シャクナゲのせい


~ 七月十二日(水)  三時間目 三十センチ ~


  シャクナゲの花言葉 危険



 勝手に自爆しておいて全部俺のせいにして、挙句にやたらと離れた席に腰かけていたのは、ご存じ通りの自由人、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をまあるくお団子にして、今日はピンクのシャクナゲを手毬のように挿していた。


 ……そう、またもや過去形だ。

 今は、小花を一つだけ、ストレートの金髪の上にぽんと置いてある。



 俺には、これがバカな穂咲にしか見えない。

 頭に花も乗ってるし。

 だからこれは着せ替え人形じゃない。

 誰がどう見たって穂咲だ。間違いなかろう。



 一時間目の授業が始まる前、今夜のドラマ最終回三時間スペシャルのリハーサルというまったく意味の分からないことを穂咲が始めた。


 その時、金髪がぼさぼさになってしまった着せ替え人形に和服を着付ける穂咲を見て、俺は思い出したのだ。


 藍川家と我が家。

 昔、六人で海へキャンプに行った時のことを。


 浴衣を着ていたおじさんが、転んだ穂咲に焼きそばを被せられて大変な事になったんだ。

 汚れた浴衣が着れなくなったじゃないかと叱られた穂咲は、何をどう勘違いしたのか、だったらそれを頂戴と言い出して皆を呆れさせた。


 ……その話を聞くなり、穂咲が教室を飛び出して行ったのが一時間目。


 今は、三時間目。


 助けて。もう、言い訳しすぎて胃が痛いよ。


「……おい秋山。藍川はどうした」

「穂咲なら、そこに花を挿して座っ……のす……」

「お前、本気で言ってるのか?」

「どう見たって、ほさ…………もけ……」


 もう限界ですよ穂咲さん!

 危険です!

 先生が君と俺の顔を交互ににらんでます!


 そんな限界ギリギリの状態で、俺のポケットから携帯の着信音がてろれろ鳴り出した。


 これは穂咲の着信音。

 ああ、俺の限界超えたよ。もう庇いきれん。

 あいつめ、今日はきっちり叱ってやる!


「電源を切れ、秋山! ……いや、そんな怖い顔するな。話しててもいいから、その場に立ってろ」


 あれ?

 立ってるだけで、電話に出ていいの?


 どうしてそんなにあっさり……、はっ!?

 いやいや、先生をにらんだわけじゃないですよ? 勘違いです!

 なんだか大変な事になり始めたけど、全部お前のせいだからな!


「こら穂咲! どこほっつき歩いてるんだよ! お前のせいで、先生が怯えた顔しちゃったじゃないか! 後で謝りに行くの付き合ってもらうからな!」

「あったの! お裁縫用の、布切れの中! パパの浴衣!」


 あわてて操作したせいで、スピーカーモードになってしまった。

 穂咲の嬉しそうな叫び声が教室中に響き渡る。


 パパというキーワードを聞いた皆は、少しの寂しさを湛えた、優しい笑顔になっていた。


 そう、穂咲はおじさんから浴衣を貰った。

 汚れていない所を切り取って、着せ替え人形の浴衣にしたかったから。

 だから裁縫用の布に混ざってたんだ。


 もちろん、小さかった穂咲に裁縫なんかできやしない。

 でもおばさんが作るのを手伝って、それで裁縫が好きになったんだよね。


 今頃君は、その切り抜かれた穴を一つ一つ見つめながら、あの頃を思い出しているんだろう。

 また一つ、お父さんとの思い出がよみがえったわけだ。

 良かったね、穂咲。


「……でもこれ、なんで穴が開いてるの?」

「だいなし~」


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