「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 2冊目!

如月 仁成

ツキミソウのせい


 ~ 六月二十一日(水) 三時間目 十五センチ ~


   ツキミソウの花言葉 打ち明けられない恋



 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えるのをやめた。


 幼馴染って、そういうものだ。



 きっちり十五センチ離れた机。

 俺の左側に腰かけるのは、臆病で小さなお姫様。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪がつむじの辺りにまとめられて、ウェービーで大きなお団子になっており、耳の上には真っ白なツキミソウが一輪挿さる。


 ここまでは可愛いらしいお姫様に見えなくもない。



 ……が。



 問題は、そのほんのちょっと上。


 大変残念なことに、頭のてっぺんには黄色いツキミソウが三本、まるでアホ毛のように揺れている。



 バカである。



 彼女の名前は、藍川あいかわ穂咲ほさき

 生花を髪に飾ることで町内、通学路沿い、学校中に知れ渡る。


 ……そんな穂咲のポケットからラブレターのようなものが見えている。


 朝からずーっと見えている。


 俺は穂咲のことを好きでも嫌いでもないから気になるはずは無い。


 そもそも臆病者の穂咲には、誰かにラブレターを渡すことなんかできやしない。


 だから心配なんかしてないけど…………、誰かに渡して欲しいとか言われたら、どうしよう?


 そう思って、朝からなるべくこいつの話を聞かないようにしているのです。


道久みちひさ君、道久君」

「黙りなさい。今は授業中です」

「これ……、どうぞなの」

「だから後にしなさもが」


 振り向いたタイミングが悪かった。

 俺は今、黒ヤギさん宛てのポスト。


 このまま食べて、手紙そのものが無かったことにしてしま……。


「食えるかっ!」

「秋山道久! 騒いでるんじゃない! ……なにを咥えているんだ貴様は。そのまま廊下に立って、手紙が五通突っ込まれるまで戻って来るな」


 ラブレターを咥えたポストがしぶしぶ席を立つ。

 すると、冷やかしの声がひゅーひゅーと教室に響き渡った。


 でもまだ、これが俺宛と決まったわけじゃないから騒がないで欲しいのです。


「ぺへっ! ……こら穂咲。口にラブレターを突っ込まないように」

「ラブレターじゃないの。ママがいつものお礼に、道久君に何か書いて渡しなさいって言ったの」


 なんだ、俺宛のお礼状だったのか。

 よかった。



 いやちがう。別に気になんかしていない。



「しょうがないな、後で読むよ」

「ううん? 今開くの」


 再び冷やかしの声が教室中からこだまする。


 俺はこいつのことなんか好きでも嫌いでもない。

 なのに顔が赤くなるのを自覚しながら封を切る。



 ……すると、中から肩たたき券が出てきた。



「いらんわ! 不安でほっとしてからのドキドキしてしょぼーんだ!」

「うう、ごめんね? 書いて作れるお礼になるもの、これしか思いつかなかったの」


 お礼になにか書けと言われて、書いて作れるお礼を考えたの?


 こりゃまた、随分とややこしいバカだね君は。


 だがこのまま突っ返したら泣き出すに決まってる。

 お礼をくれたのに、そんなことできない。


 仕方が無いので、俺は嬉しそうな顔を浮かべながら肩たたき券を咥えて廊下へと向かった。


「あ、待って欲しいの。……はい」


 ぽてぽてと追いかけてきた穂咲が、俺の眉間に切手をペチンと張り付けた。


 ああ怒りたい。怒鳴りつけたい。

 そんな気持ちを何とか堪えて、俺は優しく間違いを正してあげた。


「白ヤギさん。切手を張る位置、間違ってます。これじゃポストが届いちゃう」

「うん。ポストごと送れば、黒ヤギさんでも食べれないからこれでいいの」

「十円でこんなでかいもん届くか! バカ!」


 結局俺は、穂咲を泣かせてしまいましたとさ。


「……秋山、分かってるな?」

「ええ。十通ですね」


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