アジサイのせい その2
~ 六月二十九日(木) 一時間目 四センチ ~
アジサイの花言葉 あなたは美しいが冷淡だ
日頃の努力が報われるまで、あと四センチ。
そんな隣の席に腰かけるのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪が、今日は鉢植えの形に結ってあり、その上から葉っぱごと紫のアジサイが植えられている。
アジサイは、今年二度目の登場だ。
制作者である穂咲のおばさん曰く、カタツムリを見つけたから乗せてみたくなったとのこと。
人気者の穂咲ではあるが、今日は女子からかなり距離を置かれている。
「以上五名は、明後日補講だ。登校するように」
授業前に発せられた先生の冷酷な宣言に対して、四人分のため息が聞こえた。
「……ねえ。君もつくんだよ、溜息」
俺の指摘になど耳も貸さずに劇場の準備を続ける穂咲だが、さすがに今日くらい真面目にしてないとおばさんが学校に呼び出される。
ここは、心を鬼にしよう。
「昨日のお話は大興奮だったの。ママと、ずーっと盛り上がって。ねえ聞いてる?」
「本日の劇場は中止です。まじめに勉強しなさい」
隣の席から、がーーーーーん! という聞こえるはずの無い効果音が聞こえる。
可愛そうだけど無視。
たまには俺だって真面目に授業受けなきゃ。
珍しく穂咲のひそひそ声が聞こえない教室の中、聞こえる音と言えば先生の板書とペンを走らせる音だけ。
平和だ。
実に平和だ。
そう思っていた俺の手に、ノートの切れ端が当たる。
……そこには、ドラマの冒頭が一行だけ書いてあった。
ええい、ただでは転ばん奴だな。
俺が注意しようと振り向くと、穂咲はぱあっと笑顔を浮かべてさらに続きを書き始めた。
おかしいだろ。
いや、俺の凛々しい怒り顔がへたっぴだった?
慌てて止めようとするも、次々と置かれるノートの切れ端に思わず心を奪われる。
なんだこの文才。
言葉のチョイスが功名だ。
順番に目を通していくと、気付けば心が鷲掴み。
時たま入る抽象的な表現に、想像の翼がぶわっと広がる。
でも、ペースが早すぎる。
えっと、次の紙はどれだ?
おっさん刑事と美人探偵に追い詰められた二人は……。
『とうとうヒロインへ伝えた愛。抱きしめ合う二人』
あれ? 急に緊張感無くなったな。
でも、なんとなくシーンは想像できる。刑事と探偵は二人を傍観してるんだな。
『だが裏切られ、利用されていたことを知り、復讐に燃えてナイフを舐める』
えええええ!? ここで元カレ、裏切るの!?
しかもヒロインが怖い! どうなるんだ? 次!
『あいつに掴まるわけにはいかない。女探偵に、好きなんだと告白して窮地を脱出』
「超展開過ぎるだろ! 元カレ、めちゃくちゃじゃねえか!」
つい大声をあげた俺の手元を見て、穂咲が大慌てで上下を入れ替えた。
『あいつに掴まるわけにはいかない。女探偵に、好きなんだと告白して窮地を脱出』
『だが裏切られ、利用されていたことを知り、復習に燃えてナイフを舐める』
『とうとうヒロインへ伝えた愛。抱きしめ合う二人』
「…………なるほど。いい話」
「それは良かったな、秋山。俺のいい話も聞きたいか?」
やれやれ、結局立つのは俺なのか。
「あと、お前は明後日、絶対に学校へ近寄るな」
「補習授業の邪魔になるとでも? 全部こいつのせいですって!」
俺が指を差した先。
そこにはボロボロに破いたノートを隠すために広げた教科書を、真剣に覗き込む裏切り者がいた。
「あいあむ、あんあぽー」
「またこのパターンかよ! 冷たいぞお前!」
そして、どうして補講に来なくていいと言われて怒っているのか分からずに、首を捻るのだった。
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