鶴来空 -2日
昨日は結局、不審そうに僕を見る南沢を誤魔化して学校を出た。鍵はしっかり兎川先輩に返した。
南沢には最後まで、姉さんが犯人だという可能性を伝える事はできなかった。それを南沢は知らない方がいいだろうと、そう判断したのだ。
そして僕は今、学校で授業を受けている。
「…………」
手を立てて、そこに顎を乗せて、窓から時計塔を見る。ここからだと、屋上も時計塔の文字盤も半分づつしか見えない。
あの屋上で、樹村先輩は殺されたんだ。姉さんの手によって。
僕は眼を瞑って、思い出す。昨日たどり着いた真相の事を。
昨日、時計塔で真相にたどり着いてから、僕は自室でノートに向き合っていた。姉さんからの半ば強制的なお誘いを無理やりにでも先延ばしにして、僕は昨日の事を纏めた。
「…………」
あの時僕が書いていた事は、多分に想像ばかりの真相だ。あれが本当に真相かどうかは決して分からないし、分かりもしない。
けれど、それでいいのだ。別に警察にこの事を報告しようとか、世間一般に公表しようとか、そんな気持ちは一切無い。
強いていうなら、ただの自己満足なんだろう。自分の感情を発散するための儀式でしかない。
僕はノートに、事件の真相を書いた。
僕なりの真相を。あの日樹村先輩と姉さんの間で紡がれた物語を。
**************************************
『
鶴来玲がいかにして樹村恋歌を殺害したのか
このノートに書いてある以下の文章は、決して真実であると断定している訳ではありません。多分に僕の想像が含まれていて、もしかしたら真相とは程遠いのかもしれません。
樹村恋歌の死は、ただの自殺だったのかも。
けれど僕は、僕なりに辿りついた真実ってやつを書いていきたいと思います。証拠もない、想像と仮定から導いた結論ですが、ぜひ喜んでいただけると嬉しいです。
ああ、それと一つだけ。
僕は今から書く内容を、真実だと確信しています。
さて、事件当日ですが。
鶴来玲は樹村恋歌を時計塔に呼び出しました。
この時重要なのは、時計塔の屋上に呼び出したという訳ではないのです。そもそも鍵のかかっているであろう時計塔の屋上に呼び出したと言っても、普通は行けると思わないでしょうし、警戒もします。
ただ時計塔の傍なら、多少は心理的ハードルも低くなるでしょう。
樹村恋歌をいかにして呼び出す事が出来たのか、それは僕にはわかりません。きっとそれは動機にも関係している事でしょうし、その動機を僕は知らないのだから何かを言う権利はありません。
さて樹村恋歌を呼び出した鶴来玲は、そこで樹村恋歌を気絶させます。
この気絶させた方法も、僕には定かな事は言えません。
ただ、姉さんは格闘技を習っていたので、首を絞めて相手を気絶させる方法は熟知していたでしょう。あるいはスタンガンを使ったとか、鈍器で頭を殴ったか。
屋上から墜落して損傷した遺体では、これらの跡を見つけるのは難しいでしょう。それを考えると、方法はいくらでも考えられますし、鶴来玲もそれを把握していたのかもしれません。
そして樹村恋歌を気絶させた後、今度は時計塔の屋上に向かいます。この時必要なのが、時計塔の鍵です。
時計塔の鍵は事前に生徒会から盗んだのでしょう、姉さんは生徒会長である兎川先輩と仲が良かったので、鍵の位置も把握していたのかもしれません。あるいは、生徒会に人がいないタイミングも把握していたのかもしれません。
なんにせよ、生徒会室から鍵を盗るのは難しい事では無かったと思います。
時計塔の屋上に着いた鶴来玲は、ここでロープを使います。
この時使ったロープは、案外私物だったのかもしれません。鶴来玲の趣味の一つに、アウトドアがありますから。ロープを持っていたとしても不自然じゃありません。そしてこのアウトドア趣味が、トリックの重要な要素になります。
取り出したロープは、かなり長い長さだと推測されます。多分時計塔の屋上から垂らしたら地面について、それでもかなり余るくらいだと思います。この長さも、トリックに重要な要素となります。
このロープの片端を、鶴来玲は地面に落としました。その片端はそのままではなく、首を吊れるように加工して、です。そしてもう片端をフェンスにひっかけるように通して、また外に出します。こっちはまだ加工をしません。
こうしてロープは、地面から時計塔の屋上へと向かい、そしてフェンスに引っかかるようにしてまた外へと伸びる。そんな形状になりました。
ここまで行った後、鶴来玲はもう一度外へ向かいます。
そして屋上から垂らしてあったロープ――――首つりの加工をしてあるロープに樹村恋歌の首をひっかけます。
この時、樹村恋歌の身体は時計塔の壁にもたれ掛けさせたと思います。その方が首つりがスムーズにいくからです。
これで地上での加工はひとまず終了で、もう一度屋上に向かいます。この時、扉は内側から施錠します。
二つある扉を施錠しながら屋上へと向かい、その時使った鍵は屋上に置きます。
これで時計塔は施錠されました。
密室の出来上がりですね。
さて、問題はここから、鶴来玲がどうやってこの屋上から脱出したのかです。
時計塔は当時、密室と呼んでも差し支えない状況で、普通に時計塔から降りただけでは成立しない状況です。
じゃあどうしたのか。
この考えを思いつくのに、密室という言葉そのものについて考える事が重要でした。
密室。つまり密閉された部屋という意味。
しかし時計塔は決して密閉されていた訳でもないし、部屋という訳でもないです。三方が壁に囲まれていたけれど、しかし天井と壁の一部は無いのだから、密閉はされていないし部屋とも呼べません。
つまり、犯人は至極単純に。
壁のない所から脱出したのです。
しかし単純に脱出したのではないです。
勿論ハンググライダーを使ったとか、あるいはスタント用のクッションを使ったとか、そういう訳ではありません。
ではどうやって脱出したのか。それは樹村恋歌が首吊りをしていたのと関係性があります。
そもそも樹村恋歌を殺し、それを自殺に見せかけるのに、首吊りというのも違和感があります。
なんで時計塔の屋上で首吊りに偽装する必要があるのか。首吊りをするのならもっとそれらしい場所があるでしょうし、時計塔の屋上なら飛び降りにみせる方が自然です。
しかも首吊りだけでなく、結果として落下、つまり飛び降りのような状況も発生しています。
首吊りをした挙句、落下した。そんな不可思議な状況は、それが必要だったからこそ起こった現象なのです。
具体的な方法はこうです。
鶴来玲は屋上にたどり着くと、ロープの片端を手にします。これは当然樹村恋歌と繋がってない方です。
フェンスの向こう側から持ってきて、ロープを体に結びます。ここでは何か専用の器具を使ったのかもしれません。
何専用か、それは懸垂下降です。
栄養ドリンクのCMとかで目にする、崖から飛び降りるやつですね。鶴来玲はアウトドア趣味があったので、そんな器具を持っていても不思議ではないでしょう。
ここまで書けばもう分かると思います。そう、鶴来玲は、時計塔の壁を歩いて下まで降りたのです。
しかし普通に懸垂下降を行うには問題があります。
一番の問題は安全性で、通常行う懸垂下降だって安全には気をつかうでしょう。
じゃあ逆に、一体何がそんなに危険なのか。それは当然、自分の体重に起因するでしょう。
体重があるから落下するし、だから落下しないように支えだったり器具が必要になるのです。
つまり。
体重さえ無かった事に出来れば、安全は確保されます。
そしてそれを可能にするのが、ロープのもう片端につなげられている――――樹村恋歌なのです。
ロープを体に巻いた鶴来玲は、そのまま慎重に屋上から脱出します。
普通ならそのまま地面に激突する所ですが、そうはなりません。ロープの反対側には、樹村恋歌が括り付けられているからです。
釣り合うんですよ、鶴来玲の身体と樹村恋歌の身体は。
二人ともそこまで一般的な女子高校生から逸脱した体形ではないですし、多少の誤差はあれど、まあ釣り合うレベルだと思います。あくまで推測ですが。
釣り合う、つまり体重は無視されるという事です。
こうして鶴来玲は、屋上から脱出する事に成功します。
さて鶴来玲が屋上から脱出している間。
樹村恋歌の身体はどうなるでしょうか。
鶴来玲が下に行けば行くほど、当然樹村恋歌の身体は上に上に向かいます。上に向かう、つまりは首を上に引っ張られるという事です。
結果どうなるか。ここで初めて、樹村恋歌は首吊りをしたんですよ。
この時樹村恋歌が起きていたのかどうかは分かりませんが、きっと起きずにそのまま死んだ事でしょう。起きたなら、抵抗した跡が出てくるはずですから。
鶴来玲が下へと降りる一方、樹村恋歌は上まで引っ張られます。
この時に、時計塔の壁に跡が付きました。写真に写った等間隔についた小さな跡はきっと鶴来玲がつけた足跡で、ずっと続いていた跡は樹村恋歌が上に引っ張られた時についた跡だと思います。
足跡は案外、靴を脱いでいたのかもしれません。そうすれば跡が残りにくいですし。完全に想像ですが。
こうして懸垂下降で下まで降りる事の出来た鶴来玲ですが、ここで樹村恋歌はどうなっていたかというと、ある程度屋上の近くまで到達していたと思います。
地面に着いた鶴来玲は、ここでロープを切り離します。
そうすれば、樹村恋歌と鶴来玲の間になったつり合いの関係はなくなり、上にあった方は下へと落下します。
首吊りをした、樹村恋歌の死体です。
こうして樹村恋歌は、首吊りをした後で地面に落下した、不可思議な状態になったのです。
さて樹村恋歌が地面に落下する直前、鶴来玲はある程度距離をとります。これは血しぶきを回避するためです。
ロープを切り離してから落下するまでの時間はある程度あるでしょうから、そう難しくないと思います。
そして落下した樹村恋歌の死体に対し、ある作業をします。
それは樹村恋歌の死体に巻き付いたロープをある程度回収する作業です。
首吊りのために使ったロープがあまりにも長すぎれば、他の用途を疑われてしまいます。
そのため、不自然にならない程度ロープを回収する必要があった訳です。
問題は血しぶきです。
血の海に沈んだロープを回収すると、ロープの部分だけ不自然に跡が残ります。だから鶴来玲はロープを十分に回収できず、途中で切り取るしかなかったんです。
そんなトラブルもありつつ、鶴来玲は時計塔の屋上から脱出を図り、樹村恋歌の死を多少不自然なれど自殺に見せかけられて。
こうして鶴来玲の殺人は終了しました。
以上が僕の推測になります。
決して推理ではありません。推理と呼ぶにはあまりにも杜撰だし、それに憶測と決めつけも多すぎます。
それに何より、証拠は何一つありません。
そもそも樹村恋歌と鶴来玲の体重が釣り合うかどうかも知らないですし、たとえ釣り合ったとしても、その体重を頼りに時計塔の屋上から半ば飛び降りるような形で懸垂下降をするというのは、やっぱり自分でも無理があるように思えます。
しかしそれでも、僕は自分のこの考え方が正しいと、そう思っています。
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僕は授業なんてそっちのけで、昨日書いたノートの事を想い出す。推理とは呼べない、推論に推論を重ねた、いうなれば妄想のようなものだろう。
そういえばあの後、姉さんに呼ばれて部屋に行ったんだっけ。
「……っと」
なんて考えていると、いつのまにか本日最後の授業は終わっていた。周りは授業の片づけを行い、速攻帰るやつもいればしばらく喋っているやつもいて色々だ。そろそろ期末テストも近づいていて、部活をできるのも残りわずかな日数しかない。そのため、急いで部活に行く人間も多い。
さて、僕も急ごう。
先輩が待っているのだから。
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