第2話 優しいチョココさん

 僕の仕事先の医院長チョココさんは、腕の良い医師だ。

 人口二万人程度のシャーロットタウンで、チョココさんを知らない人はまず居ない。

 獣人特有の病気もチョココさんが居ればだいたい大丈夫で、他の街から来た獣人は口を揃えてチョココさんが居るからこの街は安心と言う。


 獣人は同じ種族でも獣面タイプと人面タイプが居て、病気も獣寄りと人寄りのものがある。

 個々人の体質に合わせて治療するのだが、人間に対してのものより病気の種類も治療法も多く、獣人が安心して任せられる医師は他の街にもなかなか居ないらしい。


 だからチョココさんはいつも大忙し。

 そう高くない身長で痩せ型のチョココさんが「ううぅぅぅっ……休みを……もっと休みを……」と、その日の診療終了後夕食の準備している奥様に呻いている様子は毎日のように見ることができる。


 最近白髪が交じってきた短く刈った黒髪が僕の前をフラフラと通り過ぎるたびに、身体を壊さなきゃいいなと心配している。

 

 だけど、チョココさんの偉いところはそれでも住民のためになると思いついたことはやるところ。


 僕のトリミングもその一つだし、シャーロットタウンには託児所が無いのを気にしてチョココ医院の隣に部屋を借りて託児所を作っている。

 託児所の従業員だけでなく、僕もチョココさんもその他のチョココ医院関係者も託児所で幼児と接する。

  

 「ワハハ、三つ子の魂百までというだろ? 獣人も社会化期に慣れた人や場所を好むからな。これでチョココ医院に来る将来の患者を育てているのだ」


 悪戯っ子のような笑みを青い瞳に浮かべてチョココさんは言う。


 そんなことしなくても患者さんは多いし、年々チョココさんの評判は広まってるからこれからもっと増えるだろう。

 本音を隠して商売根性出しているかのように言うチョココさんを……生意気な物言いだけど……僕は温かく見守っている。


 確かに、社会化期の幼い獣人はその時期に接した生物や非生物に成長後も愛着を持つ。だから成長後もチョココ医院とその関係者にはずっと親しみを感じてくれるだろう。


 ―― でもチョココさんの本音は違うと思う。


 多くの獣人は貧しい。

 貧しい獣人は仕事を選んでいられない。


 赤子を背負いながら仕事する獣人も多い。

 職場の近くで遊ばせながら仕事する獣人も多い。

 社会化期の育児環境としては好ましくない。


 社会化期の育児環境は幼い獣人への影響が強い。

 優しく接してあげると、その後も他者との接触を嫌わないようになる。

 成長後に優しい性格になりがちだ。

 躾も同じで、この時期にしっかりと教えてあげると良い。


 獣人の将来を心配してチョココさんは託児所を作ったって僕は知っている。

 チョココさんが場所を借りて、従業員の給与も払っている。

 本当に優しい人だし、尊敬できる人だ。


 「ねえ? 託児所に協力したいんだけど、どうしたらいいかしら? 」


 常連のお客さんの中で裕福な方の中にはこう言ってくれる方も出てきた。

 シャーロットタウンで生活する人が優しくなってきた。

 いや、もともと優しい人は居るんだ。

 チョココさんが動いたから、このお客さんも動こうと思ってくれたんだと感じる。


 託児所の噂が広まって利用希望者が増えている。

 場所も手狭になっているし、従業員の数も足りなくなってきている。


 だから協力してくれる方が一人でも増えるのはとてもありがたい。


 「お金でも場所の提供でも、その他のできること……何でも構わないんですよ」

 

 僕はチョココさんから言われている通りに答える。

 「じゃあ少ないけれど……」と毎月資金援助してくれると言ってくれた。


 額なんか問題じゃない。

 いや、そりゃあたくさん援助してくれたほうが助かるし嬉しい。

 でも人の善意に触れられた喜びを大事にしたい。

 

 僕にブラッシングされて気持ちよさそうなお客さんの表情を見ていると、きっとこのお客さんも自分の優しさを行動に移せたことに満足していると感じる。

 援助してくれる方だろうとそうじゃない方だろうと力のいれ具合を変えるつもりはない。誰であろうとお客さんを大切にしているつもりだ。


 でも気持ちの動きはどうしても仕事に出てしまうから、今の僕の仕事はいつもよりちょっとだけ優しいに違いない。

 

 チョココさんの優しさが、僕やこのお客さんを優しくしている、


 僕だってチョココさんに助けられた一人だ。

 だから判る。

 ――優しさは人に伝染するって。


 「今日もありがとう。じゃあ、あとでチョココさんの奥様へ援助の方法を聞いておくわね」


 「はい、よろしくお願いいたします。……またのご利用を心からお待ちしております」


 僕の挨拶もいつもよりちょっとだけ柔らかいように思う。

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