室の棚をあさる。姉さんの私物は回収してあるから、あとは僕の物だけになる。

 幸いにも僕の私物なんて微々たるもので、片手でも抱えきれるくらいの量しかなかった。バッグに入るか心配だったけど、この分だと杞憂で済みそうだ。

 僅かな私物をバッグに入れようとした時。


「…………あ」


 バッグの中に、あるものを見つけた。

 それは一枚の写真。『祝 超常現象研究部設立』という文字の写った――――部活設立時の写真だった。


「…………そもそも、この写真がきっかけだったんだっけ」


 僕がこの写真を見つけて、そこから樹村先輩の自殺について調べて。そして色んな事があった。

 この写真が、すべての始まりだったのだ。あるいはこの時が、先輩たちの物語の、始まりだったのかもしれない。

 写真の中の先輩たちは、とてもいい笑顔だった。姉さん、西園寺先輩、兎川先輩、皆月先輩、そして樹村先輩。

 自分たちの身に何が起きるのか、自分たちが何をするのか。そんな事は何にも気づいていないように。ただ思い思いの笑顔を浮かべている。


「……………………」


 でも、もうお終いだ。

 この部活ももうなくなるし、姉さんたちもここには戻ってこない。

 彼女たちの物語は、もう終わったのだ。


「…………悲しい物語」


 過馬さんが言っていた事を、僕はもう一度呟く。

 彼が言っていた通り、姉さんたちの物語は悲しい物語だった。

 元々は、光り輝く物語だった。個性豊かな彼女たちには色んなイベントがあって、喜んだり悲しいんだりしながら成長して、笑い合うような物語。

 でもその物語は、悲しい終わり方だった。それは僕の所為で、やっぱり彼女たちの所為でもある。


「それももう、終わった事か」


 もう終わった物語。それを受け入れよう。

 読み終わった物語は本棚に仕舞われて。そして暫し眠るだけだ。


「そして僕の物語を始めなくちゃな」


 僕はきっと、迷いながら傷つきながら生きていく。それは正しくなかったり美しくなかったり、後悔と恥辱にまみれた汚い物語。

 でもそれだって、立派な僕の物語だ。

 罪を背負って、悲しんで、それでいい。それがいい。

 そうすればきっと、彼女たちの悲しい物語も、僕の中で生き続ける。

 終わった物語にも、意味がある。

 

「……………………」


 僕は立ち上がって、部屋の隅っこに移動する。そして右手で持っていた写真――――『祝 超常現象研究部設立』と映った写真を両手で構える。


「それじゃあ、さよなら」


 さよなら、残酷な彼女たちの物語。


「さよなら、悲しいだけの物語」


 そして僕の物語を、始めよう。








 僕は手に持った写真ゴミをびりびりに破いてゴミ箱に捨てた。






―了―

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さよなら、悲しいだけの物語 西宮樹 @seikyuuki

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