第4話 友、遠方より来たる

 魔法学校時代の同級生がシャーロットタウンへ遊びに来た。

 仕事を終えて、近くのBARでエールを飲みながら旧交を温める。

 彼とは卒業以来初めて会う。

 シャーロットタウンには帰省の途中で立ち寄ったんだって。


 彼は落ちこぼれの僕と違って、学生時代の成績はとても素晴らしかったし、今は優秀な魔法師で戦争の際には前線で戦ったこともあるらしい。

 

 「アレックス、魔法力が乏しい君でも仕事に就けたらしいじゃないか」


 卒業して十年経っても、僕を心配してくれるのか、それともからかっているのか判らないけれど、僕の魔法力について触れる同級生は多い。

 

 「うん、チョココさんのおかげで何とかね」


 チョココさんはシャーロットタウンでは有名だから、この街に来るとさほど時間を必要としないで名前を聞くことになる。彼も誰かから聞いて知っているようだ。


 「そうか。良かったじゃないか。そのチョココさんが居れば君の魔法は必要ないってことなんだろう? 」

 「あはは、厳しいな。一応魔法も使って仕事しているよ」


 僕はトリマーという仕事と、仕事の内容を話す。


 「なるほどなあ」

 「まあね。魔法を使う仕事には就けないと思っていたから、今の仕事に満足しているよ」

 「君でもできる仕事なんだな。まあ頑張れよ」

 「ははは……うん……」


 苦笑しながら彼に返事を返したとき


 「アレックスさんのお友達だと思うから黙って聞いていたけど、あなた失礼よ? 」


 僕等の横に座っていた女性の犬人がエールの入ったジョッキを片手に僕等に顔を向けた。彼女はスタンダードダックス系の犬人で耳が垂れている。だから耳の汚れには苦労していて、月に一度くらいの頻度でトリミングに来てくれるお客さんだ。


 「あ、いいんです。僕なら慣れてますので」


 お客さんに迷惑をかけてはいけない。

 僕は気にしていないと伝えたくて笑顔で彼女を止めた。

 

 「事実だから仕方ないじゃないか。アレックスの魔法力が低いのはさ」


 そう事実だ。

 獣人は魔法を使えないから僕程度でも馬鹿にはしないけれど、学生時代は口に出さなくても馬鹿にしていた人達は大勢いた。

 ――だから僕は馬鹿にされるのは慣れたんだ。

 

 「魔法力が高いか低いかなんか関係ないわよ。アレックスさんはこの街で頑張ってる。そういうアレックスさんを馬鹿にされるのは腹が立つのよ」

 「そうさ。アレックスは魔法力に関係ないところで頑張るしかないのさ」

 「その言い方が気に入らないのよ」

 「まあまあ、僕なら気にしていませんから……」


 僕はもう一度お客さんを止める。

 お客さんもあまりしつこくはできないと感じたのか、不満げな顔のまま一緒に居た友人らしき女性の犬人とお会計を済ませてBARから出て行った。


 「……アレックス。明日、君の仕事を見せて貰ってもいいか? 」

 「どうしたんだい? 君が見ても面白い仕事じゃないと思うけれど……」

 「君が慕われてるのは判った。だから見てみたいと思ったのさ」

 「……構わないよ。好きな時に来てくれよ」


 なんだか僕の仕事に急に興味を持った彼の様子に首を傾げながら返事した。

 その日はもう一杯エールを飲んで別れた。


◇◇


 彼が何に興味を覚えたのか僕には判らない。

 だが、僕の仕事をずっと見ている。


 今のところ、お客さん三名にトリミングした。

 一人だけはオプションのカットと全身入浴が入ったけれど、あとは通常の耳掃除とシャンプーだ。

 体毛が生えている箇所は獣人の種族で異なるし、量となると個人差がある。

 単純に伸びた分だけカットするなら僕のところではやらない。

 ただカットするだけなら家族に頼むかカット・ハウスへ行く。

 その方が安いしね。


 僕のところでカットするお客さんは極端に肌が弱いか、体臭が強い方のうち脱臭を希望する方になる。

 肌が弱い方用の薬用クリームをチョココさんが調剤している。

 とても効果があり一ヶ月効果は持続するが、医師の許可が必要なクリームだから他店では手に入らない。

 お客さんはそのクリームの使用経験のある方で、カットのついでに塗布して貰おうというのだ。


 脱臭は、専用シャンプーで全身洗浄する。

 お客様が女性の場合は、女性の助手が行う。

 そして、洗浄後に僕の魔法で温風を送り身体を乾かす。


 この時、ただ温風を当てるだけではいけない。

 体毛が跳ねないように、もしくは逆にふわふわに毛羽立つように、お客さんの希望に沿って風の当て方をしなければならない。

 また汗をかかずにすむ適温かどうかもお客さんの状況を確認しながらやらなければならない。


 僕は魔法力に乏しいから強力な魔法は使えない。

 だから、魔法の使い方には工夫するし、研究を怠らない。

 お客さんに合わせた微妙な調整を必要とする魔法を日々獲得できるようトレーニングも怠らない。


 ちなみに、助手の女性は、イライザというスコティッシュ・フォールド系の猫人だ。

 彼女はもともとお客さんの一人だった。

 スコティッシュ・フォールドの特徴であるペタリと垂れた耳のおかげで汚れが溜まりやすく、それに悩んでいた彼女は週に二回通ってきていた。

 僕の三歳年下で、笑顔の可愛らしい人懐っこい女性だ。

 ここに通ううちに僕の仕事に興味を持ち、女性客用のサービスでどうしても女性の従業員が必要だった理由もあったので、イライザは僕の助手となった。

 彼女も七年ここで働いているので、今では僕と彼女の連携に隙はない。


 僕の魔法のトレーニングでも彼女が実験台になってくれている。

 嫌な顔一つしないで実験台になってくれるので感謝しているんだ。


 また耳折れで悩む獣人にとってはイライザは良い相談相手で、お客さんの獲得の力になってくれている。

 女性客のシャンプーはイライザが、その後の乾燥は僕が彼女と連携して行う。


 今日もいつも通り。


 昼食休憩となり、僕は友人と近くの軽食屋へ行った。


 「君には退屈だったんじゃないかな? 」

 

 彼が接客業に興味があるタイプとは思っていなかったし、魔法を使ったにしても威力の弱い、それも誰でも使える種類の魔法ばかりだから、優秀な彼にはつまらないと思ったんだ。


 「いや、面白かった」


 真面目な顔で意外な返事が返ってきたので、ちょっと驚いた。


 「えーと……どんなところが? 」

 「君はお客さんの状態にすぐ反応して魔法の威力も動きも変えていた。私にだって多少トレーニングすればできるだろう。でも私が同じことをやったとしてもお客さんを君ほど満足させられるかと言えば難しいだろうな。君はどんなことも見逃さずに細やかな技術を発揮してお客さんを満足させていた。……率直にいって驚いたよ」

 「あはは、僕はそれくらいしかできないからね」

 「うーん、すまない。君を馬鹿にしていたところがあったが、私が間違っていたと謝るよ」

 

 頭を下げる彼に僕は驚き、手に持っていたサンドウィッチを落としそうになった。

 

 「よしてくれよ。学校で落ちこぼれだった僕が馬鹿にされるのは仕方ないんだから」


 間抜けにもサンドウィッチを持った手で彼の頭をあげようとしている。

 それに気づいて慌ててサンドウィッチを皿に置き、再び彼に手を伸ばそうとした。


 「……実は……年の離れた弟が居るのだが、弟も魔法が苦手でね。内心、この先困ったものだと思っていたんだが、君を見て考えを改める。弟にも誇りをもってできることがあるはずだ。弟の自信に繋がるものを私も一緒に探そうと思うよ。……そう思わせてくれた君に……アレックス感謝するよ」


 なるほどなあ……誰にでも悩みはあるんだよな。


 感謝されるだなんて思ってもいなかったから照れてしまう。


 「君の弟だもの、君が手を貸すならきっと素晴らしい仕事ができるようになるよ」


 そう。

 僕だって一人じゃどうにもできなかった。

 でもチョココさんが最初に手を差し伸べてくれて、その後はお客さん達に助けられながら、ささやかだけど自信もって仕事できるようになった。

 僕は周囲に支えられてトリマーという仕事に誇りを持っていられるようになったんだ。

 

 雑談を交えて昔話を僕と彼は休憩時間中ずっと話した。

 

 そして「また来るよ。今度は弟も連れてくる」と言って軽食屋の表で別れた。

 職場へ戻ると、昨日僕のために怒ってくれた犬人の女性がお客さんとして来ていた。


 「昨日はみっともないところお見せしてしまってすみません」


 僕が腰を曲げて謝罪すると、手を横に振って


 「いえ、お友達との時間を邪魔して申し訳なかったと後で反省しました」

 「いえいえ、ありがたかったです。それで今日は? 」

 「基本のコースと……全身浴をお願いします」

 「畏まりました」


 お客さんを耳掃除用にベッドへ案内し仕事にとりかかる準備を始める。

 

 (彼に認めてもらえたんだ。次に会ったときがっかりされないようもっと精進しないと……)


 ――今日の僕は昨日よりちょっとだけ自信ある態度で接客できる気がする。

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