鶴来空 -1日
放課後。今日は図書委員の仕事があったので、南沢と一緒に仕事をしている。
図書カウンターで人が手続きをしに来るのを待つが、しかし今日は客足があまりなくて、暇で暇でしょうがなかった。
すると南沢は、機会を伺っていたように話を切り出した。
「ねえ鶴来。事件の事、何か分かった?」
「あー、うん、それね。その事ね。それなら只今鋭意調査中で、続報をお待ちいただければ幸いです」
「なんか誤魔化されたような…………」
南沢は僕の顔を除きこんでじーっと見つめてくるが、僕は真面目な図書委員を装ってずっと前を見据える。南沢とは視線を合わせない。
しばらくそんな奇妙な絵面が続いたけど、ふと南沢は前を向いた。
「まあ鶴来が諦めたなら、別にそれでいいんだ。本当にまだ調べているんなら、いくらでも協力するけどさ。テスト前は別として」
「テスト前は僕だって勉強するよ。…………まあ実際、大分諦めているんだよね。新しい証拠だって見つからないしさ。そもそも去年の事を今さら調べて何になるのって話だし」
「…………うん、そうだね。本当は『超研部』の先輩たちの無罪を証明したかったけど、しょうがないよね。それに噂なんて、暫くすれば無くなる訳だし」
「そうそう。あんまり首突っ込んで知りたくない事知ったらしょうがないしな」
本当は色々と知ってしまったけれど、それは南沢には言えないだろう。流石にショックが大きすぎるだろうし。
そんな暗い話は早々に切り上げ、僕たちは駄弁りながら図書委員の仕事を行っていく。しばらくすると、兎川先輩が現れた。
「やっほー空君」
「あ、兎川先輩」
「こんにちは兎川先輩」
兎川先輩は僕達がいるカウンターに、腰をかけるんじゃないかってくらい遠慮なく体重を預けて話しかけてきた。
「真面目に仕事してる? してなかったら図書委員長に言ってクビにするけど」
「開口一番で人を退職させないでくださいよ。ええと、南沢は、たしか兎川先輩の事を知ってるんだっけ」
「うん、そうだよ。生徒会にも誘ってもらってるんだー。…………あれ、私が兎川先輩と知り合いって、鶴来に言ったっけ」
「私が言ったんだよー」
「ああ、そうなんですか」
「それで兎川先輩。今日は本でも借りに来たんですか?」
「…………うん、まあそんなところかなー。ついでにちょっと読んでいこうと思ってさ」
「どうぞどうぞ。借りる時は言ってください」
「オッケー」
そういって兎川先輩は本棚の方へと歩いて行った。
「しっかしまあ、鶴来も凄いよね。兎川先輩ならいざ知らず、西園寺先輩、皆月先輩と色んな人と知り合いなんだから」
「姉さんのおかげというか、姉さんがいなきゃ知り合いにもなれなかったんだから。僕が凄いとかじゃないよ」
「それでもだよ。実際、気圧されたりしないの?」
南沢は純粋な眼でそう聞いてくる。ふぅむ、気圧されるか。確かに『超研部』の人たちはかなり突出していて、僕なんか価値のない路傍の石ころと同意義になるだろう。
「でも、気圧されたりはしないよ。僕は傍観者だからね、そういうものだって諦めているんだよ」
「傍観者、ねぇ。あんまりそういう言い方は好きじゃないな」
少しだけ気を悪くさせてしまった。実際にそう思っているのだからしょうがないと思うけど。
「まあそれはともかく。なんというか僕は、紙みたいなもんだから。紙を殴ったって破けないじゃん?」
「納得できるような、納得できないような」
「実際あの先輩たちからすれば、僕は所詮姉さんの弟って、それだけの立場だよ」
「そうなのかなぁ。そんな事ないと思うんだけど」
「そうそう、そんなことないよー」
「うわっ!」
「きゃっ!」
僕達の後ろから急に声が響いて、思わず僕達は短い悲鳴を上げる。周りの視線が痛いけど、それよりも気になるのは自分の後方だった。
急いで後ろを振り向くと、そこにいたのは兎川先輩だった。
「あ、ごめん。ふぇっとさせちゃったね」
「ふぇっとと言われればそれっぽいけれど…………。で、兎川先輩は何してるんですか?」
「そうですよ、ここ図書委員以外立ち入り禁止ですよ」
「まあまあ、生徒会長権限だと思って」
「すみません、ここ治外法権なんですよ」
気にしない気にしないと朗らかに言いながら、兎川先輩は手短な椅子に腰かける。ほんと自由だなこの人。
「本はもう選び終えたんですか?」
「いや、まだだよー」
南沢が質問をして、兎川先輩が気の抜けた返事をする。兎川先輩の手元を見ると、手荷物以外は何も持っていなかった。
てっきり何かお目当ての本があって図書室に来ていたと思っていたけれど、そうでもないのか。
「ちょっと気になってる話をしてたからさー。空君、自分の事をそんな風に思ってたんだーって」
「…………えっと、僕は所詮姉さんの弟、それだけだって話ですか」
「いや、傍観者だって所」
そんな所から話を聞いていたのかよ!
人の会話を盗み聞きするとは、酷い話だ。なんというかこの前から、この人の色んな所をよく見るなあ。残念な所も、暗い所も。
「別に空君は傍観者だとは思わないけどなあ」
「そうですか?」
「うん。空君は何というか、逆なんだよ」
逆?
それは、僕がスターで人の中心に立っているような、そんな存在という事だろうか。
物語の主役だという事だろうか。
「いや、そんな訳ないですよ。そんな僕がスターで皆からの羨望を集めて、まるで芸能人のようだなんて」
「誰もそこまで言ってない」
「ぺたりとも言ってないねー」
南沢と兎川先輩、二人からの容赦ない突っ込みが入る。
じとーという音が聞こえそうな程鋭い視線だったけれど、でも心なしか楽しそうでもあった。
「それは冗談としても。逆ってどういうことですか」
僕が話を戻すと、兎川先輩も何でもなかったかのように話を続けた。
「空君はさ、人に影響を与える人なんだよ。知らず知らずの内にね」
「影響ですか?」
「うん」
兎川先輩が僕の事をじーっと視線で射貫く。思わずたじろいでしまう程、本当に視線が刺さるのではと危惧するほど、それは鋭い視線だった。
「意外と空君がいると何かが起こったり、そういう事があったりすると思うんだー」
「そんなもんですかね」
兎川先輩は勘違いしているけれど、僕はそんなんじゃない。
僕には誰かを変える力なんてないし、誰にも影響を与えたりはしない。
だって僕にそんな力があったなら。
誰かを変える事が出来るのなら。
姉さんはあんな事をしないはずだから。
「…………っと、そろそろ本でも借りようかな」
突然兎川先輩は立ち上がって、カウンターから出ていく。こちらをちらりと振り返り、手を振ったかと思うと、クルリと反転して本棚の方へ向かった。
「…………なんというかさ」
僕の隣で、兎川先輩との会話を黙って聞いていた南沢が口を開いた。
「ほんと、嵐みたいな人だよね」
「本当にな」
そしたら僕は凪かな。
なんて、くだらない事を思ったりした。
**************************************
その後、しばらくのんびりとした時間が流れた。
僕と南沢は図書委員の仕事を行った。ちらりと兎川先輩の方を見ると、何かハードカバーの本を読んでいた。
兎川先輩が来たのが五時四十分だったけど、今はもう七時になっていた。その時間にもなれば、図書室にはもうほとんど生徒は残っていなくて、図書室には僕と南沢と、それと兎川先輩だけになった。
「それじゃあそろそろ閉館にしますか」
「うん、そうだね。兎川せんぱーい。そろそろ閉館にしますよー」
南沢がそう呼びかけると、兎川先輩は顔を上げて席を立った。そのままこっちに本を持ってくると思ったけれど、兎川先輩は本棚の方へと向かった。
「あれ、兎川先輩本借りないのかな」
「気に入らなかったんじゃないか」
兎川先輩は元々持ってた手荷物だけ持って、カウンターへとやって来た。
「いやー、結局借りない事にしたよ」
「面白くなかったんですか」
「漢字が難しかったんだー」
「ああ、なるほど」
それは確かに、ハーフの兎川先輩にはつらいかもしれない。
「それじゃあ、帰りますか」
僕達は図書室を出て施錠する。一旦職員室によって、図書室の鍵を返す。
他愛もない話を三人でしながら、僕達は校門を出る。
「それじゃあ、また明日ねー」
「おーう、また明日ー」
「南沢ちゃん、それじゃあねー」
南沢の家は近いので、彼女は徒歩で学校に通っている。それもまた、朝のHRぎりぎりに現れる原因なのかもしれない。
僕と兎川先輩は駅のある方向へ一緒に歩く。しばらく歩いた所で、兎川先輩があっと声を上げた。
「しまった、部室に忘れ物しちゃった」
「何ですか?」
「ジャッカロープ傘」
「…………ん? じゃっかろーぷかさ? 何ですかそれ?」
「知らない? ジャッカロープっていうUMA。ワイオミング州に住んでてウサギに鹿の角が生えてるの。ほら私の名前ってウサギと関係性深いからさー。好きなんだよねジャッカロープ」
「いやジャッカロープなんて知りませんし、そんな傘がある事に驚きですし、自分の名前がウサギと関係しているのならウサギを好きになりましょうよ」
くそっ、言いたい事が多すぎてまとまらない。そして兎川先輩は僕の突っ込みを完全にスルーした。
「ごめん空君。私部室に戻るよ。先帰っててもいいよー」
「いえ、僕も戻りますよ」
「そう? じゃあ一緒に行こっか」
僕達は来た道を戻って、話をしながら学校へと引き戻る。途中、時計塔の前を通った。
…………時計塔を見ると、いやでも思い出す。思い出してしまう。けれどもう終わった事だ。
僕は気にしないようにして、時計塔の傍を通り過ぎる。そして部活棟の前までくる。
翆玲高校の部活棟は変わっていて、プレハブとかの簡易的なものでなくしっかりとした、小さい校舎のような建物を部活棟として使っている。なので我々『超研部』もしっかりとした施設を使用できるのだ。
「空君はどうする? 中まで行く?」
「いえ、ここで待ってますよ」
「分かったー」
そう言い残して、兎川先輩は部室棟の中に入る。
しばらくぼーっとして待っていると、兎川先輩は僕の隣に現れた。
「いこっか」
それだけ言って、すたこらと歩いて行ってしまう。それに追いつくように、僕も小走りで駆け出した。
**************************************
兎川先輩と僕は、電車の方向は逆だ。なので駅に着くまで話をして、僕と兎川先輩は別れた。
「……………………あれ?」
家に帰ると、姉さんは居なかった。
まだ学校にいたのかな。それともどこか遊びに出かけてる?
まあ姉さんは結構出歩く事も多いし、どうせどこかで遊んでいるのだろう。それに姉さんも僕には心配されたくないだろうし。
僕はそう思って、姉さんの事は気にかけない事にした。
結局姉さんは、その日帰ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます