ロベリアのせい


~ 七月五日(水) 二時間目 五十メートル ~


  ロベリアの花言葉 貞淑/強い個性



 いつも体育の授業を担当するのは、ちょっとだけ怖い女の先生だ。

 だが、今日は五十メートル走のタイム計測のために、担任の先生まで駆り出されている。


 そんな体育の授業をいつも楽しみにしているくせに、運動神経ゼロの藍川穂咲。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はまるで一昔前のパーマ髪のようにもこもことまとめ上げ、そこを綺麗に三分割。

 ピンク、青、紫のロベリアで染められている。


 ……朝から二回、おばちゃんと呼んで膨れさせているから気を付けよう。



 短距離走の計測となれば、待っている間の雑談が定番だろう。

 それは等しく、明るい声に満たされるもの。


 だが、今ここに発生しているのは、どよめきだ。


 一人だけ前ボタンになっている体操着を着た穂咲。

 こいつが、そんな不穏な空気の発生源なのです。


「先生。無理な物は無理です」

「藍川を救える奴はお前しかおらん。もう少し頑張れ、秋山」


 そう言われましても。


 穂咲の運動神経は、手足に向かう途中でちょうちょ結びになってるんだ。

 こういうテクニカルなのは無理なのです。


 目の前には、三つ指をついて俺にお辞儀する貞淑な穂咲の姿。


 上品。

 一分の隙も無い。

 和の心ここに極まれり。


 ……でもね。


「おまえ、昔っからできないよね、クラウチングスタートの姿勢」


 まず、どうして両膝を突いちゃうんだろう。

 俺は穂咲の腕を引っ張って立ち上がらせると、涙を浮かべたタレ目が申し訳なさそうに見つめてきた。


 そんな顔すんな。

 俺だって何とかしてやりたいよ。

 でも、小学生の頃から何度教えても無理じゃない。

 君には一生かかっても到達できない領域なんだよ、きっと。


「こいつも限界みたいですから。諦めてもいいですか?」

「そういう弱音はいかん。罰としてグラウンド五周」


 厳しいなあ。

 でも、助かる。そっちの方が断然楽だ。


 俺がトラックを走り出すと、穂咲の周りには女子が集まり出した。

 みんなは穂咲の手足を取って、マネキンのように動かしてる。


 でもね、君たち。

 そんなことでなんとかなるものでは無いのだよ、ちょうちょ結びって。


 案の定、グラウンドを一周して戻ってみたら、みんなしてあちゃあのポーズ。

 その中心に、カエルのようにお腹で這いつくばった穂咲がいた。


「秋山、分かってるな」

「はい、十周ですね」


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