クレマチスのせい


~ 七月二日(日)  補習授業の補習 二メートル ~


  クレマチスの花言葉 許されぬ恋



 教卓から望む二つの席。

 俺から見て右側に座るのは、補習授業すらまともに受けることができない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は低めに大人っぽく結って、クレマチスの花を五本挿している。

 四つに開いたピンクっぽい紫の鈴花、プリンセスダイアナと呼ばれる四季咲きの新種が、さらに大人っぽさを醸し出す。


 ……まあ、中の人は子供なわけなのだが。



 そしていつも俺が座っている席。

 俺から見て、穂咲の左側に座るのは、昨日、授業を途中退席した赤崎さん。


 おしゃべりで突拍子もない、なんだか危険な子なのです。


「あのね! あたし、出席番号がずーっと一番なのよ!」

「あたしも一番なの。いっしょなの」


 ねー♪ じゃないです。

 勉強しましょう、お二人さん。


 授業を任せて職員室に戻っちゃった先生に叱られるの、俺なんです。

 察してやって下さい。



 しかし赤崎さんのトークは、ほんとに突拍子もない。

 花の話をしてたはずなのに、急に唐揚げのレモンを絞らずそのまま食べちゃうとか、どうしてそんな話になった?


 赤崎さんが話題を転がす度に、穂咲がてんてこと舞い踊る。

 のんびり屋だからペースに付いていけないようだ。


 それにしたって、いつまでしゃべってるのかね。

 まあこの二人に何を言っても聞く気は無いと思うけど。


 ……そうか。

 先生は毎日こんな気分だったのか。


 今すぐ一人を廊下に立たせたい。

 そうすれば一人だけでも真面目に授業を聞いてくれるはず。


 そしてそこに気付いたからこそ初めて感じた怒り。



 ……俺、トカゲ穂咲の尻尾扱いされてたのか。



 がっくりと脱力。

 そしていつまでも続く無駄話。

 もう好きにして。


「それでね、いつも道久君が勉強教えてくれるの」

「素敵! あたし、彼氏にするなら秋山君みたいな人がいい!」


 出た。ほんとに突拍子もないね。


 でも、今回はちょっと様子がおかしい。

 赤崎さんの冗談に、穂咲は顔を真っ赤にして慌てだした。


「でも、道久君は、たまに怒るの。岸谷君みたいに静かな人がお薦めなの」

「岸谷君って、王子様の? プリント持ってもらったことある! 優しいよね!」


 とうとう恋バナになりはじめたし。

 あのね、男子がいるんだよ? それはやめて。


 そこから畳みかけるように男子の話を続ける赤崎さんに、穂咲は目を回しながらもタイミングよく合いの手を入れる。


 16ビートの合間に、綺麗に挟まるブレス記号。


「楽しい! こんなにピッタリお話しできる人、初めて! あたし、彼女にするなら穂咲ちゃんがいい!」

「ぴやっ!? かのにょ!? あた、こまっ!」


 ちょ……、ええ!? なに言い出した!


 そして赤崎さんは、穂咲の手を握って、顔を近づけて……。


「こんなとこでチュー!? 何やってんのさ! ストップ! ストーップ!!」


 グルングルンと目を回す穂咲まで、あと一センチ。

 俺、どうしたら!? ここにいたらいけないの!?



「こらー! 勉強もせずに、何を騒いでいるか!」

「先生っ、ちょうどいいところに! 俺を廊下に立たせて下さい!」


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