第6話 僕等にできること

 トリマーの仕事を覚えたいと言ってここに来た子の名前はジェシカ。

 お父さんが魔法医師でチョココさんとは親しいらしい。

 シャーロットタウンの十倍近い人口の都市で病院を営んでるらしく、ジェシカさんもいずれそこで働くのだそうだ。

 シャーロットタウンと違い獣人専門の医師も数人居るらしいが、チョココさんほど有能な医師は居ないとお父さんに言われてここで勉強することになったらしい。


 医院の忙しい午前は医院で、午後はトリマーの勉強をジェシカさんはしている。


 「トリマーの勉強を何故? 」と聞いたところ、他の病院ではやっていないからジェシカさんのお父さんの病院で取り入れたら差別化できて患者さんも増えるのではないかと考えたとのこと。

 経営面も考えてるなかなかしっかりしたお嬢さんだ。

 

 基本的なことを彼女に教えたあと、一日に二人程度は僕が付き添いながら接客している。

 そろそろ一月ひとつきになり、物覚えの良い彼女はほとんどの仕事を一人でこなせるようになっている。


 「アレックスさん、これ……」


 マントヒヒ系猿人女性のブラッシングをしていたジェシカさんが僕を呼んだ。

 首筋に深い噛み跡があった。

 まだ新しい傷で生々しく痛々しい。

 

 僕にはその理由は判ったのだけど、他のお客さんもいるここで話すことではない。 


 「後で説明するから、傷を消毒したあと皮膚を治癒魔法でしっかりと治療してあげてください」


 ジェシカさんに指示して、僕はチョココさんのところへ急いで行く。

 チョココさんを連れて戻ってきた僕はお客さんを裏手へ連れて行き、チョココさんに診察して貰う。

 お客さんをチョココさんに預けてジェシカさんを呼び事情を説明する。


 「マントヒヒ系猿人の雄はハーレムを作るのは知ってるかい? 」

 「聞いたことはありますが、現在いまは法律で禁止されてるはずでは? 」

 「そうなんだけどね。まだ隠れてハーレム作る雄がいるのも現実なんだ」

 

 僕はジェシカさんに説明した。

 あの傷はハーレムから逃げだそうとした雌を雄が噛んで引き留めようとした跡。

 だから警察に通報して対処して貰わなければならない。


 ただ、ハーレムから本当に逃げたいのなら既に警察へ行っているかもしれない。

 僕等は警察へ行ったあとなのかどうかを確認しなければならない。

 何らかの菌が噛まれた時に体内に侵入していることもあるから、治療とともにチョココさんに事情を確認してもらっている。


 「何故、先に病院へ行かなかったんでしょうか? 」

 

 もっともな質問だ。

 でもマントヒヒ系猿人のハーレムに居る女性の中には幼い頃に攫われて来た方も居る。そういう方は社会常識が抜けている場合が往々にしてある。

 だから事情を聞かないと本当の理由は判らない。


 そして僕等はお客さんの個人的な事情に深く関わってはいけない。

 治療の必要判断や通報義務がある医師のチョココさんがすべきことだ。


 「とにかく僕等はチョココさんの治療が終わったら、お客さんの傷が目立たないようにすることと、提供しているサービスで少しでも心地よい時間を過ごして貰うようにしなきゃいけない。もちろん余計なことは言っちゃいけないよ? 」


 ジェシカさんは頷いて、お客さんがいつ戻ってきても良いように体制を整えていた。抜け毛を掃除し、椅子を拭き、ブラシやパウダーも種類を用意している。


 今回はマントヒヒ系猿人の問題だったけれど、こういう被害を受けたお客さんに出会うこともある。


 そんなとき僕等に出来ることは少ない。

 

 でも僕等に出来ることでお客さんの気持ちを少しでも和らげることができたなら、被害に遭ったお客さんがここに来た甲斐があるんじゃないだろうか。

 お客さんから「チョココ医院でトリミングして貰って良かった」と笑顔で言って貰えるよう、種族毎の習慣なども勉強しておかなきゃならない。

 

 チョココさんのところから戻ったお客さんの髪を丁寧にブラッシングしているジェシカさんもきっと僕と同じことを感じているに違いない。


 「本日はご利用ありがとうございました。またのご利用を心からお待ち申し上げております」


 玄関で挨拶する僕とジェシカさんに向けられたお客さんの顔に満足げな表情があったとき、僕等は本当の意味で仕事をきちんとしたと言えるのだろうと思う。


 頭をあげて表情をちらっと見た時、ジェシカさんに優しげな瞳が向けられていた。


 ―― ああ、良かった。僕等とお客さんの出会いにちゃんと意味があったんだ。


 僕はジェシカさんに「よく気づいたね」と声をかけて仕事に戻った。

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