クチナシのせい
~ 七月一日(土) 補習授業 十五センチ ~
クチナシの花言葉 とても幸せです
補習授業は、いつもと違うクラスで行われている。
だから気分を変えて、俺は廊下側の一番後ろの席に座った。
そこから定距離に置かれた隣の席に腰かけるのは、昨日制服を泥だらけにした罰を全部俺に擦り付けた
おかげでおばさんにこっぴどく叱られたよ。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はひと房だけきゅっと絞って、そこにクチナシを一輪活けている。
真っ白な六枚の花弁がたいへん清楚でつつましい。
でも、それはもちろん見た目だけ。
中身はたいへん厚かましい。
補習授業の話をまるで聞いていなかった穂咲は、気になって起こしに行った俺にパジャマ姿で泣きついてきた。
曰く、一緒に補習を受けろとのこと。
泣く穂咲と、昨日はセルフクリーニングのせいで三時間しか寝てないけどこれは誰のせいだったかしらと言い出した穂咲のおばさんに勝てるはずもなく、先生の言いつけを無視して、俺もこうして補習授業に出席している。
なのに、さっきから授業も聞かずに俺に話しかけて来るとか、さすがにいい加減にして欲しいのです。
今日はよそのクラスの人と一緒なわけで。
穂咲には何を言っても無駄ということを知らない皆さんのイライラが、もうそろそろピーク。
ここは注意しとかないと。
「穂咲よ。今日はほんとに怒るからな。ちゃんと授業を聞きなさい」
「はうっ!? ……うぅ」
いやいや、そんなにしょぼんとしなさんな。
俺が悪者みたいじゃないか。不条理です。
だがこいつのしょぼんは、あっという間に品切れになる。
そのことを、俺は良く知っている。
予想通り、穂咲は俺と逆側の席に座っている女の子をじーっと見つめだした。
しまった、俺が廊下側の隅に座ったばっかりに。
絶対話しかけたらだめだからな。
いや、その、じーっもダメですよ?
「藍川! きょろきょろするな! まともに授業受ける気無いのかお前は!」
あちゃあ、とうとう叱られた。
でも、素直に謝るかと思ったこいつの口から、予想外の返事が飛び出した。
「……具合が悪いの。保健室に行きたいの」
「嘘をつくな。さっきから元気そうじゃないか」
先生の言葉を聞いた穂咲はふるふると首を横に振ると、隣の子の袖をくいっと引っ張った。
「あのね、保健室に連れて行って欲しいの」
うおぅい! なんて迷惑な奴!
俺は慌てて穂咲の制服を掴んで止める。
でも、すぐにその手を離すことになった。
……その子の顔が、真っ青だったから。
普通に言えばいいのに。
なんで自分のせいにするのさ。
バカなやつ。
教室を出る二人を見送っていた俺の背に、声がかかる。
ああ、了解です。
「秋山、分ってるな?」
先生のいつもの一言に、席を立とうとしたら止められた。
「ばかもん。残りの授業はお前がしっかり聞いて、明日にでも二人に教えておけ」
……なんと、立たされないとは珍しい。
そして立たされないということは、もう一つ珍しいことが起こる。
つまり、今日の学級日誌。
そこには、俺が立たされた理由が書かれないということだ。
俺は奇跡を噛み締めつつ、二人の為に、幸せな気分で一生懸命ノートを取った。
……いや?
「違うっ! 今日は補習授業だから、日誌がねえ!」
「秋山うるさい。やっぱり立っとけ」
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