フクシアのせい
~ 七月十一日(火) お昼休み 十五センチ ~
フクシアの花言葉 上級嗜好
正しい位置なのに、昨日のことがあるから随分と近く感じる席に腰かけるのは、小さな頃からずーっと一緒にいるせいで、好きなのか嫌いなのかよく分からなくなってしまった
軽い色に染めたゆるふわロング髪を耳の上に結って、今日はフクシアの花をそこから一つ下げている。
がくが真っ赤で、花は真っ白。
芸術的なフォルムで垂れ下がって咲くこの花は、貴婦人のイヤリングと称される。
まあ、それを頭に活けて実際にイヤリングにした人は君が初めてだと思うけどね。
そんな清楚な貴婦人が、フライパンからじゅうと音を立てながら勢いよく俺に振り向くと、イヤリングが後から主人の後を追ってぷらんぷらん揺れた。
……今日から俺は、貴婦人の定義を見直すことにするよ。
「さてロード君! 我々にはもう一つの手がかりがあるのだよ!」
「そうなんだよな……。確かにおじさんの浴衣、お前が二着貰った気がするんだけど」
「そう! だから、これを食べて思い出して欲しいのだよロード君!」
「やっぱり自分で思い出す気は無いんですね、教授」
そんな教授が差し出した一品は、ピーマンの肉詰めだ。
……ピーマンの、肉詰めだ?
「教授? ピーマン、ちっちゃいよ?」
ははあ、辛いの大好きな教授のことだ。
これ、シシトウだな。
俺は辛みを想定して、舌に感じるであろうショックに備えながら肉詰めを口に放り込むと、それをあざ笑うかのようにひと噛みで口の中全部が爆発した。
「辛いよ! けた違い!」
シシトウってたまに当たりがあるけど、これ、大当たり!
慌てて半分齧った肉詰めを一旦お皿に戻すと、
「そんな時は、これで中和するのだよロード君!」
今度は教授がフライパンからフライ返しで直接口に流し込んできた目玉焼きを、俺は肉詰めの上に吐き出した。
「あっひ!」
あーもー。何から文句を言ったらいいのか分かりゃしない。
唯一容易に理解できること。
それは、舌が一瞬で使い物にならなくなったということだけだ。
「えっと、まずね、シシトウはダメです、教授」
「これ、シシトウじゃないの。トウガラシなの。この夏、初物」
「もっとダメだろ。…………いや、パクパク齧りながら不思議そうな顔されても」
焼いたトウガラシの肉詰めから、肉だけ外したものを次々と口に入れてるけど。
君の舌、辛い成分感じないの?
そんな貴婦人、いる?
「あと、口から何かを出しちゃダメなの。あたしみたいな貴婦人になれないの」
そうだね、君が貴婦人かどうかはともかく、確かに下品だったね。
俺は貴婦人になるの諦めることにするよ。
そんな貴婦人を、尊敬と呆れをないまぜにしながら見つめていたら、こいつは急にトウガラシを口に運ぶ手を止めた。
そして俺に顔を向けると、口からぼろぼろトウガラシを零して泣き出した。
「……かーらーひ~」
まさか、当たりを引いたの?
それより済まなかったな、辛い成分感じないとか思って。
君は紛れもない貴婦人だよ。
「……口からトウガラシ零すなよ。汚いよ、貴婦人」
「から……、へけっ! からいの……、へけっ!」
「しゃっくりまで出すなよ。みっともないよ、貴婦人」
俺の皮肉に膨れる余裕すら無い教授は、コンロにかけたケトルから麦茶をコップに入れると、一口含んで吐き出した。
「ぺっ! あっひ! からひー、へけっ!」
「さすがに貴婦人失格です、教授」
「……へけっ!」
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