高橋幸宏氏に続き、坂本龍一氏が亡くなった。
お二人は私のちょうど一回り上の年齢で、自分の人生ももうじき終わるのだろうなと感じてしまう。
そのこと自体は人なら当たり前のことで、過剰に辛く感じられないけれど、お二人にはもっと生きて欲しかったし、新たな音楽を生み出して欲しかった。
中学生当時、海外のポップスやロックに染まっていた私にとってYMOは衝撃でした。
田舎で暮らしていた私にとって、流行の音楽はTVもしくはラジオで聴くモノで、気に入ったモノがあればレコードを購入していました。
当時の日本の音楽と言えば一般的にはまだ歌謡曲もしくは演歌で、キャロルやサディスティックミカバンド、世良公則やサザンオールスターズなどが出てましたが、日本人アーティストになかなか入り込めない時期でした。ま、2-3年後には佐野元春に、その後RCサクセションやモッズ、BOOWYにのめり込むんですけどね。
洋楽に熱中し日本のアーティストに推しがいなかった私が「こんな音楽を日本人が!?」と感動と衝撃を受けたバンドがYMO。
特に、高橋幸宏氏のドラムに「カッコイイ!」と夢中になりました。
「なあんだ、日本人アーティストもすげぇいいじゃない」
そう気付かせてくれたバンドがYMOでした。
社会人となり、学生時代ほど音楽を追いかけなくなりました。それでも音楽が無いと辛いので、中学から大学にかけて聴いていた音楽がいつも私の部屋で流れています。もうじき60歳になろうとしていますが今もです。
’80~’90は名曲が多いのでやはり洋楽が多いのですが、YMOのRYDEENもその中の一曲です。
私の青春時代には素晴らしい音楽があった。素晴らしいアーティストが大勢居た(もちろん今も居るのでしょう)。
土地バブルが弾け、景気がどんどん悪くなっていった時代ですが、そんな中でも素敵な音楽で心を落ち着け、時には慰められ、時には奮起させられてきた。
私の青春時代を彩ってくれたアーティストが、その後20年30年後に新たな楽曲を出すたびにまだまだ頑張ろうと思えた。
今もまだ景気は悪く、日本社会は四十年前より貧しくなってしまったと感じる。私自身も四苦八苦しながらここまで生きてきたようにも思う。
だけど様々の素敵な音楽のおかげで、いろいろと辛いことに遭っても理性を保って生きてこられたのは幸せなことのように思えます。
お二人の訃報にいろんな想いが湧き上がってくる。
今もっとも言いたい言葉は「ありがとうございました」です。
もう伝わらない気持ちだけれど、こう思える自分はやはり幸せなんだな。