第3話 春

 ついにこの季節が今年もやってきた。

 暖かくなり、木々が力を取り戻し、人々も徐々に厚手のコートを脱ぐ季節。

 緑も見え始め、目にも優しく気持ちも明るくなる季節。


 ――――しかし、奴らの孵化が始まる季節でもある。


 そう、ノミやダニだ。


 獣人が多いシャーロットタウンでは、この季節になると街総出で奴らの駆除が始まる。


 「いくぞ!今日は西部地区からだ。気を抜くなよ!! 」


 チョココさんの号令のもと、僕等も使い捨ての白い作業服に着替える。

 奴らの卵が付着する可能性もあるから、作業終了後には焼却する。

 獣人専門の僕等のところでノミやダニを貰ったなどということの無いよう、洗濯ではなく焼却する。

 

 週に一度はシャンプーしブラッシングで丁寧に除去していても、奴らを完全に駆除することはできない。

 だから、この季節が来ると、街の至る所を掃除して衛生的にする必要がある。

 自宅や職場については住民各自にお願いし、その他の場所をチョココ医院全員で駆除掃除する。

 この十日間は急患を除くとほぼ休業状態。

 トリマーの僕は完全休業になる。

 

 駆除作業は可能な限り徹底している。

 奴らによる被害報告の多い家などは、半強制的に家宅調査して徹底的に駆除掃除する。部屋はもちろん布団や衣装も行う。

 これができるのも被害を減らすための説得をチョココさんが街の役場へ訴え、そして獣人が多い街としてもその必要を理解してくれたからだ。


 でも、ここまでやってもノミやダニの被害は完全になくなることはない。

 奴らの生息地である森や林で作業する人も居るし、他の街から来た方が持ち込むこともあるからだ。


 だけどやらないともっと大変なことになる。

 

 「居たぞ~~! 」


 その声が聞こえると


 「そ~~れ~~」


 声が聞こえた場所まで駆けて僕等は噴霧器で周囲に駆除剤を撒く。

 撒き終えると、クリーナーで隅々まで吸い取る。


 暖かくなったばかりで奴らの出現数はまだ多くない。

 だが、まだ孵化していないだけで多くの卵があるかもしれない。

 いや、必ずある!


 だから自分の部屋を掃除するときよりも真剣に掃除する。


 優しいチョココさんも奴らに対しては容赦はない。

 僕も同じだ。


 お客さんの中には奴らのせいで生じた皮膚炎で辛そうな人もいる。

 チョココさんがちゃんと治療してくれるけれど、ブラッシングの際、そういう症状を見つけると奴らへの怒りも大きくなる。

 せっかく気持ちよく過ごして貰いたいのに、かゆみや痛みで邪魔されてしまうからね。


 うちで使用しているシャンプーとブラッシングパウダーには奴らを駆除する薬剤がチョココさんによって調合されている。

 だから一旦は居なくなるのだけど、再び被害に遭ってるお客さんは居る。


 かゆみや痛みを感じることなく気持ちよくトリミングを終えていただきたい。

 帰り際には素敵な笑顔を見せて欲しい。

 その為に奴らを可能な限り駆除しなくてはならない。


 「ここにも居たぞ~~! 」

 「そ~~れ~~」

 

 この十日間、街の至る所で僕達の声が聞こえるだろう。

 それは僕のお客さんへの、チョココさんの住民への想いが溢れてる声だと感じて欲しい。


 「これもトリマーの仕事なの? 」と最初は思ったものだが、今ではたくさん増えたお客さんへのサービスだと思うようになったし、気持ちよくトリミングされていただくために必要なことだとも思うようになった。


 僕が持つクリーナーに吸い込まれる駆除剤と埃は、お客さんの笑顔にきっと繋がっている。


 クリーナー持って「そ~~れ~~」と叫んでる僕を見かけた方はどうぞチョココ医院まで来て下さい。


 ―――― この作業……結構大変なんですよ?

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