ムラサキツユクサのせい


 ~ 六月二十三日(金) お昼休み 十四センチ ~


   ムラサキツユクサの花言葉

   尊敬しているが、恋愛ではない



 正しい位置の目張り線より心持ち近い席に腰かけるのは、忘れっぽい藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を編み込みにしてお団子を作り、そこにムラサキツユクサが挿さる。

 紫の三角の花弁が三枚。

 それが三輪。


 今日の穂咲は、どこか清楚に見える。


 だが、そんな清楚な穂咲も、お昼休みになると情熱的に光り輝く。

 あまりの人気に、よそのクラスからギャラリーまで集まる、目玉焼きタイムの始まりだ。


「ロード君! 思い出の味が発掘された今、次は未来の味を探求するぞ!」

「教授はいつも前向きですね。はい、いつものエプロンでございます」


 俺がYシャツを脱いで教授に渡すと、うむと偉そうに頷きながら、いつものようにぶわっと羽織った。


 だが今日の教授はいつもと違う。

 屋外用のガスコンロに玉子焼きフライパンをかざしながら、豚肉に溶いた玉子などつけ始めた。


 目玉焼き以外の料理なんて初めてだ。


 嬉しい。でも、なにか裏がある。

 そう予想した耳に、案の定、願い事が届いた。


「前におうちで肩たたき券書いてた時ね、小さい頃、何かやりたいことがあったような気がしたの。それ、なんだっけ? 思い出せないの」

「またですか教授!? ……今度のは無理ですよ。幅が広すぎです」

「ううん? 今度は大丈夫。ママに聞いたら答えを教えてくれたの。それがこれ」

「…………ピカタですね、教授」


 いつもは目玉焼きが一枚乗るはずの皿に、香ばしい肉料理がよそわれた。


 絶対におばさんが教えてくれた答えを聞き間違えたんだ。

 ……正解はなんなんだ? まるで想像つかない。


「そしてこれを忘れてはいけないのだよロード君!」

「あちゃあ。やっぱり乗るんですね、目玉焼き」

「玉子、オンザ玉子なのだよ、ロード君! ……ねえロード君。これ、あたしのやりたかったことなの?」

「知らんよ、教授」


 俺が豚肉のダブル玉子包みを見つめていると、教授は自分の分を焼き始めた。

 ようやく目玉焼きを食べることが出来るようになった教授は、おばさんのお弁当をやめて自分の昼食を作るようになったのだ。


 おばさんも、早起きしなくて済むようになったせいか、顔色が一気に良くなった。


 ……まあ、だからと言って教室で調理するのはいかがなものでしょうね、教授。


「さあ! 食べようではないか、ロード君!」

「ああ、いただきま…………、うえ」


 ……まずい。

 すごくまずい。


 調味料に何入れた?


「これ、あたしがやりたかったこと? おいしい?」


 教授、目玉焼き以外作ったことねえもんな。

 でもまずいなんて言えないよ。


「う、まい。こ、こんなの、何個でも食える」

「すごい。尊敬。コーヒー味なのに、よくこんなの食べられるの。じゃ、あたしの分もどうぞ」


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