第5話 イライザとのひととき
「アレックスさん、また上手になりましたね」
助手のイライザが僕の耳掃除を褒めてくれた。
イライザは今でも耳の掃除を僕に頼む。
その上、耳掃除専用ベッドではなく、僕の膝に頭を乗せて掃除されるのを好む。
お客さんだった時は専用ベッドでしていたのに、従業員になってからは膝の上。
スコティッシュ・フォールドは人懐こいし、犬並みに甘えん坊だ。
スコティッシュ・フォールド系猫人のイライザが甘えん坊なのは仕方ないのかもしれない。
仕事中はそんな甘えん坊なところは当然見せないが、
魔法で耳の汚れを吸い出し、クリーニングローションを浸した柔らかい布で耳の周りを拭くと、イライザは目を細めて微笑む。
人面系猫人のイライザはえくぼを出して笑う。
その表情は子供のようでとても愛らしい。
まあ、そろそろ二十代後半の女性に子供のようだなどというのは失礼と思うから口には出さない。
「終わったよ」
使用した道具を片付けるために、腰を浮かせようと動いてもイライザは僕の膝から離れない。
(スコティッシュ・フォールド系だからなあ)
スキンシップしないまま長時間放置されているとストレスになり病気になることもあるタイプだから、もう少しこのままで居てあげよう。
今日の仕事は終わったんだし、お腹は少し空いているけれど我慢できないほどじゃない。
手持ち無沙汰なので、イライザの髪をブラッシングしながら静かな時を過ごす。
その間もイライザはじっと動かずに微笑んでいる。
「アレックスさんはご結婚しないんですか? 」
「あはは、こんな僕のところに来てくれる人なんか居ないよ」
魔法が上手で高額稼いでいる人や名誉ある仕事をしてる人はたくさん居る。
人間の女性ならそういう男性のところへ嫁ぎたいだろう。
僕のように魔法が使えるというだけの人間のところに好き好んで来てくれる女性は居ない。
「じゃあ、私が奥さんになってあげますよ」
「冗談でも嬉しいですよ。ありがとう」
イライザは男性のお客さんからとても人気がある。
可愛らしい外見、明るくて優しく人懐っこい性格。
獣人だけじゃなく人間の男性からもモテている。
人間種としての視点で見ても可愛らしいからね。
発情期になるとイライザのフェロモンを確認したくて、チョココ医院の前でフレーメン反応している獣人男性が毎日数人居るほどモテてる。
フレーメン反応で口をポカーンと開け、目を丸くして固まっているその様子は、哺乳類系獣人の特徴を知らない人達にとって奇妙に見える。
チョココ医院の前で数人の獣人がそんな様子で立っているのだから、何事が起きているのかと心配する方もいるくらいだ。
イライザ目当てのお客さんは当然彼女を指名してくる。
だが、担当が決まっているし、魔法も使えないから耳掃除はイライザには任せられない。
シャンプーとカットと爪切りなら任せるんだけどね。
「イライザさんにして欲しいのに……」という不満げなお客さんに謝りながら僕が掃除することもしばしばある。
こんなに男性から人気があるんだ。
きっと立派な男性がイライザの旦那さんになるだろう。
僕はそう思っている。
「困った人ですねぇ」
顔をあげて膝から身体を起こすイライザは、何故かジト目で僕を見ている。
「よく判らないけど……そろそろ片付けて帰ろう」
「はい」と答えて片付けを始めるイライザと店内掃除を始める僕。
そこへチョココさんがやってきた。
「ああ、まだ残っていてくれたか。良かった」
「どうかしたんですか? 」
掃除の手を止めて、チョココさんの顔を見る。
慌てている様子はないから急患などの急ぎの用事ではない感じだ。
「アレックス。トリマーになりたいという子が居てね。明日から来るから今日のうちに伝えておきたかったんだ」
「わかりました。どういう子なんですか? 」
魔法学校の卒業生で十九歳。
人間の女の子。
学校時代の成績は、平均より少し上。
現在は魔法医師見習い。
「この子、魔法医師への道を諦めちゃうんですか? 」
魔法医師になりたくてもなれなかった僕は、彼女を勿体ないと思った。
「いや、トリマーの仕事も覚えて、魔法医師の仕事に活かしたいのだそうだ」
他人事ながら、僕は少しホッとした。
だって本当に勿体ないと思うんだ。
「じゃあ、宜しく頼むよ」
「判りました」
平均以上の成績の子だ。
少し経験してお客さんをきちんと見られるようになれば、僕よりも優秀なトリマーになれるだろう。
それを魔法医師としての仕事に活かしてくれるなら、いくらでも教えようと思う。
チョココさんが去ったあと、僕等の話を聞いていたイライザが近寄ってきた。
「若い子が来てくれて良かったですね? 」
「何を言ってるんだ。この子は僕なんかよりもずっと優秀で、きっと立派な魔法医師になる人だよ。若いからとかそんなこと考えていたら失礼だ」
「ふーん、まあ、ライバルにならないならいいんです」
「イライザの仕事はそう簡単に真似られるようなものじゃないよ。いくら優秀な子でも経験積まなきゃ無理だね」
お客さんの状況に合わせて力加減を変えて洗浄するイライザの仕事は、数をこなした者じゃなければ真似もできない。
マニュアル的なモノはあるけれど、お客さんの肌次第でシャンプーを変えなきゃいけないし、調合されてる薬剤の種類だって変えなきゃいけない。
イライザの仕事は簡単にできるものじゃない。
僕の頼りになる助手だ。
またも黒い瞳をジト目にして僕を見ているイライザ。
濃いグレーと薄いグレーの縞のやや長めの、仕事中は束ねていた髪がほどかれていてゆら~りゆら~りと揺れている。
「ほんとーーーに、困った人ですね」
理由は判らないけれど、今日のイライザはご機嫌斜めなようだ。
こういう時は下手なことを言わない方がいいと僕は掃除を続けた。
明日から来るのか……何から教えたら早く覚えてくれるだろう。
一日でも早く覚えて貰って、魔法医師の仕事に戻ってもらいたい。
まだ見習いなのだから、彼女の時間を無駄にしてはいけない。
――僕の頭は明日からのことでいっぱいだった。
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