ペパーミントのせい


 ~ 六月二十八日(水) お昼休み 八センチ ~


   ペパーミントの花言葉 永遠の爽快



 ずいぶん近付いた隣の席に腰かけるのは、自分のやりたかったことすら思い出せない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんでお団子にして、ペパーミントの花をひと房挿している。

 初めて見たよ、ペパーミントの花。

 ヤングコーンみたいな形に、紫の小さい花が一斉に咲いている。可愛いもんだ。


 でも、それを一本お団子にまっすぐ挿したらバカ丸出し。まるで鬼の角だ。



 さて、そんな教授の格好も、今日は特にバカ。


 珍しく俺のYシャツではなく、紫のシースルーな羽織りものに身を包み、顔の前にはこれまた紫のヴェールが下がる。


 そんな格好で水晶玉を手に料理なんかするもんだから、さっきから手元が危うい。


 今にもガスバーナーをひっくり返してしまいそうで、おろおろしてしまう。


「きょ、教授。せめて顔のやつは取った方が良いのではないですか?」

「うむ! いい所に気が付いたねロード君! ……よいしょ」

「ツノじゃないです。その、さっきからへいらっしゃいしてるやつを外して下さい」

「今日は、何としてもあたしがやりたかったことを思い出すのだよロード君!」

「それで占い師なんですね。……で、水晶玉には何が見えるのですか?」

「なにも見えないの。だから、ママにもう一回聞いてみたの」


 うおーい。じゃあ、その格好する意味は無かろうが。


 呆れかえって脱力する俺の目の前に、タッパーが一つ置かれた。


 そこには真っ赤に染まったご飯がたっぷり詰まって、合間に紫の粒がちらほらと覗いている。


「……教授。これ、なんです?」

「ゆかり。…………あたしがやりたかったこと、これなの?」

「また聞き間違えやがりましたね、教授。それにしても、ゆかりごはんにしては真っ赤ですね。なんでこん……、いやいや、確認中に目玉焼きを乗っけなさんな。その上からペパーミントの葉を散らしなさんな」


 調味料による実験だけの頃は、まだ良かった。

 他の食材を合わせることで生まれる、無限の可能性。


 その名は、永遠に続く恐怖。


 でも、せっかく目玉焼き以外の料理にトライし始めた穂咲のやる気を削ぐ訳にはいかない。


 素晴らしいじゃないか、トライ。

 俺も、トライな気持ちで一口食べて、そしてやっぱりトライされた。


「ゆかりご飯になぜタバスコぅ!」

「おいしい?」

「う…………。お……、い」

「おいしいの? なに?」


 嘘だろ? 体が美味しいと言うのを嫌がっている。

 これが人間の生存本能というものか。


「もう。そんな時は、口を三角形にするの」


 なんだそれ? 美味い時の表情指南?

 しょうがない、今後も役に立ちそうだし、学んでおくか。


 俺は穂咲に顔を向けて、口を直角二等辺三角形にしてみた。

 ……すげえむずかしい。


「で、そのまま上を向くの。最後に、タレ目を意識して、目を閉じる。……うん、いい感じに不味そうなの」

「不味い方かよ!」

「え? ……じゃあ、美味しいの?」


 これ、ずるい。

 変なこと言ったら、目玉焼き以外のものを作らなくなりそう。


「おいし…………、です。ミントがとっても爽快」

「ほんと!? じゃ、いつでも作るの!」


 こうして俺は、永遠にこれを食べることが出来る権利を手に入れた。


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