ブーゲンビリアのせい
~六月三十日(金) ロングホームルーム 三十センチ~
ブーゲンビリアの花言葉 私はあなたを信じます
まる一日、随分離れた隣の席に腰かけていたのは、時に行動力のある
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はサイドで緩めのお団子にして、そこを埋め尽くすように赤いブーゲンビリアの小花が飾られていた。
いちいち過去形で話していることでお分かりの通り、隣の席に穂咲はいない。
金曜最後の授業、ロングホームルームが始まって、先生の話を聞くなり教室を飛び出してどこかに行ってしまったのだ。
……あの優しい穂咲のことだ。
今頃、地面を這いつくばって財布を探していることだろう。
でも、お前の努力が報われることは無さそうだ。
悲しい結論が今、みんなに言い渡される。
「では、全員席を立たないように。これから鞄をあらためさせてもらう」
教室は静まり返っている。
でも、全員の心がざわつく嫌な音が聞こえた気がした。
――先生の横、教卓で俯く原村さん。
彼女の財布がなくなった。
原村さんの家は学校と駅の間に建っていて、小さな飼い犬を愛でたいがために、下校途中の穂咲が毎日のように庭先へお邪魔している。
そんな近所に住む子だから、持ち歩くのは小銭入れ。
とは言え、無くなったら先生に相談するのも頷ける。
でも、もしそんな事態に陥った時、俺だったら先生に話すことを躊躇する。
特に、今日は体育の授業があったから。
こうなる可能性があるから。
クラスの誰かが盗った、なんて思ってもいないのに。
まるで自分がみんなを疑っているようなことにされてしまう。
無くなった事を、申告しなきゃよかったと思う瞬間だ。
「先生、もういいです。きっと校庭でおしゃべりしてた時に落としたんです」
「申告を受けてから校庭はあらかた探した。いいか原村。こういう場合、無くなりました、では済まんのだ」
出席番号順ということだろう。
先生が、穂咲の鞄に手をかける。
俺には先生を止めることなんかできやしない。
でも、勇気を振り絞って何か言おうと口を開いたその時……。
扉が、勢いよく開いた。
そこから姿を現したのは、制服を泥だらけにした穂咲。
顔まで真っ黒になった穂咲が、胸に犬を抱えていた。
「トミー? あ! あたしの財布!」
原村さんが駆け出すと、犬は口に咥えた財布を放り出しながらワンと応える。
えっと、いくら近所だからって、飼い犬を借りてきたの?
まあ、こうして落とした財布を見つけることができたわけだし。
今日はお前のハチャメチャに感謝だ。
原村さんに抱き着かれて、周りに集まって来たみんなに頭を撫でられる穂咲は、嬉しそうにニコニコしていた。
……君は、このクラスの誰かが盗ったんじゃないことを信じていたんだね。
そんな君だから、みんなも君のことを信じることが出来るんだ。
「さて、教師である俺は、藍川が授業を抜け出した罰を与えねばならんのだが。どうする?」
先生の言葉を受けて、クラスの全員が、笑顔を浮かべながら席を立った。
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