第8話 新たな街へ (最終話)

 ジェシカさんの知人が五名トリマーの勉強をしたいと言って来たので僕のところで預かっている。

 皆、僕と違って優秀な魔法師になれる魔法力の持ち主だ。

 彼女達……五名全員女の子……は僕かジェシカさんの指導で仕事を覚えている。

 魔法医師志望の子も居れば、軍事関係の仕事に嫌気がさしてトリマーを目指す子も居る。

 ジェシカさんから話を聞いて、他の街にはないトリマーという仕事に興味を覚えた子達ばかりだ。

 

 若い女性にトリミングして貰えるというので、男性のお客さんも増えた。

 まあ、気持ちは判る。


 女性も同性のほうが相談しやすいのだろう。

 僕よりも女性従業員に雑談混じりに肌の相談しているようだ。

 これも仕方ない。


 お客さんにとって少しでも気持ちの良い空間になるなら現状は良いことだ。


 彼女達が来てそろそろ三ヶ月になる。

 ほとんどの仕事を一人でこなせるようになってきた。

 あとは場数を踏んで経験を積むだけだろう。


 どこに行ってもお客さんに喜ばれるトリマーになって欲しいよね。


 そんなある日チョココさんから呼ばれた。

 

 「アレックス。君にはここを辞めて貰いたい」

 「え? 」


 チョココさんの優しい声も聞こえない。

 横で微笑む奥さんの顔も見えない。

 その時の僕はショックで目の前が真っ白になっていた。

 

 「ここはジェシカくんと他の女の子達で十分まわるからね」

 「……ああ……はい……」


 やっぱり僕よりも魔法を使える人の方がいいよね。

 若い女性陣のおかげでお客さんも急に増えたしなあ。


 「あなた、きちんと説明しないとダメですよ? 」


 奥さんがチョココさんを睨んでいる。


 説明って……ああ、退職金とかそういう話か……。

 借金はないし、それなりに貯金もあるから、そんな話は落ち着いてからでいいんだ。


 「実はだな。隣のサンドニタウンに私の親友がいるんだが、そこでアレックスに働いて貰いたいんだ」

 「……え? クビなんじゃあ? 」

 「すまんすまん。そうじゃないんだよ」


 以前から、チョココさんの親友……やはり魔法医師だそうだ……はトリマーの僕を欲しがっていたのだという。

 シャーロットタウンでの評判もいいし、実際に僕のトリミングも、知人の獣人に経験させたという。

 

 獣人に優しい街にシャーロットタウンがなった影響で、サンドニタウンにも獣人が増えたのだという。シャーロットタウンで仕事を見つけられなかった獣人がサンドニタウンで仕事を見つけて留まっているらしい。


 獣人が街に増えて、チョココさんが昔経験したように、重症の患者を減らす必要が出たとのこと。 

 そこでどうしても経験豊富なトリマーの僕に手伝って貰いたいとチョココさんのところへ頭を下げてきたのだという。


 長年一緒にやってきて、お互いの性格も仕事も判っている僕を手放すのは悩んだとチョココさんは言う。

 だけど、サンドニタウンの獣人のことも考え決断したとのこと。


 「給与はここよりも良いし、その他の待遇も良い。ただ、最初から始めることになるから、君が十年前に経験した大変な日々をもう一度繰り返すことになるだろう」


 チョココさんは優しい笑顔で続ける。


 「だけど、君のことはこの街では知れ渡っている。この街からサンドニタウンへ行く人は皆君のことを知っている。その人達はサンドニタウンに君がいて安心してくれるだろう」

 「……はい」

 「必要なモノは全て親友が用意してくれる。彼の医師としての腕は私が保証する。頼む。行ってくれ」

 「チョココさんが拾ってくれなかったら……仕事に困っていた私が、誰かから望まれる日が来るだなんて想像もしていませんでした」

 「何を言う。君は自分で努力してこの街で認められた。君を必要とする人は今では大勢居るんだ」

 「ありがとうございます……サンドニタウンに行きます」

 「そうか、行ってくれるか、ありがとう」


 チョココさんは僕の手を両手で握って感謝している。

 横の奥さんは退職金弾まなきゃねと笑っている。

 

 僕は二週間後シャーロットタウンを離れることになった。


◇◇


 サンドニタウンへ向かうまで、ここに残る従業員に教え忘れのないよう僕は指導した。

 仕事が終わったあとには、僕以外の誰が接客しても満足して頂けるようお客さんの情報をノートに事細かく書いた。


 毎日があっという間に過ぎる。


 引っ越しはもう明日だ。


 引っ越しの準備は深夜と早朝にやった。

 家具も衣類も少ししかないから楽だった。

 

 この十年、自分のモノにお金を使ってこなかったと判る。


 どうしても一つしか持っていけないとしたらと考えると、最初に使用した櫛かブラシになりそうだ。

 もちろん今回の引っ越しでそんなことは無いのだけれど。


 僕はブラシを手にして最初のお客さんを思い出す。

 

 そうだ……チョココ医院の近所に住むアメリカン・ショートヘア系猫人の奥さんだ。

 短毛種だったから比較的楽なお客さん。

 でもとても緊張したのは覚えている。

 手が震えないよう深呼吸して、慎重にブラッシングしたんだ。

 耳の掃除が終わったあと。

 念入りに治療魔法をかけて、事後に問題ないだろうかと心配したのも覚えている。 


 ご主人の仕事の都合で引っ越していくまで月に一度は来てくれたんだ。

 今はどこでどうしているんだろう?


 奥さんの笑顔を思い出し、櫛と一緒にブラシを衣装ケースに仕舞う。

 

◇◇


 最後の挨拶をしにチョココ医院へ行くと、イライザが皆とは少し離れた場所で手荷物を持っていた。

 どこかへ旅行にでも行くのかなと僕は考えていた。


 「今まで本当にお世話になりました。チョココさんもお身体には十分気をつけてくださいね」


 チョココさん、奥さん、看護師さん達、イライザ、ジェシカさんと研修中の女の子達、そして僕が引っ越すことを知って見送りにきてくれたお客さん達。


 みんなを見回して


 「みなさん、お元気で。休みには遊びにきます」


 そういって馬車に乗ろうとしたとき


 「私の荷物も早く載せてください」


 イライザが近づいてきて、僕に手荷物を持てと合図する。


 「イライザもサンドニタウンに用事? 」

 「何言ってるんですか。女性のお客さんが来たら、全身浴やシャンプーはどうするんですか? 」


 自分が行くのは当然とばかりに豊かな胸を張っている。


 「まあ、それは追々おいおい助手を雇って……」

 「それに私専属のトリマーが私を置いてどこに行けるというのです」

 「ん? 」

 「私の面倒は一生アレックスさんに見て貰うと決めてるんです。さあ! 」


 そう言って馬車に乗ろうとする自分に手を貸せと手を突き出した。


 「んー、イライザがこの街から居なくなったら大勢の男性が悲しむよ? 」

 「アレックスさんが居なくなったらが悲しみます」


 僕の手を掴んで馬車に乗って横に座った。

 イライザの顔をマジマジと見ていると


 「猫人の私じゃ不満なんですか? 」

 「そんな滅相もない。シャーロットタウンは僕が期待していなかった希望を全て叶えてくれたんだなって……」

 「だいたい私から言わせたんですからね。これからその分面倒見て貰いますよ」

 「アハハハハハ……喜んで!」

 

 照れて顔の赤いイライザが頬を膨らませてる。


 馬車の扉を閉じる前にみんなの方を見ると、全員僕等を見ていた。

 イライザが馬車に乗るのを不思議とは感じていないようだ。


 なんだ、僕だけがイライザの気持ちを知らなかったのか。


 「またのご利用を心からお待ち申しあげております! 」


 みんな笑顔で僕等に礼をしてくれた。


 ―――― サンドニタウンでもみんなにそう言って貰えるよう、二人で頑張っていこう。僕の手に重ねたイライザの手の温もりがとても心地良かった。

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落ちこぼれ魔法師のトリマー 湯煙 @jackassbark

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