ヒマワリのせい
~ 七月六日(木) 一時間目 五十センチ ~
ヒマワリの花言葉 偽りの富/私の目はあなただけを見つめる
悲しいことがあったせいだろう。
遠い。
凄く遠いよ。
やたらと離れた席に座るのは、昨日の夜九時まではご機嫌だった藍川穂咲。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は緩めのお団子にして毛先をちょこちょこ飛び出させて、夏の女の子感をたっぷり演出している。
だが、やはりどうあっても普通の可愛い女の子に見るのは無理。
バカと言うか、もうなんと言ったらいいやら。
『夏、始めました』
そんなのぼりのように、穂咲の頭上には大きなヒマワリが燦然と輝いていた。
さて、そんな穂咲を襲った悲しい出来事なのだが、木曜日一時間目だというのに机の上に劇団員が見当たらないことで察して欲しい。
劇団員の代わりに置かれているのはサッカーボール。
俺は見たよ。
いい試合だった。
今週こそドラマを見るのだと張り切ってテレビの前に座ると、父ちゃんがビールと枝豆を持って隣に座ったから妙だなと思ったところでキックオフ。
それと同時にお隣さんから悲しい悲鳴が上がったので事態を把握した。
なにか、元気付けるようなものは無かろうか。
……そうだ。あれがある。
「穂咲。おい、穂咲」
思えば俺から話しかけることなど珍しい。
穂咲は、ちょっと不機嫌だった顔をほころばせながら、俺に顔を向けた。
その後からくるりと回って俺を見つめるヒマワリの大輪。
刺さり方が緩いのかな。
まあいいや。それよりも。
さっき須藤君から貰ったおもちゃのお札。
通常のお札、四枚分くらいの大きなお札を穂咲の顔の前に突きつけた。
「なに? ……………………ひうっ!? いちおムグッ!」
慌てて自分の口を両手で押さえた所を見ると、本物と勘違いしたようだな。
もっとも、本当にあるわけ無いんだけどね、一億円札。
俺が、『0』が八つ並んだお札で自分の顔を扇ぐと、穂咲は目をキラキラさせて見つめてきた。
なんだ? お前もこの風を浴びたいのか? そーれ。
「ひにゃ~……。道久君、お金持ちなの!」
「いくらなんでもそれはない。おもちゃのお金です」
だらしなくなった顔から一転、穂咲は俺からおもちゃのお札をふんだくると、いまさら各所に書かれたいい加減な銀行名に気付いてぷるぷる震えだす。
そして顔を膨らませながら、思いっきりそむけてしまった。
でも、やっぱりヒマワリの刺さり方が緩かったようで。
首を回した勢いが良すぎて、ヒマワリがこっちを向いたままだ。
「……穂咲。こっち見ないで。怖い」
「見てないもん。また嘘つき」
気のせいだろうか、身をよじって避けても花が追っかけてくるような気がする。
そんな様子を見ていた神尾さんが、耐え切れずに噴き出した。
「……絶対見てるよね?」
「うん。見てるわね」
「見てないもん」
クスクス笑う神尾さん。
そして俺が、どうにも気になるヒマワリの視線にびくびくしていると、先生から軽く注意を受けた。
「こら、藍川の事をじっと見ている奴があるか。その場で立っとけ」
「違いますって!」
ちょっと、そういうのはやめて!
俺は教室中から聞こえる冷やかしの声に顔を熱くさせながら席を立つ。
すると、穂咲がくちんとくしゃみをした拍子に、ヒマワリが傾いて俺を見上げた。
「やっぱり見てるよね?」
「見てるわね」
「見てないもん」
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