たなばたのせい
~ 七月七日(金) お昼休み 六十センチ ~
笹の花言葉 小さな幸せ
久しぶりに、窓側の通路を通る人がため息をつくほど離れてしまった
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は後頭部で複雑に編み込んで、そこに長い笹を挿している。
これは、七夕の日の恒例行事だ。
バカには見えるが、ご利益は本物。
教授の笹の葉は、願い事を吊るすと、小さな事なら大概叶うというありがたいものなのだ。
今日一日、クラス中から「叶った!」という声と、教授を拝む姿が絶え間ない。
でも、大抵は短冊に書いたことによって意識するから自力で解決できたという話なわけで。
そのことに気付かぬ者がまた数人、穂咲に両手を合わせて感謝している。
教授のバカが、みんなに伝染してるとしか思えない。
今も、昼食の準備を続ける教授に短冊を吊るして拝む神尾さんの姿がある。
でもごめん。
その願いだけは叶わないと思うよ?
<黒板がまるで見えない日があるので、何とかしてください>
「ロード君! あたしの願いだけ、どうして叶わないのかね?」
「いえ、教授。叶っちゃってます」
鍋を片手に文句を言う教授。
君の字で書かれた短冊を見ながら、俺は頭を掻いた。
<浴衣が見つからないの>
仕方が無いので短冊を引っ張りながら、「見つかりますように」と書き直していると、机の上に紙ナプキンを敷かれた。
そこに並べられた、形の違う二つのスプーン。
えっと、テーブルマナーってどうだったっけ? 内側から使うんだっけ?
緊張しながら席に着いた俺の目の前。
黒いスープと真っ白な物が入った器が並ぶ。
「教授。緊張して損したよ。どうやってスプーンでそうめん食べるのさ」
振り向くと、フォークを二つさかさまに持ってそうめんを摘まみ上げたままきょとんとする教授のお姿。
ほんと無敵だね、君は。
「しかし、なぜそうめん?」
「七夕には、おそうめんを食べるのが普通なのだよ? ロード君」
ふーん。
そういうの詳しいね、教授は。
でも俺の分の麺、目玉焼きが乗ってて蓋がしてあるみたいだけど。
これは普通なの?
……そう言えば、笹の花言葉は小さな幸せ。
そうめんの当たりでも入ってるのかな?
俺は目玉焼きを捲って…………、そして、窓の外を指差しながら大声を上げた。
「あれはなんだ!」
今日も集まるギャラリーの皆さんが、俺の声につられて一斉に窓の外を見る。
その様子を一回り眺めてから、ようやく穂咲ものんびりと外を見た。
「……ロード君? なにがあるの?」
しまった。そこまでは考えてなかったぞ?
「えっと、雲が、たこ焼きに見え……、公園の裏のたこ焼き屋! あれが急に食べたくなった!」
うーん苦しい。
でも、こいつはこの程度で誤魔化せるはず。
「うん。帰りに寄る?」
「よし誤魔化せた。じゃなくて、久しぶりだな。味、変わってなきゃいいけど」
「お店のお兄さんも変わってないといいの。あと、お店の前の大きなパンダさんも」
そう言いながら、フォークを麺に伸ばす穂咲の手が止まった。
大きく見開いたタレ目が俺を見つめる。
「……ああ! おじさんの浴衣! パンダにあげたんじゃなかったか!?」
「そうなの! よかった! 思い出せたの!」
ご機嫌になってはしゃぐ穂咲の笹が揺れる。
良かったね、思い出せて。
でも結局、君はあれをどうしたいんだい?
……まあ、たこ焼き屋への道すがらで聞けばいいか。
みんなの願い事がつるされた笹をがっさがっさ揺らしながら、穂咲はそうめんを摘まみ上げる。
すると、彼女の笑顔がさらに光り輝いた。
「赤い麺なの! 当たり! いいことありそうなの!」
「そっか、良かったね」
「あたしの願い事、叶ったの! ロード君の願い事も叶うといいの!」
うん、ありがと。
でも、俺が書いた願い事も叶ったけどね。
幸せ笑顔でそうめんをすすると、爽やかな夏の香りが口いっぱいに広がった。
<穂咲の、小さな願い事が叶いますように>
「……あれ? どうしてあたしのおそうめんに目玉焼きが乗ってるの?」
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